認知症とともにあるウェブメディア

認知症の人の行方不明(6)「希望をかなえるヘルプカード」で変わる外出と考え方

歩くひと、Getty Images
イメージ(getty)

認知症がある人の行方不明問題を考えるとき、「家族や自治体がなんとかしなくちゃ」という話になりがちです。それは「何も考えずに歩き回っている」という思い込みがあるからかもしれません。
「本人の力を信じ、伸ばしていきましょう」と話すのは、認知症介護研究・研修東京センター研究部長の永田久美子さんです。万が一、道に迷っても帰ってこられるためにはどんな備えが必要でしょうか。お話を聞きました。

※ 行方不明のなぜ、どうすれば を最初から読む

「徘徊」という言葉が誤解を生む。「道に迷う」なら解決策が

——永田さんは、認知症の行方不明者の問題に長くかかわるなかで、「徘徊」という言葉が使われることに疑問を呈しています

「徘徊」とは、目的もなくウロウロすることを指します。
この言葉が認知症の人の代名詞のように世の中で使われだしたのは1970~80年代です。大型の老人病院や施設が各地につくられ、そこに居住するようになった認知症の人たちが施設内を歩きまわる姿が目立ち、精神症状の一つとして徘徊とみなされるようになりました。

マスコミもそんな姿を「徘徊」として、しきりと報道するようになりました。なじみのない施設に入れられ、不安になり、やることもない暮らしの中での「つくられた障害」といえます。
一見、目的なくさまよっているように見えますが、本人たちは帰りたい場所や安心できる居場所を探していたり、自分のやりたいことができる場を見つけようとしたりして歩いているのであり、それぞれの目的や意味があるのです。

自宅から出て「徘徊する」と言われている人の場合も、目的なくウロついているわけではありません。外出したい目的や理由があって外に出たものの、行き先や自宅の場所がわからなくなって迷っているのです。

それを徘徊という一括りのラベルをつけて言ってしまうことで、「認知症の症状のひとつ」とか、「認知症の人を外に出すと、ウロウロどこかに行ってしまって危ない」「行方不明になるのは、わけもなく歩きまわるくらい認知症が進んだ人たち」という思い込みや誤解、偏見が広がってしまっています。問題の解決にはつながりません。

——「徘徊」という言葉と実態がズレているということですね

そうです。2014年の厚生労働省の調査でも、認知症が原因と思われる行方不明者4,213人のうち、26.2%は介護保険申請前の人だったのです。要支援1~2の人も含めると、要介護の状態にいたらない人が3割以上にのぼります。

つまり、認知症がまだかなり初期の段階で、1人で散歩や買い物、通院に出かけている人たちが、普段の生活の延長線上で行方不明になっているということです。
目的をもって外出した先で、たとえば何かしらのトラブルやストレスなどの引き金があって、行先や帰り道を求めて歩き続けている状態です。要介護状態の人が行方不明になる場合も、同様のプロセスがあります。わけもなくうろうろと歩いている状態と捉えてしまうのとでは、防ぐための備え、対応策、対象者がまったく違ってきます。

厚生労働省「行方不明になった認知症の人等に関する調査結果の公表等(調査結果)」から編集部で作成/認定なし(1102人、26.2%)、要支援1(127人)、要支援2(116人)、要介護1(994人)、要介護2(854人)、要介護3(797人)、要介護4(185人)、要介護5(38人)
厚生労働省「行方不明になった認知症の人等に関する調査結果の公表等(調査結果)」から編集部で作成

行方不明の解決策は、閉じ込めるのではなく「外出力」をつけること

——徘徊ではなく「なんらかの理由があって帰れなくなった」と捉えるべきですね

そうです。なじみの神社に初詣に行った帰り道、人波の中でいつもは通らない横道に入ってしまい歩いているうちにわからなくなったとか、隣町に住む息子や孫に会いに行こうと出かけたけど、曲がり角の目印にしていた建物がなくなっていて歩き続けてしまい、疲れ切って途方に暮れてしまったとか。
道がわからなくなると不安が募ってパニック状態になり、誰かに聞いたり、携帯電話をかけたりすることが上手くできなくなっている場合が多いです。

行方不明になった経験のある認知症の人にお話を伺うと、いきなり行方不明になったのではなく、その前に「ヒヤリ体験」をしていることが多いんです。道がわからなくなったけれど何とか帰ってこられたとか、電車から降りそこねて迷いかけたことがあるとか。
でも、それを家族には言えないんです。心配されすぎたり、1人で自由に出かけるのを止められたくないから。

