高齢期の住まいどうする? 理想と現実 今から考える備え・前編
自分が高齢になったとき、どんな住まいに暮らしたいですか? 2021年12月4日~2022年1月3日になかまぁる編集部が実施した「高齢期の住まいについてのアンケート」回答者に詳しく聞いてみました。アンケートの集計結果では「高齢期に過ごしたい場所」としては、過半数の人が「現在暮らしている住宅」と答えました。けれど、理想と現実は違うもの……。年を重ねるにつれて、病気や体力の衰えなどから、転居を検討せざるを得ない状況になることは大いに考えられます。前編では、それぞれの人が、高齢期の住まいを真剣に考えるきっかけになったことを紹介します。
老後のための転居は地域に貢献できる体力気力があるうちに
佐々木公美子さん(63)は夫(59)と2人で長野県松本市の乗鞍岳中腹にある民宿を営んでいます。14年前、名古屋からこの地に移住してきたのは、四季を通じて美しくよい環境で子育てをしたいと考えたから。娘(24)も独立した今、終(つい)のすみかについて夫婦で話し始めているといいます。
きっかけは6年前。故郷の福岡で実母(当時87)が病に倒れ、当時94歳の父親の生活がままならず、2人をどうするかという問題に直面したことでした。「老いた両親がバリアフリーでもない田舎の家で暮らしたり管理したりするのはもう無理で、私が帰って介護することもできず……。60年以上暮らした家に心残りもあったと思いますが、2人で介護付き老人ホームに入居することになりました。その経緯を見ていて次は自分たちだと思ったのです」としみじみ語る佐々木さん。娘には迷惑をかけたくないという思いが募ったのだといいます。
考えられる選択肢はいくつか。まず今の住まいは自然環境のよさで選んだものの雪深い山の中で老後は厳しい。名古屋で義母(87)がひとり暮らす夫の実家は長い坂を上ったところにあり、義母も生活にひと苦労。また同じく名古屋にある佐々木さん夫婦の持ち家は若い頃に建てた3階建ての狭小住宅。今は人に貸しているのですぐには住めず、年老いてからは住みづらいかもしれない……といずれも決め手に欠けます。「私の本心は生まれ育った福岡に帰りたい。でもおそらく賃貸になるので、もらえる年金額などを考えると難しそう。今は高齢者が借りるのは難しいともいわれていますし」と佐々木さん。理想は交通の便がよくいろいろな人と交流できる環境といいますが、なかなか現実は厳しそうです。
今63歳で人生を振り返るとあっという間だったという佐々木さん。これからの10年20年はもっと早く進むだろうと焦りを感じているそう。「今は地域や社会にそれなりにお役に立てるだけの体力気力があると思うけれど、後期高齢者になる頃には力が残されていないと思う。そうなってから移り住んでお世話になるだけというのは嫌なんです。まず人間関係を築き地域に貢献ができて、その上で年を取っていきたい。だから移り住むのは60代のうちにと思っています」。
老親の姿に学び、子どもの人生の助けにもなりたい
東京都三鷹市在住の都留卓也さん(69)=仮名=は4年前にリタイア、娘(37)と息子(35)も独立し、今は大学教員の妻(67)と2人暮らし。近隣の介護付き老人ホームには、5年前故郷の岡山でケガをして要介護になった実母(89)も暮らしています。「母は転んで腰を骨折、脳出血も起こして車椅子生活になりました。それでこちらに呼び寄せることにしたのですが、車椅子を買って、新幹線やタクシーも車椅子で乗れるものを手配し、こちらでも老人ホームを8カ所くらいは回って3つに絞り、母の姉妹たちにも見てもらい…と、いろいろと大変でした。健康なときは思いもしないけれど身体が不自由になると、本人の気持ちはどうあれ何とかしなきゃという状況で選択肢も限られてしまうと思い知りました」という都留さん。
今の住まいは11年前、自分たちでデザインした思い入れのある家です。家族のだんらんの場であるリビングを広く取るため、浴室は2階に。「今は2人とも元気で階段の昇り降りも苦になりませんが、母のような状態を考えるとちょっと無理ですね。この家にずっと住み続けたいと思ってきたけれど、これからどうなるか。不自由さの度合いにもよるけれど高齢者マンションみたいなところか、自分で自分の始末ができない状態なら介護付きの老人ホームに行くしかないと思っています」と、母親に寄り添った経験が大月さんの高齢期の住まい像を具体的に描かせているようです。
一方で次世代にも思いをはせています。「財産はあまりないけれど、子どもたちにできるだけ税金をかけないで引き継ぐにはどうすればいいかということも考えますね。娘は家族で海外にいますが、息子は子ども(孫)が1歳。息子一家がこの家に住むというなら自分たちは高齢者マンションにと、何となく考えていることはみんなに話しています」。妻が70歳でリタイアする3年後に本格的に検討を始め、実際に始動するのは孫の学校のことを考えて10年後くらいという計画だそうです。
やはり今の家で……長年培ったご近所との交流は何にも代えがたい
兵庫県西宮市在住の杉浦振一さん(68)=仮名=は6年前の62歳のとき、一時は生死の境をさまようような大病を患い、万一のときの“残される家族の将来”という形で老後の住まいを考える必要に迫られたといいます。「当時妻は59歳。まだ結婚していなかった娘(当時32)も同居していて、自分亡き後の2人の生活をいや応なしに考えましたね。相続はどうするか、一戸建ての自宅はどうするか、ずっと私が担ってきた資産管理や家のメンテナンス計画を妻が引き継げるだろうかと、現実的な心配があれこれ巡りました」と杉浦さん。
幸いにも危機を乗り越え、平穏な日常に戻りました。それでも夫婦が高齢期のスタート地点に立っているという意識が芽生えたそう。そして老後の住まいとして思い描いているのは今の自宅です。「世間では高齢者には利便性のよい都心で、戸建てより管理しやすいマンションがいいともいわれているけれど、私はやはり今の家にいられるだけいたい。静かな環境で買い物や病院などの不便もさほどないし、何よりここに住んで30年。ご近所さんとのつき合いは何にも代えがたいですね。年を取ってから新しい街、家に転居することを想像すると、人間関係を一から作るのがかなり困難。いくら便利でも夫婦2人で孤立しそう。老人になると頑固になるというでしょ(笑)」。
ただシビアな現実も考えています。それは両親の終末期を見守ったことが大きいといいます。「母が認知症になり父は最後まで自分が面倒をみると言っていたけれど、父にも持病があって結局、母はグループホームに入れました。しっかり者の父は自宅での独居もがんばっていたけれど80歳を過ぎてからはかなりしんどいのが端からもわかりました」と振り返ります。自宅に住み続けるというのは2人とも健康ということが前提。もしどちらかが要介護になるときが来たら、できれば施設にも一緒に入りたいと語ってくれました。
*後編につづく