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認知症が心配なあなたへ

口の中が大きなヒントに 実は家族は気づいていた 母の認知症の兆し

虫歯は認知症のサインかもしれない

大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生によるコラム「認知症が心配なあなたへ」。認知症になること、なったことに不安を抱えているあなたの心を和らげるような、認知症との向き合い方、付き合い方を伝授していきます。今回は、口腔ケア(口の中)ケアと認知症の関係について、松本先生の経験を盛り込みながら解説してくださいます。

どのような病気でも体調が悪くなると、これまであたり前にできていたことができなくなるものです。認知症になった場合でも、具合の悪さからいつものルーチン(日課)が置き去りになることがしばしばあります。言いかえれば、普段からしていることができなくなってくると、それは認知症の兆しである可能性があるとも考えられます。今回は「いつもやっていること」として筆頭に挙げられる「歯・口腔(こうくう=口の中)」のケアについて考えてみましょう。今回もお名前や年齢を変えて、具体的な事例を紹介します。

かつてボクが歯科医だった時のこと

もう30年も前の話です。ボクは歯科医になった後、医科大に入り直して医師になりました。このため、医学生をしながら、歯科医として診療していた時期がありました。まだ、歯科医としての経験も浅かったのですが、それでも何人かいつも受診してくれる患者さんがいました。

そのような人のなかに、当時68歳の女性、南川良子さん(仮名)がいました。彼女は定期的にボクのところに来て、「チェックアップ」をしていました。チェックアップというのは、歯が痛くなったり、虫歯が見つかったりしていなくても、定期的に歯や口の中をチェックして不都合を見つけることです。虫歯(う蝕)がなかったとしても、歯周病を防ぐためのブラッシングなど、口の中を健康に保つための指導などをします。

何年も熱心に通ってくれていた南川さんですが、ある年の夏から変化を感じるようになりました。しっかりとできていた歯ブラシの使い方(ブラッシング)が悪くなり、歯垢(しこう)がたくさん残って虫歯が目立つようになりました。「南川さん、どうかしたのだろうか」とボクが内心思っているうちに彼女は通院することをやめてしまいました。

家族は変化に気づいていた

南川さんとは年賀状のやり取りをしていました。「もう年賀状は来ないだろう」と思っていたにもかかわらず、次の正月にも年賀状は届きました。でも、彼女からではなく、娘さんが代筆してくれたものでした。新年のあいさつと共に、そこには南川さんの状況がつづられていました。

『母は先生に診ていただいて感謝しています。でもあれほど熱心にしていた口腔ケアを、ある時から母はしなくなりました。私が何を誘っても「もう、面倒だからやらない」と言い、挙動がこれまでと違ってきました。そこで私は思い切って母を病院に連れていったところ認知症になっていることがわかりました』

いつも身近なところで日々の生活を見ていたからこそ、娘さんは南川さんのちょっとした変化に気づいたのでしょう。

日々のことだからこそ、わかりやすい変化を見逃さない

歯を磨くことも、歯科検診も面倒になってやらなくなってしまう

年賀状を読んで驚いたボクは、南川さんの所に電話をしました。ちょうど娘さんが電話に出られ、娘さんは南川さんの虫歯が増えたこと、そして口臭が目立つようになったことに気づいたと話してくれました。

日々くり返される口腔ケアや身の回りを清潔に保つ行為——保清(ほせい)といいます——などが、これまでとは異なるとき、それは認知症のサインかもしれません。もちろん口腔ケアが不十分になるのは認知症だけではなく、そのほかの様々な病気が隠れていることがあります。

メンタル系の病気では、うつ病になって行動が遅くなること、幻覚妄想があって口腔ケアどころではない恐怖を感じている場合なども要注意です。腎臓の悪化からけだるさを訴えることや、糖尿病による意欲の低下なども考えなければなりません。しかし日々の生活で最も見えやすいからこそ、ブラッシングがしっかりできているかどうかといったことに留意することで認知症の兆しを知ることができます。

南川さんの経験から

南川さんが認知症になられたこと自体もショックでしたが、親しくしていた彼女に虫歯が増えたことに気づいていれば、もっと早く対応ができたにもかかわらず、後に家族から認知症になったことを聞いたことがショックでした。「口だけを見ていたな」と思いました。それからボクは歯科医師として担当する人の口の中の状況が変わった時にこそ、何か全身の病気が潜んでいないか、常に気を付けるようにしてきました。

精神科医として認知症の専門医になった今日も口腔領域の変化を聞いた時には認知症が悪化していないか、常に考えるようにしています。認知症が気になるみなさんにとって、歯や口腔からのメッセージを受け止めることが認知症の早期発見に役立つことを忘れないでくださいね。

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