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認知症と共にある町探訪記

「いま話しているお客さんはもしかして?」 認知症にやさしい店を認定 市川市

(左から)高英住宅の蜂谷正樹さん、松井真由美さん、高崎和昌社長
(左から)高英住宅の蜂谷正樹さん、松井真由美さん、高崎和昌社長

2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。

千葉県市川市は2022年9月から、認知症の人にやさしいお店や事業所を認定する事業を始めました。弁当屋やコンビニ、不動産、出張専門マッサージなど14店が「市川市認知症の人にやさしいお店・事業所」として認定されており(2023年2月末時点)、市のホームページで店舗や事業所名の一覧を見ることができます。リストにはコンビニやドラッグストア、郵便局に混じって、不動産業の「高英住宅株式会社」の名前がありました。賃貸住宅への入居で高齢者が敬遠されるという話はよく聞きます。ましてや認知症の症状が見られる人なら一層難しいということもあるのでは……。なぜ認定店に名乗りを上げたのかを伺うべく、高英住宅を訪ねました。

JR総武線本八幡駅からタクシーで約10分、県道283号線に面した大和田地区にお店はぽつんとあります。現社長の高崎和昌さんの父が約40年前に開業しました。同地区は古くから暮らす住民が多い住宅街で、高英住宅ではアパートや一軒家などの賃貸物件の仲介を長年取り扱ってきました。しかしお客さんはオーナー、借り手とも高齢化が進んでいます。社員の松井真由美さんが、詳しいいきさつを話してくれました。

松井さんは2022年7月に認知症サポーターになりました。きっかけはその年の9月に予定されていたマラソン大会でした。市川市内の認知症の当事者や家族、医療関係者が走る大会が開催されることになり、コースの沿道に位置する高英住宅へ事前にチラシを置かせてほしいと関係者が訪ねてきました。偶然なことに、その男性は認知症サポーター養成講座で講師役を担うことになるキャラバン・メイトでした。松井さんは以前から、お客さんのなかに「話がかみ合わない」「同じことを繰り返し言う」人が何人かいて、「ひょっとして認知症かな?」と思うことがあったそうです。しかし、認知症の知識が乏しかったので、何もできない自分にもどかしさを感じていたと言います。良い機会だと思い、このキャラバン・メイトの男性に認知症サポーター養成講座について教えてもらいました。

講座では、なぜ認知症を発症するのか、また認知症の人に接したときの対応方法などを教わりました。なかでも一番記憶に残っているのは、「認知症の人にはお互い様という気持ちを持って自然に接してあげてください」というアドバイスでした。認知症は誰がなってもおかしくない。「自分ごと」としてとらえることが重要だと考えさせられたといいます。そして講座を受講した直後に市の認定店舗制度が発表されたので、すぐに申請したそうです。

認定店であることを示す、認知症の人にやさしいお店・事業所ステッカー
認定店であることを示す、認知症の人にやさしいお店・事業所ステッカー

住宅のお客さんのなかには、長年にわたって毎月、家賃を店に持参する人が約30~40人いるそうです。月1回やって来ては、松井さんと世間話をしながら支払いを済ませる高齢者もいます。「今月も元気な姿で来てくれたのが確認できると安心します」と松井さん。逆に「なんか落ち込んでいるのかな……」と、体調の変化が気になることもあります。松井さんの上司で営業部部長の蜂谷正樹さんも、高齢者が1人で部屋探しに来ても、年配だからという理由だけですぐに断ることはないと言います。「まず話を聞かせていただいて、何かできることがあれば協力させてもらいます」と話していました。

松井さんが最近あったエピソードを話してくれました。お店にやってきて、アパートの鍵が開かないと訴える男性客がいました。男性を乗せて車でアパートまで行き、一緒に鍵を回してみると問題無く解錠できました。解錠の時のキーの回し方がわからなかったようでした。この鍵は、まず鍵穴にキーを差し込んで一回転させて解錠し、キーを抜くときは再びキーを元の方向に回して抜かなければなりませんでした。男性はこの方法を一時的に忘れてしまって、「鍵が壊れた」と高英住宅にやって来たのです。男性は翌日も翌々日も、結局3日連続で同じ理由で高英住宅を訪れて、その都度、松井さんたち社員が男性のアパートまで行って解錠することを繰り返したのです。

