悩みや後悔が尽きない延命治療の判断 親の思いを確認していますか?
「延命はNO。胃ろうもしないで」と言っていた母に胃ろうを造設
千葉県柏市在住の佐野郁恵さん(52)。母親(80)は2012年にパーキンソン病、2018年にはレビー小体型認知症と診断され、夫(87)とともに娘の住まいの近くのサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)で暮らしていました。しかし昨年7月、誤嚥性肺炎で入院。のみ込む機能が低下しており、鼻から胃に管を入れる経鼻栄養の「胃管」が施されました。
「母は長年、介護ボランティアのグループを主宰して、たくさんのご家庭の介護や終末期に寄り添ってきた人なんです。人が年を取るとどんなことがあるか、子どもの私たちにもよく話してくれていました。それで自分の時は『延命はしない』『胃ろうや気管切開はしないで』と言い切っていたのです」と佐野さん。
パーキンソン病の診断を受けた時には、母親自ら通帳や印鑑リスト、保険証券などを出して「一緒に見ておいて」とも言ったそう。経験と覚悟に基づいた確固たる意思は、娘としても納得し承知していたといいます。
ところが厳しい現実を突きつけられる事態に。
「肺炎が治まり帰る段階になって、サ高住側が『胃管はダメ、胃ろうなら受け入れる』というのです。母は声が出ない状態で意思確認もままなりません。もしできたとしても母が複雑な事情を理解できず安易に胃ろうを拒否したら、サ高住に帰れなくなる。もう悩んで悩んで泣いて泣いて、最終的に私が胃ろう造設にサインしました」
胃管や胃ろうの受け入れは施設によりますが、佐野さんの状況まで事前に予測検討しておくのは難しいもの。母親の理想に背く形ではあるけれど、サ高住で生きていくための選択でした。そしてリハビリで嚥下(食べ物をかんで胃に送る)機能が改善できるのではないか、優秀な言語聴覚士や居宅介護事業所に出会えれば希望が持てるのではないかと、佐野さんはまだまだ模索中。
「こうなってみると母の『延命はしない』も、私がそれを承知したことも、どこか他人事だった気がします。現実はうんと厳しい。それでも親と話しておくことは大事。一人で考えたり計画したりするのではなく一緒に考える。母が身をもって教えてくれていることを、私の子どもたちにも伝えていきたいです」と前向きに語ってくれました。
脳梗塞で意思疎通ができなくなった父も、生きていてくれるだけで家族の力に
親自身の終末期に対する考え方は、普段の会話から何となく察していただけで、きちんと向き合って聞いていなかったことに気づいたという東京都練馬区在住の杉本美月さん(55)。しかもそれは、親が命の危機に瀕した時だったといいます。
埼玉県日高市に住む父親(81)は昨年9月に脳梗塞で倒れ、母親(80)と杉本さん、妹、弟の家族全員が病院に集められました。その場で医師から延命治療について問われ、母親は「しません。夫はそういう人ですから」と即答。杉本さんたちも賛同しました。
幸い延命措置をせずに一命をとり止められたのですが、これ以上の回復は見込めず、家族の悩ましい日々の始まりでもありました。右半身麻痺、言葉も発せず意思疎通はできない状態。そして嚥下機能が失われたため胃管が施されました。
「目は開いているけれど、私たちの言葉には反応しない。鼻のチューブや痰の吸引も苦しそう。リハビリのおかげで、短い時間なら上半身を起こしたり車イスに座れるようになったりしたけれど、父はそれをどう感じてどうしたいのか、こちらからわからないのがとてもつらいです。昔『もしもの時はポックリ死なせてくれよ』と冗談ぽく言っていた父が思い浮かび、今、父はこの状態で幸せなのだろうかと考えてしまいます」と杉本さん。
当の父親は、ここ1年ほど前立腺がんなども患い病院通いをしていましたが、杉本さんたちには悲観や苦痛は少しも見せず、好きな絵を描きながら予定していた個展開催にも意欲的でした。
「父とはよく話しましたが、思えば自分のことはあまり言わない人だった。母と山歩きをするのが好きで、よく風景を描いていました。倒れた1週間後に個展を開いたのですが、見れば静物画ばかり。外出もつらい体調だったんだねと、こんな状況になって初めて気づいたのです」
家族の日常の中で知る親と、その命を考える時の親とは大きな違いがあるのかもしれません。
