大きな世界を変える小さな個人 「認知症にやさしい街づくり」採録1
構成/なかまぁる編集部、通訳/竹内真由美、写真/大岡敦
基調講演「認知症フレンドリーコミュニティー構築の道のり」(1)
「認知症の人にやさしい街をめざして」と題した国際シンポジウム(主催:朝日新聞社、朝日新聞厚生文化事業団)が2019年5月、大阪で開催されました。国内外から認知症対策の第一人者の方々を招き、3時間にわたって、認知症フレンドリーなコミュニティの実例や、かかわり方などを共有し、今後の方向性を探った議論の様子を、少しずつ、ご紹介していきます。基調講演は、イギリス・プリマス大学で、認知症アカデミックパートナーシップリーダーを務めるイアン・シェリフさんです。
今回来日し、お話できることを非常にうれしく思います。プリマス市議会や市役所からも、日本の皆さんによろしくとのメッセージを預かりました。認知症フレンドリーなコミュニティーをつくるために、一緒に努力しましょう。
さて、私がお話するのは、世界の認知症課題、日本の課題、イギリスの課題、また地方での認知症対策の状況、イギリスの首相直轄のプログラム、そしてこれらの課題に対するソリューション(解決策)です。
世界を変えるのは、一人ひとりの小さな力
(会場前方のスクリーンを指して)こちらは、(アメリカの文化人類学者である)マーガレット・ミード(Margaret Mead)の言葉です。
Never doubt that a small group of thoughtful, committed, citizens can change the world. Indeed, it is the only thing that ever has.
この言葉には、「思慮深く決意に満ちた人たちの小さなグループが、世界を変えられると疑ってはいけない」という意味が込められています。つまり、これまでに世界を変えたのは、個人やグループによる小さな力なのです。小さな力とは、皆さんのことです。私たちが世界を変えるのです。皆さんも一緒に、認知症の人たちにやさしい世界へ変えていきましょう。
(スクリーンの写真を指しながら)これが私の町です。スタッフも写っています。こちらに写っている人たちは、指紋が違うように、それぞれが違います。一人ずつ違うという点で、皆さんも、認知症の人たちも同じです。それを忘れてはいけません。認知症の人たち、そしてその介護者も、一人ひとりが違うのです。
認知症当事者や介護者が参加できる社会をつくる「インクルージョン」
今回提案する活動の一つは、インクルージョン(包摂)です。インクルージョンとは、認知症の人たちや介護者にも、プログラムに参加してもらうことです。彼らは、自分たちには何ができるか、何をしたいかを考え、そして参加したいと感じています。
さらに、認知症の人たちだけではなく、その介護者のことも考えましょう。ヘルスケアやソーシャルケアの場では、アメリカでもイギリスでも、そのほかの国でも、認知症の人たちが参加できないようでは、システムが一方的で成り立ちません。
例えば、コミュニティープロジェクトや認知症の人たちにやさしいプロジェクトを行っても、それが6カ月や数年で終わるのはもったいないです。プログラムの持続可能性も、大切なポイントです。
日本の現状と認知症対策
あるデータでは、2015年の段階で世界の4680万人が認知症だと言われています。ただ、この中にはまだ診断されていない人たちが含まれているはずです。現在の日本は、65歳以上の人が全人口の4分の1を占めています。認知症の問題は、高齢社会の問題に伴って大きくなります。
日本にはオレンジプラン(編集部注:認知症施策推進総合戦略。2019年6月には認知症施策推進大綱が公表された)があります。つい先日、日本の首相が多額の予算をつけて、認知症の施策をとると発表したと聞きました。すばらしい考えだと思います。
イギリスの認知症に関する問題は、物理的な困難や立場にまで影響
イギリスには現在、83万人の認知症の人たちがいます。(スクリーンの地図を指しながら)この地図は、どの地域で何人ぐらいの認知症の人たちがいるのかという分布を示しています。しかし、これだけ多くの人たちに対するサポートは、十分ではありません。
認知症の人たちは社会の中で孤立しがちです。日本でも認知症と診断されたら、友だちとあまり会えなくなり、社会から遠ざかるのではないでしょうか。(この孤独を解決するには、)コーラスのグループでも、ボウリングのクラブでも構いません。社会の中で過ごす活動を続けるのです。これらの活動によって、コミュニティーでの認知症の人たちの生活も変わってくるはずです。
それだけではありません。交通機関をうまく使えなければ、社会活動には参加できません。イギリスでよく問題になるのは、燃料確保です。暖房機器のための燃料を買いに行けない人がいるのです。
さらに、スティグマ(個人の属性によって周囲から受ける汚名)です。日本はわかりませんが、イギリスでは間違いなく注目される問題です。このスティグマと、私たちは戦わなければなりません。認知症の人たちが社会に参画し、コミュニティーライフに参加するためには、スティグマを変える必要があるのです。
また、認知症の人たちは詐欺被害では非常に脆弱な立場に置かれます。詐欺師が家にやってきたり、メディアやインターネットで(その被害が大々的に)報道されたりするかもしれません。この問題も、コミュニティー全体で対策をとらなければいけません。
そして最後に、孤独です。先ほど話した「孤立」だけでなく、孤独の問題も深刻です。イギリスで行われた調査結果によると、孤独問題を解決するには1人当たり6000ポンド(約80万円)かかるそうです。そして、常に孤独を抱える人たちが120万人もいます。彼らは医者にかかるリスクが高く、ソーシャルサービスを使う機会は多いのです。(これらの利用が政府にとっては)財政的な負担となります。日本でもすでに同じ問題が起きているかもしれません。
認知症サポートの問題解決策を自国で考える
