覚えていなくても伝えた方がいい? 認知症の母宛てに届いた友の訃報
《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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認知症が進んだ母に、はがきが届いた。
それは母が昔、親しくしていた、
お友達の訃報。
けれどきっと母は、友達を思い出せないだろう。
それなら、知らせなくてもいいんじゃないか?
むやみに悲しませたくないし、
ショックを受けて、
心が不安定になってしまうかも。
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数日悩んで、母の気持ちが安定している時に、
はがきを見せた。
だって、母が築いてきた人生だ。
認知症があるからって、事実を知らせないなんて、
不誠実な気がした。
それにもしかしたら、覚えているかも。
「誰だかわかる?」と聞くと、
母は首を横に振り、悲しそうな顔をした。
私は、やり方を間違えたかもしれない。
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それでも母は「お線香をあげたい」と言った。
母は長く手をあわせ、
最後のお別れをしているようだった。
介護に正解があるわけではない。
私は今日も、母のとなりに。
「母がなんどもはがきを見つけて、
悲しまないように、
そのはがきは、そっと捨てました」
あるご家族の小さなエピソードは、
今でも私の心にひっかかっていて、
ふと、顔をだします。
認知症が進んで、心が揺れ動きがちな方へ、
親しかった人のご逝去を伝えるか、否か。
介護職員をしていたときもそれは、
なんども突きつけられた、問いでした。
訪問介護事業所や、高齢者施設によっては
「ご逝去の情報は個人情報であるから、
こちらから知らせることはもちろん、
相手から尋ねられてもお伝えしない」など、
対応を明確にしているところもあります。
ただ、在宅介護をしているご家族の場合は、
介護者にその判断が任されるわけです。
この判断が思う以上に重く、難しいのです。
私もこの件について、周囲と話してきましたが、
いまだ答えが出ていません。
けれど、認知症がある人の状況を見ながら、
伝えるタイミングを慎重にはかるなど、
そのたびに悩み、立ちどまることは、
悪いことではないように思われます。
むしろ、それこそが大切だと感じるようになりました。
心に留めておかなければいけないのは、
一見、人の名前や顔を思い出せないように見える、認知症のある人も、
人と過ごした時間について、何かしらの感触を残している可能性があるということ。
「きっと、言ってもわからない」と
ご本人の人生の豊かさに通じる可能性を
こちらから潰してしまうようなことだけは、避けたいものです。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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