——家族は心配して、「一人では出かけないで」と言ってしまいがちです

家族としては当然、言いたくなりますよね。でもその一言は、本人には想像以上のダメージやストレスになっています。大の大人ですから、管理されて息苦しいとか、自由が奪われて頭にきたとか、子ども扱いされてバカにされたと思っている人もいます。よかれと思って言った家族を敵と思ってしまう場合もあります。
家族が外出を止めたことでいざこざになり、それがきっかけで本人がパッと家を出て行ってしまったときに行方不明になった例も少なくありません。

家に閉じ込めてしまうと関係を悪くしてしまうだけでなく、本人がもっている能力、心身の力が落ち、社会とのつながりも切れてしまいます。大事なことは、外出を止めて「庇護」するのではなく、認知症でも行きたい場所に自由に行ける「力」をつけることです。

本人に話を聞くと、「道がわからなくなってパニックになりそうなときは、深呼吸して自分を落ち着かせるようにしてる」とか「おかしいと思ったら、まずそこで止まる。そして引き返す。痛い失敗をしたから、そんな風にしてる」など、いろんな工夫をしています。

外出した先でヒヤリとしたり失敗をするからこそ、本人は工夫をし、その事態を解決する力をつけていきます。外に出ないと、考えたり対応する力が伸びず、能力の低下に拍車がかかってしまいます。

多少、道がわからなくなっても、行きたいところに自由に出かけ、自分の力で帰ってくる力をつける。そのための方法のひとつが「希望をかなえるヘルプカード」の利用です。

「ただいま!」をかなえるために「希望を叶えるヘルプカード」を

赤地に白い十字とハートが描かれている「ヘルプマーク」や、そのマークがついた「ヘルプカード」は、ずいぶん浸透してきました。外から障害が見えにくい人が目印としてつけるものなのですが、使っているのは身体障害のある人が主で、認知症の人が活用している実例がある市町村は全国で3%程度(「認知症の人のヘルプカードの活用実態に関する全国調査」認知症介護研究・研修東京センター、2022)にとどまっています。

【ヘルプマークの使い方の一例】

東京都福祉保健局「ヘルプマーク紹介リーフレット」(*)より/鞄などにつけられます。裏面にシールを貼り必要な支援を記載することができます「私は耳が聞こえません。筆談での対応をお願いします」
東京都福祉保健局「ヘルプマーク紹介リーフレット」(*)より

「ヘルプマーク紹介リーフレット」の詳細はこちら

活用が広がっていない理由の一つは、認知症の人がそういうものを利用して1人で外出するという発想が社会や行政に不足している点が挙げられます。そしてもうひとつは、従来のヘルプマークやヘルプカードが、認知症の人に使いやすいものではなかったというという理由があるようです。
以下は、認知症の本人たちから寄せられた声です。

  • ●家族が私の手提げ袋につけてくれたんだけど、知らない人から急に「何かお手伝いしましょうか」と声をかけられてびっくりした。とまどった
  • ヘルプマークやヘルプカードをいつも付けていると、かえって目をつけられるようで心配
  • これまでのヘルプカードに「あなたの支援が必要です」って書いてあるけど、ちょっとしたことを教えてほしいとか待ってほしいとか、それだけでいい。支援というと大げさで、相手もひいてしまう
  • これまでのヘルプマークやヘルプカードだと、わかってほしいことが伝わらない
  • 困ってるとか支援してほしいとかの前に、何をしようとしてるかをわかってもらいたい。そこが上手く伝わらなくてもどかしいのが認知症。そこを伝えるカードがほしい

そこで、認知症の人にも使いやすく持ちたいと思えるカードを作ろうと、本人と一緒に製作されたのが「希望をかなえるヘルプカード(略称:希望のカード)」(*2)です。道に迷ったり、スーパーで支払いが難しくなったりしたときなど、このカードを見せることでクリアしていこうという取り組みです。

(*2)「希望をかなえるヘルプカード」はこちらからダウンロードできます
「希望をかなえるヘルプカード」スタートガイド

「希望をかなえるヘルプカード」は、自分が望んでいることを安心してスムーズにできるように、自分が使うカード。周囲の人に、自分が望むことやわかってほしいこと、お願いしたいことを書き、外出時に持ち歩く
「希望をかなえるヘルプカード」は、自分が望んでいることを安心してスムーズにできるように、自分が使うカード。周囲の人に、自分が望むことやわかってほしいこと、お願いしたいことを書き、外出時に持ち歩く