父親の気持ちを手探りし「すんなり命を終わらせてあげたほうがよかったのか」とまで考えあぐねるという杉本さん。それでも父親のふとしたしぐさに目を見張ることもあるといいます。「ちょっと偉そうな眼つきや貧乏ゆすりをすることがあり、『やっぱりお父さんだ』と思うのです。母や妹も父の無表情に目を凝らし、『今、笑ったんじゃない?』と。父が生きているということだけで家族が元気をもらっているのは確か。命ってすごいと思います」
実際に役に立つ、家族が知っておくべき親の健康情報
東京都健康長寿医療センターでは、スムーズな治療のために以下の項目を確認しているそう。本人が伝えられない場合もあるので、ぜひ事前に確認、相談しておきましょう。
救急搬送時などに必要な情報
・治療中の病気
・かかりつけの医療機関
・治療内容(内服薬など)
・薬のアレルギー
・普段の生活状況(食事・排泄・外出など)
・普段の生活をよく知っている人は誰か
「薬関連の情報は特に、手術や検査に必要。わからないと症状の原因特定や治療が遅れたり、検査で使う造影剤によるアレルギー反応が起きたりします。特に抗血栓薬など“血液サラサラ”の薬や、心臓病、糖尿病、喘息、緑内障、前立腺肥大の治療薬を使っている場合は必ず伝えましょう。また市販の風邪薬や処方薬で発疹などが出た場合は、薬アレルギーの可能性大。商品名や薬名を控えておいてお薬手帳で管理、携帯するのがよいでしょう」(岩切理歌先生)
終末期に選択を打診される主な“延命治療”
・輸血療法
・心機能・血圧維持のための薬物療法(昇圧剤など)
・ペースメーカー
・人工透析
・人工呼吸器・気管挿管
・心臓マッサージ
「これらは病状回復のためにも行われる治療。医療者が『どうしますか?』とあえて聞くのは、多くは延命治療を行うメリットが見込めない場合です。たとえば人工呼吸器は太い管を口から挿入するので鎮静が必須。本人と話すことはできず、家族にとってもつらい状態です。回復力がなく呼吸器が命綱になってしまうと亡くなるまで外せません。助かる見込みがある場合は積極的に治療するのが医療の原則ですから、どうするかを家族に問われた場合は、そんな状況であることを受け止めた上で考えてみてください」(岩切先生)
口から食事ができなくなった場合の選択肢
・末梢点滴(主に水分補給)
・高カロリー輸液(中心静脈栄養)
・胃管(鼻から胃に管を入れる経鼻栄養)
・胃ろう(手術で胃に穴を開けて栄養注入)
・積極的な人工栄養は行わない
「口から食べられなくなることを終末の転機と捉え、自然に任せて最期を迎える人も増えてきました。胃ろうは議論の的ですが、嚥下機能だけが衰えて身体はまだ力が残っているなら胃ろう造設も意義があります。栄養状態を整え、訓練して嚥下機能を回復させることも期待できますし、胃ろうをして家で介護を受けながら暮らしたいという場合にも有効。
ただし注意してほしいのは、胃ろう造設は医療ですが、管理は介護の分野。胃ろうを造った後、治療がなければ病院にはいられません。医療でできることがなくなり、介護分野に委ねられるタイミングがあるのです。高齢者の終末期には医療と介護の境界、病院と介護施設でできることの違いを知った上で考える必要があります。病院内のソーシャルワーカーが詳しいので相談するのもよいでしょう」(岩切先生)
結論を急がず命の終わりについて話し始めて
高齢患者が多い東京都健康長寿医療センターでは原則、緊急入院時に延命治療についての意向を聞いているそう。そしてほとんどの人が「考えているつもりでいて、現実的には考えていない」と岩切先生はいいます。
「平均寿命を超えれば命の終わりが近づいています。その状態での延命治療は回復の見込みが少なく、本人がつらい場合も多い。それは本人も家族も望んでいないはずです。でもいざとなると家族は1分1秒でも長く生きてほしいと願う。本人も長生きしたいはずだと頑張ってしまう。命の終わりを冷静に受け入れるのは誰にも難しいことなのです。だからこそ親が老いてきたら、親子で話をしてほしい。延命をするかどうかなど、結論を急ぐ必要はありません。人の命の終わりについて、考えや気持ちをあれこれ話しておくだけでも、少しずつ心の準備が整うと思います」
※アンケートにご協力いただいた人物名は仮名です
- 岩切理歌(いわきり・りか)医師
- 東京都健康長寿医療センター 総合内科・高齢診療科部長
内科一般、血液疾患、老年医学を専門とし、総合内科、救急外来、ポリファーマシー・在宅支援外来などを担当。日本内科学会総合内科専門医・指定医。日本血液学会・血液専門医。日本老年病学会認定老年病専門医。