「徘徊」防止でGPSや玄関施錠をする前に ICレコーダーに秘策あり
構成/磯崎こず恵 撮影/上溝恭香
言語聴覚士で大阪工業大情報科学部客員教授の安田清さんは、道具を使って認知症や軽度認知障害(MCI)の人の記憶を補い、その心や生活を支援したいと話します。「認知症フレンドリーイベント」(朝日新聞社主催、9月22日開催)の講演では、手作りでできる「ローテク」な道具に続いて、市販の電子機器を活用した「ミドルテク」、大学などと研究を重ねてきた「ハイテク」な道具も紹介しました。
安田さんが最初に紹介した「ミドルテク」は、市販のICレコーダーを活用した方法です。安田さんはあるとき、アルツハイマー型認知症で、1日に5、6回、犬を散歩に連れて行きたくなる人と知り合いました。散歩は1回で十分なため、「散歩はもう行ったから、行かなくていいですよ」というメッセージをICレコーダーに録音し、自動的に繰り返して再生する設定を薦めたところ、散歩に行く回数を減らせたそうです。
安田さんは「認知症の人のいわゆる『徘徊防止』として、GPSを付けるとか、(出かけないように)玄関のカギを閉めるとかは最後の手段で、出かけなくてもいい理由を伝える工夫を試すべきだと私は思います。機械の助けを借りれば何度でも繰り返し伝えられる」と語りました。ただ、この繰り返し再生機能があるのは今のところ、ソニーのICD-PX240という機種だけだそうです。
このICレコーダーを活用した例は、他にもあります。認知症の人から、家族や周りの人が、同じことを何度も聞かれるような場合です。「毎回、同じことを聞かれるのは、すごいストレスになり得ます。優しく答えればいいというけれど、分かっていてもそれができないときもある。そんなときにどうするかが工夫のしどころだ」と安田さん。たとえば「財布は息子が預かっている」というメッセージに続けて、10分間の無音の状態も録音しておくと、それを「繰り返し再生」すれば、10分おきにメッセージを流すことができます。
デイサービスに行く時間の少し前に、ご本人のお気に入りの曲が自動的にかかるように設定した家庭では、懐かしい曲を聞いて「散歩に出かけようか」と思う頃にちょうどデイサービスの迎えが来る習慣ができ、それまでは嫌がる夫を送り出すストレスを感じていた妻も、気持ちの負担が減ったといいます。
また、食事の量が少なくなってきた人の支援にも、ICレコーダーを活用できるそうです。その様子を紹介した動画が会場で上映されました。食事をとっている女性の正面に、人形が置かれています。人形のうしろに置かれたICレコーダーから「残さず食べてね」と録音した声が再生されると、食事をしている人が「ありがとう、うれしい」と答えています。この方法で、食べられる量が増えたそうです。
テレビ電話を使っておしゃべり
テレビ電話を使い、認知症の人がボランティアとおしゃべりをする「会話支援」にも、安田さんは取り組んでいます。研究によれば、テレビ電話を通した会話でも、認知症の人は心理的な安定を得ることができるという結果が得られているそうです。すでに「テレビ電話支援会」を立ち上げていて、4人の傾聴ボランティアが月に数回、約30分、認知症の人と会話をしています。京都工芸繊維大学院に事務局をおき、利用希望者とボランティアを募集しています。
近未来を想像させる「孫エージェント」も開発中です。テレビやパソコンの画面に孫のようなアニメキャラクター「孫エージェント」が現れて音声で質問し、それに認知症の人が答える仕組みです。質問への答えがなく、無音の状態がつづくと、孫エージェントは次の質問に移ります。このシステムを、実際に認知症の人が使う様子の動画も、会場で紹介されました。孫エージェントが「高校には通いましたか?」と質問すると、聞き手は「通ったねえー」と答え、会話のように質疑応答が続いていきます。質問は約450問つくられ、なかには「子どもに対する教育方針は?」といった複雑な質問もあります。
ある若年性認知症の人は、「相手が人間だと、答えられない質問をされることや、同じことを答えてしまうことが心配になるけれども、エージェントだと気兼ねなく話せます」と感想を話してくれたそうです。安田さんは「人間が認知症の人の相手になることが、必ずしも最良ではないと私は考えています。支援の多様性を、我々関係者は用意するべきだ」と訴えました。
安田さんが大学と協力して開発する「ハイテク」な道具も紹介されました。
いま研究を進めている見守りシステムは、家の中に置いたセンサーから得たデータを元に、認知症の人とコミュニケーションを取りながら見守るものだそうです。家の中にセンサーを置き、起床時間やトイレの回数などのデータを蓄積します。以前のデータと比べると、トイレの回数が増えているなどの傾向が分かります。するとエージェントが「トイレの回数が近いのですが、どうしましたか」と本人に尋ねるそうです。
「いま世に出ている見守りシステムは、本人の気持ちを聞けていない。このシステムを使って、トイレに座っている時間を利用して、そのときの気分を入力してもらったりしてコミュニケーションを維持していく方法などを研究をしています」
ストリートビューで世界中にお出掛け
グーグルのストリートビューを使った「外出代行システム」にも取り組んでいるそうです。画面にアニメのエージェントがでてきて、話をしながら好きなところに行ける仕組みです。たとえば、北海道の自宅に帰るために、新千歳空港から歩いていこうと実際に足を動かすと、画面に映る景色も進んでいきます。「フランスでもアメリカでも、どこへでも行けます」と話します。
ユーモアを交えた語り口に、会場は何度も笑いに包まれました。講演の最後に、安田さんは来場者に呼びかけました。「元気なうちから、認知症に備えましょう。もし認知症になったら、適切な機械を導入し、生活を支援します。もし認知症が悪化してくるようだったら、その都度、新しい機械を導入していきましょう」。
(終わり)
- MCI・認知症のリハビリテーション:Assistive Technology による生活支援
- 講師を務めた安田清さんの研究の集大成が本になります。「今までになかった対処法満載」と安田さん。記事でも紹介されている機器やグッズの、より詳細な活用法が分かります。12月発刊予定。問い合わせはエスコアール出版部(電話:0438-30-3090)へ。
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