実際に希望のカードを全国8地域で試行調査をしたところ、「このカードを使うようになって元気になった!」という人がたくさんいたんです。
「希望をかなえるヘルプカード」は、

  • どこに出かけたいか
  • 何を望んでいるか
  • それをかなえるためにどんな不便があるのか
  • 何をかわってほしいのか

を具体的に話し合い、オリジナルを作ります。

このプロセスだけでも前向きになる人たちがたくさんいます。家族やケア関係者などがいても、案外、本人の行きたい場所や、やりたいことは話し合えていません。
カード作りがきっかけで、知っているようで知らなかった望みや、本人が遠慮したり諦めたりしていたことが浮かび上がってきます。ささいなことでも本人の喜びや安心、自信につながるのです。

——カードを作るステップが大切ということですね

希望のカードを実際に出して使う機会はまだないけれど、持っているだけで安心したり、外出の機会や範囲が広がったりしたという人たちもいます。

ある家族は、認知症と診断された夫を心配して、本人1人での外出を止めていました。外出時は家族が同行し、それまで本人に頼んでいた買い物や用足しは家族が行うようになり、家族の負担がどんどん増えていったそうです。
そんな中、本人が病院の相談員と一緒に希望のカードを作り、「いざとなったらカードを出せばいい」と、カードをネームホルダーに入れて久しぶりに1人で外出したそうです。

家族は、イキイキとした笑顔で帰ってきた本人を見て「私たちは夫を守るつもりで夫の行動を奪っていたんだと気づきました。久しぶりに彼らしい顔を見て、こちらもうれしくなりました」と言っていました。

カードは複数タイプあるため、好みのものを選択できる。使う場所をイメージし、ネームホルダーや財布、名刺入れ、お薬手帳入れなどに入れておく。持ち歩くことで本人や家族の安心にもつながるので、まずは持ってでかけることが大事/「ちょっとご協力をお願いします。私は認知症です」「希望をかなえるヘルプカード ちょっとご協力をお願いします」「駅に近づいたら声をかけて教えてください 築地駅で降りたいです」「私の代わりに連絡をお願いします」
カードは複数タイプあるため、好みのものを選択できる。使う場所をイメージし、ネームホルダーや財布、名刺入れ、お薬手帳入れなどに入れておく。「“持たされる”のではなく、本人が自分の自由な外出を続けるために持つカードです」

——本人が安心して外出できるのはもちろん、家族の関係も良くなっているのですね

そうなんです。認知症の人にとって家族は本当に大切な存在で、楽に暮らしてほしい、笑顔でいてほしいと願っています。なのに家族の思いやりが空回りして、本人から自由や楽しみ、役割を奪ってしまい、お互いが苦しんだり関係が悪くなってしまうのは残念なことです。

希望のカードを持っていれば、言葉でうまく説明できなくても目的を伝えられるし、周囲の人も助けてくれる。ちゃんと帰ってこられるんだとわかれば、家族も家に閉じ込めようとしなくなります。「行ってらっしゃい」と送り出せれば、皆が気持ちよく暮らせます。「認知症だから無理」と行動を制限するのではなく、できる力を維持したり伸ばしたりしていくことがとても大切です。

また、交通機関やスーパー、銀行など地域にいる人たちの中で、認知症かもしれない人を見守りたい、助けたいと思っている人が増えています。一方で、声をかけていいのか、どう関わったらいいのかわからず躊躇している人も大勢います。そこで希望のカードを出せば、何を望んでいるのか一目でわかり、関わり合いやすくなります。本人がカードを使うことで理解者や応援してくれる人が具体的に増えていき、その地域の自然体な支えやつながりが広がっていきます。全国に一日も早く広がってほしいです。

永田久美子先生
永田久美子(ながた・くみこ)
認知症介護研究・研修東京センター研究部長。東京都老人総合研究所研究員などを経て、2000年から現職。認知症の人と家族がともに自分らしく暮らしていくための支援や町づくりをテーマに、本人ネットワーク支援や「センター方式」を活かした地域ぐるみの支援に取り組む。

「行方不明のなぜ、どうすれば」 の一覧へ

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この特集について

認知症とともにあるウェブメディア