おでこに感じた雨粒 みんなにとっては小雨でも私にとっては大雨なの
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
認知症がある私が歩いていると、
おでこに、ぽつん、と冷たさを感じた。
雨だ!
たいへん! 私、傘を持っていない。
急いで帰らなきゃ、と思ったとたん、
肌に雨粒がビチビチと、
容赦なくあたりはじめた。
おかげで服も一気にびしょびしょ。
こうしてはいられない、
走って帰ろう!
玄関を開けて、
「ずぶ濡れになっちゃたわ!」と叫ぶと、
妹が小さなタオルを持って、
クスクス笑いながら出てきた。
「まったくお姉ちゃんは認知症になってから大げさね。
傘を差さなくてもいいくらいの小雨よ?
ほら、そんなに濡れてないじゃない」
そんなぁ、とむくれてみるけれど、
窓の外はたしかに、
雨粒も見えない小雨。
でも、私は実際に大雨を浴びた感じがしたし、
いまだって、びしょ濡れに感じるのよ。
認知症ってほんとに不思議!
認知症がある人のなかには、
目、鼻、口、耳、肌などの感覚が独特になられている方がいます。
その心理的要因として、
「認知症があると、生活で緊張やストレスをしいられることが多いため、
過敏に反応してしまうのでは?」というものがあるようです。
とはいえ、感覚器官の感じ方の変化は、
予想以上の生々しさを伴うと察します。
なぜなら私自身、幼い頃からさまざまな感覚過敏があるので、
自分が感じている状態と、
周りの受けとめかたに差があるなと感じてきたからです。
聴覚においては、どんなようすかというと、
あるときは、3メートル以上後方で
だれかが通常の音量で話しているにもかかわらず、
耳元で大声で話しかけられたように聞こえて、
悲鳴をあげたこともあります。
また抵抗のある触感を感じると、
全身に窮屈さがまわり、筋肉がこわばって、
呼吸がしづらくなることもあります。
それが毎回ではなく、強弱をつけてあらわれるのですから、
どれも脳の不思議としか言いようがありません。
なので今回のお話のように、周りから
「大げさだなぁ」と言われているご本人さんを見ると、
「いえいえ、全然大げさじゃないんですよ!」と、ついつい口をはさみたくなるのです。
認知症がある人が独特に感じる状態は、
周りからは幻のように見えても、
本人には確かに存在する、現実なのですから。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》