高英住宅で働く前、松井さんは都内の企業に勤めていました。「社員同士のつながりはあまり実感できる雰囲気ではなかったですね。仕事だけでのお付き合いでした」と当時を振り返ります。ところが市川市に来ると様子が一変していました。「このあたりは市川市のなかでも人と人との結束が強い地域だと思います」と松井さん。「商売かどうかに関わらず、困っている人がいたら、みんな勝手に体が動いてしまうような感じですね。社長も地元出身ですし、お客さんもほとんどが地元の人。自然にサポートしてしまいます」。なかでも、日ごろから気にかけているのが認知症の初期症状が見られると思う人を見つけることです。「私がまずその方の存在をキャッチして、その後は高齢者サポートセンター(地域包括支援センター)につなげることができたらいいかなと思っています」と話していました。

認定店のリストにあった出張専門マッサージ業の「南八幡治療院」の院長、梶貴雄さんにも話を伺いました。梶さんは認知症サポーター歴10年で、5年前にはキャラバン・メイトになりました。治療院は予約制で、患者さんの暮らしている自宅や施設に出向いてマッサージを提供します。患者さんは高齢者や障害者が中心で、介護サービスを使いながら、医師の施術同意に基づき医療保険でマッサージを利用しています。高齢者の半分以上は介護支援専門員(ケアマネジャー)からの紹介で、さらにその半数は認知症やその前段階であるMCI(軽度認知障害)の人だそうです。介護している家族から予約が入ることもあります。

梶さんは訪問時に心がけていることが3つあると言います。1つ目は笑顔で接する、2つ目はゆっくり話す、3つ目は不安な気持ちにさせない、です。「若い梶さんにとって毎日、高齢者が相手では退屈ではないですか」と、少し意地悪な質問をしましたが、「人生の先輩たちですから、ニュースの話をしても視点が違うし、面白い話が聞けることがあります」と答えてくれました。「何より、僕を待っていてくれる。それが一番うれしいです」と言います。

梶さんの患者宅などへの出張にはもう一つ、「見守り」という大事な役目があります。前回の訪問時と比べて体調の変化はあったかどうか、生活状態は安定しているかどうかなど、お客さんの状態のチェックをケアマネジャーや家族から依頼されているそうです。

梶さんの夢は、「市川市を認知症になっても安心して出かけられる町にする」こと。「まずは声かけができる町にしたいですね」と話してくれました。

訪問日をわかりやすく表示した特製カレンダーを手にした梶さん
訪問日をわかりやすく表示した特製カレンダーを手にした梶さん

市川市の人口は2023年2月28日の時点で49万1千人超。都心までのアクセスが良く、東京に通勤している、いわゆる「千葉都民」が約半数を占める市です。高齢化率も21.6%と、決して高いわけでもありません。市川市役所でこの事業を担当している地域包括支援課の近藤香さんに話を伺いました。

市川市では各地域包括支援センターに所属する認知症地域支援推進員=下記参照=を、2021年度は4カ所、2022年度は3カ所の計7カ所と、市内に15ある地域包括支援センターの半分に配置してきました。それまで推進員は地域包括支援センターの仕事との兼業でしたが、専任になったことで高齢者に対するきめ細かいサポートや地域の潜在的なニーズの掘り起こしができるようになったそうです。このため時間的な余裕が生まれ、推進員たちは実際に町に出て住民と触れあう機会が増え、すでに市内で高齢者に対して様々な取り組みを実践している店が何軒も存在していることに気付きました。

以前から認定店舗制度のアイデアを温めていた近藤さんですが、この話を聞いて制度をスタートさせることを決断したそうです。近藤さんは、「市川市の高齢化率は今は低いかもしれませんが、将来的に高齢者が増えるのは間違いない。その準備を今からしておこうということです」と、認定店舗制度を始めた理由を話してくれました。
認定店になるための条件は「店舗等に勤務する従業員総数の1割以上が認知症サポーター養成講座を受講している」、認知症の人にやさしい取り組み、例えば「認知症の人にやさしい接客」や「認知症の人にやさしい店・事業所づくり」など3つ以上を実施しているなど、決して難しいものではありません。認定店というと店・事業者側も身構えてしまいそうですが、市川市が求める条件のハードルが高すぎないことも、認知症の人にやさしい地域づくりで重要ではないかと感じました。

【認知症地域支援推進員とは】
2018年度からすべての市町村に配置され、各市町村が進めている認知症施策の推進役、そして地域における認知症の人の医療・介護等の支援ネットワーク構築の要として、地域の特徴や課題に応じた活動を展開する専門職。目標は各市町村がめざす「認知症の本人の姿」「地域の姿」に近づくこと。認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる共生社会の構築を目指していて、それぞれの地域の中で推進員一人ひとりが、その力と経験を活かしながら活動の充実を図っていくことが期待されている。

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