それでは、ソリューションを考えましょう。イギリスの対策だけではありません。日本についても考えましょう。まず、誰でも生活を維持する権利があります。認知症の人たちにとっても当然の権利です。そして、医師の診断を受ける権利があります。診断を受けても何もできないと考える人がいますが、私たちは(自分の心身の状態を)知る権利があります。
そして尊厳を持って扱われる、尊重される権利があります。日本では相手を敬うことを大切にしていると聞きます。これは日本人が誇りに思うべきことです。(イギリス人である)私たちも見習わなければなりません。さらに、自分を認めてもらう権利があり、選択の権利があります。認知症と診断を受けただけで物事の選択の機会が奪われることは、決してあってはいけません。
イギリスの認知症ケアは国家施策
私たちがイギリスで認知症施策に積極的に取り組めるのは、デービッド・キャメロン元首相が2012年に明確な国家戦略を立ち上げたからです。その国家戦略とは、オーストラリアや日本などと協力して調査研究をすること、ヘルスケアやソーシャルケアを拡充すること、認知症の人たちにフレンドリーなコミュニティーを作ることです。その対象は、大都市もあれば田舎の村もありました。
現在、イギリス全体で280万人の認知症フレンドリーな人たちがいます。この戦略を国全体で進めようとしています。私はイギリスの南部と南西部を担当しており、さまざまな活動母体に関わっています。また、国全体でサポートを進めるためには、たくさんのことをしなければなりません。例えば、イギリスにあるBBCという国営放送を使います。これは、日本ではNHKが近いでしょうか。そのほかのメディアも使いながら、啓蒙活動をします。
医師、看護師、パラメディック(準医療従事者)、歯科医師、ソーシャルワーカー、助産師などへの教育もします。介護やサポートは、家族だけの責任ではありません。国全体で行うべきことです。
イギリスの場合は、認知症の診断を受けると家族を中心にサポートを考えます。どういうサポートが必要なのかは、若者たちへ積極的に教育します。その結果、若者たちが認知症の人たち、またその家族をサポートできるようになります。日本でも同じことが可能だと思います。
プリマス市の認知症フレンドリーを目指す取り組み
認知症の人たちにフレンドリーなコミュニティーをつくるためには、明確なゴールが必要です。コミュニティー生活の中に認知症の人たちやその介護者がもれなく組み込まれること、何よりも尊重されること、そして当事者と家族が何を望んでいるかを聞くことです。
(スクリーンを指しながら)この写真はプリマス市です。プリマス市は、認知症にやさしい街として表彰されたことがありましたが、(システムは)完璧ではありません。私が中心となり、この写真に写っているプリマス市長や市のスポーツ担当、そして観光担当、大学の先生などと一緒に、プリマス市を認知症にやさしいコミュニティーに変える活動を始めました。
その後、私たちはPlymouth Dementia Action Alliance(認知症行動連盟)を結成しました。これはプリマス市全体の取り組みで、認知症とその家族のために世界を変えることを目的にしています。
今、プリマス市には3500人ほどの認知症の人たちがいます。(彼らをサポートするために)90の企業がこの連盟に参加しています。毎年、各企業が年間の活動計画をつくり、連盟がその結果をチェックします。1万5000人の(日本の認知症サポーターと同様の活動)がチェックをし、毎月理事会を開きます。
ほかにも、認知症フレンズがショッピングモールや学校の周りを歩いて、どうすれば認知症の人たちによりやさしい街をつくれるかを考えます。ドアの色やデザインはどうしたらいいかと考えることを、私たちは環境監査と呼んでいます。お金をかけなくてもできる活動です。その内容を市の担当者がチェックして、交通機関や商業施設の環境に関する監査レポートを出します。
認知症でも社会に参画できるコミュニティーづくり
プリマス市では、認知症でも社会に参画できるようにサポートしたいと考えています。住みやすい街にしたいのです。このように、さまざまな地域が認知症にやさしいコミュニティーを目指しています。
例えば、プリマス市では認知症にやさしい街をつくるためのガイドをつくっています。これも首相直轄のグループが始めた活動の一つです。
(スクリーンを指して)この写真の左上は、医師たちです。左下はコーラスのグループ、右上は歩く会、下は教会です。こちらの左上は、外出をサポートするボランティアグループ、左下は読書会、右上が精肉店、右下は薬局です。
読書会があるように、認知症になったからといって本が読めなくなるわけではありません。(活動内容を知るには)サイトにアクセスしてください。デヴォン州の美しい風景写真も見られます。
イギリスから日本へ 認知症サポートの輪をつなぐ
私には、認知症にやさしい世界に変えたいという情熱があります。みなさんにも参加していただきたいです。私たちは認知症の問題に光を当てて、灯をともしました。数年前に、私は(聖火ランナーとして)オリンピックのトーチを持って走りました。認知症の人たちのサポート活動も、同じようにつなぎたいです。
みなさんに、このトーチを受け取ってもらい、このトーチを次の人に手渡してほしいのです。このシンポジウムが終わり、トーチが巡り巡ってここに戻れば、また私がそのトーチを受け取ります。
ありがとうございました。
- イアン・シェリフさん
- プリマス大認知症アカデミックパートナーシップリーダー
1945年、英国スコットランド生まれ。長年航空業界で働いた後、ソーシャルワーカーに転身し認知症と関わる。プリマス大では初めてとなる認知症研究グループを創設。現在はメイ首相直轄の認知症に関する諮問会議の委員で、認知症地方問題グループの議長や英国アルツハイマー協会の理事を務める。
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