福祉事業所と社会をつなぐ デザインの力を借りた仕事販売サイトを発信中
取材/塚田史香 写真/神戸市提供
神戸市が運営する「ふくしワザ」というWebサイトがあります。サイトに登録した福祉事業所は、制作した商品を販売できるだけでなく、民間企業などからの作業を受注できます。福祉事業所の販路や取引先を拡大することができるシステムの立ち上げに携わった神戸市福祉局障害福祉課の金子将太さんに「ふくしワザ」を開設したきっかけや、ここから広がる可能性について聞きました。
「ふくしワザ」は、福祉事業所でできる作業や作る商品などの「ワザ」を、民間企業や個人の「ほしい」とつなぐ場として2021年2月にオープンしました。市内の福祉事業所ならば、登録も掲載も無料です。神戸市職員だけではなく、市民や福祉事業所職員のアイデアも取り入れながら実現したこのサイトは、どのように制作されたのでしょうか。
きっかけは現場の声
福祉業界には「工賃」という言葉があります。ここで使われている「工賃」は一般的な給与として捉える「賃金」とは違い、障がいなどにより一般的な労働契約を結ぶことがむずかしい方が支援を受けながら行う、就労(就労継続支援B型)への成果報酬のことを指します。就労継続支援は、認知症は進行したけれど「少しでも働きたい」という気持ちがある方の受け皿になることがあります。
「全国の平均工賃は、約1万6000円(令和元年度)です。もし福祉事業所が、作業や物品販売を安定して引き受けられるようになれば、利用者の収入につながります。そのアイデアを集めるために、デザイン・クリエイティブセンター神戸(愛称:KIITO/キイト)と神戸市が『+(プラス)クリエイティブゼミ(以下、ゼミ)』というイベントを共同開催しました。KIITOは神戸市が掲げる『デザイン都市・神戸』の拠点施設として、普段からデザインやアートに関する様々なイベントを企画・運営しています。このゼミでは障害福祉サービス事業所とそこで製作される『ふれあい商品(自主製作品)』の未来をデザインすることを目標としました。
ゼミでは「デザインを人々の生活に採り入れ、より豊かに生きることを提案」することを目標とし、2018年から神戸市と共同で開催してきました。様々なテーマの社会課題に対して小グループでアイデアを出し合い、その課題を解決するためのアクションプランを考えます。このイベントを活用してアイデアを募り、「ふくしワザ」サイト開設へつながりました。
「ゼミには、主婦や学生、クリエーター、福祉事業所職員など、幅広い世代や立場の方が参加して、どうすれば福祉事業所の工賃を増やせるのかとアイデアを出し合いました。従来なら自治体だけで考えてきた課題について、こうして皆さんと意見を交換することで企画ができました。
ゼミで福祉事業所職員から声が上がったのが、『情報発信のむずかしさ』でした。事業所でよい商品を作れたとしても、その情報を社会に発信するノウハウがありません。もし『この事業所はこんなことができるよ』と周知できれば、安定した受注につながるのではないかという話になりました。そこで、市内の事業所の情報をまとめて発信できるサイトを作るというアイデアを採用しました」
ワザと直接つながり、仕事を依頼する
2021年2月にサイトをオープンし、現在は65の事業所が登録しています。
「まずは、より多くの事業所にこの取り組みを知ってもらい、登録していただきたいです。神戸市内には、就労継続支援B型事業所だけでも200事業所以上ありますから、まだまだこれからです。登録や利用は無料で、登録方法は神戸市公式Webサイトに掲載しており、パソコンやスマートフォンからお申し込みいただけます」
これまでに事前登録説明会も数回開催しました。説明会では、KIITOに参加するクリエーターの協力を得て、掲載写真の見せ方や説明文の表現をアドバイスします。登録完了までをサポートし、その後のサイトのクオリティーを高めていくため、これからも開催していく予定です。
神戸市は福祉事業所だけでなく、サイトの利用者となる民間企業にも働きかけています。「神戸市のしごと開拓員は、障がい者の就職支援のために、年間800社ほどの民間企業を訪問します。その時、支援策の一つとして『ふくしワザ』も紹介しています」
ある事業所は、市内の老舗酒造メーカー「白鶴酒造」から、製造過程で不要になった酒パックを引きとっているそうです。こうして集められた酒パックをリサイクルして、手すき紙を作ります。さらにはがきにして販売し、一部は白鶴酒造に勤める社員の名刺にも活用されています。
「SDGsの取り組みとしても面白い例ですよね。継続した受注がサイトの目的なので主な利用者は企業を想定していますが、個人でも利用できます。問い合わせフォームから申し込んでいただくと各事業所と直接のやりとりが可能ですので、双方で了解がとれれば、商品購入や清掃などの作業依頼ができます」
こんなことできる? から新しい価値を
「ふくしワザ」で、今後実現したい機能はあるのでしょうか。
「はじめに紹介したゼミでは、事業所間での『ワークシェアリングの機能も持たせられたら』という案も出ていました。事業所の職員によれば、民間企業から制作の依頼があったものの、ロットが大きくて対応しきれず、お断りせざるをえなかったという例が一定数あるそうです。一事業所では受注できなくても、事業所同士がつながり一緒に生産したり作業を分担したりできればいいと思うんです。ひいては、サイトを開設した目的でもある、福祉事業所の工賃アップを目指せるようになります」
そのためにも事業所の登録数と同時に、サイト利用者の数を増やしていくことが重要です。だからこそ金子さんは、民間企業サイドから気軽に相談してほしいと言います。
「福祉事業所が受注する作業というと、昔から行われている検品作業やラベル貼り作業のような、決まったジャンルのイメージがあるかもしれません。ですが『ふくしワザ』に載っているように、福祉事業所にできる作業は多種類あります。ですから企業側から『こんな作業は依頼できる?』とご相談いただけたらうれしいです。市が受託先を探すお手伝いもできます。このようにして、これまでにない新しい価値を一緒に創っていけたらと思うんです。
まだまだこの企画は助走期間ですが、もし近隣の地域で同じ取り組みをしたいとのお声がけがあれば、力を合わせてできることがあるかもしれませんね。
『ふくしワザ』は開設して終わりのサイトではありません。障がい者の方に就労を通して社会参加をしていただいたうえで、少しでも多くの生活の糧となるものを得ることができるシステムの構築を目指しています。神戸市の福祉事業の一つとして、これからも活用方法を考えていきたいです」