介護の働き方改革 コロナ禍で求められる生産性向上と未経験者採用の両立への道
取材:渡辺千鶴、岩崎賢一 イラスト:青山ゆずこ インフォグラフ:須永哲也
介護業界では慢性的な人材不足が続き、新卒や経験者を採用しにくい現状があります。先をみると、介護福祉士養成校の定員減少や定員割れのトレンドも深刻です。それに加えて、コロナ禍の影響で外国人の活用も入国制限などにより不透明です。一方、介護の現場には未経験者の応募が増えています。シリーズ「これからのKAIGO~『自分にできる』がきっと見つかる~」の2回目は、業務の切り分けのポイントと進まない理由について、施設から訪問まで幅広い事業者が加盟する一般社団法人全国介護事業者連盟理事長の斉藤正行さんに聞きました。
課題:人出不足感が解決していかない理由
- 介護イノベーター 斉藤正行さん(さいとう・まさゆき)
- 43歳。コンサルティング会社を経て、介護業界に転身。メディカル・ケア・サービス取締役運営事業本部長、日本介護福祉グループ取締役副社長を経て、2013年に日本介護ベンチャーコンサルティンググループを設立。18年に一般社団法人全国介護事業者連盟の設立に参画、20年より理事長。著書に『世界に誇れる日本の介護』
コロナ禍で未経験者が多く介護業界に流れてきている
介護の現場はどこも人手不足なのでしょうか。
何が本当の原因なのでしょうか。
それを知る一つの手段として、公益財団法人介護労働安定センターが実施した「事業所における介護労働実態調査(事業所調査)」や「介護労働者の就業実態と就業意識調査(労働者調査)」があります。全国の介護サービス事業者から抽出された調査対象事業所17544カ所のうち、有効回答は9244カ所からありました(回収率52.7%)。労働者調査回答数は22154 人(回収率 42.1%)です。
この調査結果を見ると、従業員の不足感がある事業所は、60.8%と高いものの、2018年度以降、低下傾向にあります。職種別では、在宅介護を担う訪問介護員は80%を超え、不足感が高い状況が続いています。「人手不足」は、職種や事業所によるばらつきがあることがわかります。
そんな中、新型コロナウイルス感染症が経済に大きな影響を与え、産業間での労働力の移動も起きています。
「世の中全般が海外からの旅行客を顧客にしていたインバウンド関連業界や飲食業界の仕事が激減しています。そのため、そこで働いていた人たちが、継続的に求人を出してきている介護サービス事業者に流れてくる傾向があります。しかし、これは未経験者で、経験者の採用は難しい状況です」
ポイントは業務を3分類し、個々の能力に応じて振り分けること
コロナ禍では、さまざまな産業、企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が起きています。利用者を介護するという労働集約産業の側面が強い介護業界ですが、いま、持続可能な介護サービス事業所の経営のために何が迫られているのでしょうか。
「生産性の向上やICT(情報通信技術)の活用です。介護の場合は直接的な介助は密着した形でおこないます。しかし、間接業務はICT化、たとえば利用者のアセスメントも対面でしなくてはいけないことと対面でなくてもできることを切り分けていかなければならないと思います。つまり、介護の現場ではオンライン化していく間接業務はまだまだあると思います。ICT化や生産性向上は、かねてから介護分野での大きな課題とされてきましたが、コロナ禍でいや応なく対応しなくてはいけなくなったと思います」
「未経験者の採用に積極的でなかった事業者も経験者採用が難しいので未経験者採用に取り組んでいかなければならないこと。もう一つは業務分析や業務の切り分けをしっかりやらないといけないこと。これがいま、介護業界での最大の課題です。生産性を向上していくためには避けて通れません」
では、どのように業務を切り分けていけばいいのでしょうか。
「介護の仕事は、高い専門性を必要とする部分と単純作業で対応できる部分、そしてこの2つが混じり合っている部分の3要素で構成されています。一つひとつの業務をこの3要素に分類し、個々の能力に応じて業務を振り分けていくことが肝心です。未経験者は単純作業で対応できる部分からスタートし、少しずつスキルを獲得しながらより専門的な業務にステップアップしていけるような運営体制が望ましいと考えます。あるいは単純作業に限定した職種を設け、未経験者を募集する分業制のようなやり方もあるでしょう」
「単純業務も2パターンあります。利用者とまったく接触がない業務は今後ICTを活用して対応していくことが重要です。利用者と接する業務は、比較的経験の浅い人、アクティブシニアの人たちが担っていく領域です。例えば、送迎対応をする職員は、利用者と同じ空間にいるので、認知症の人たちなどとコミュニケーションをするために知っておくべき最低限の基礎知識が必要だと思います」
「いずれにせよ、コロナ禍で未経験者の応募が急増する中、経営層や管理部門のスタッフには業務の切り分けに着手することが一層強く求められています。重要性を頭で理解していても、取り組みが進んでいる事業所はまだ限られています」
理解していても取り組めていないのはなぜなのでしょうか。
「最大の要因は、業務仕分けをしようとするとその職員の作業時間を確保しなくてはいけないということです。現場では介護の人手が足りないので、優先順位としては下がってしまっています。緊急ではないけど重要なことにどれだけ時間を割けるかが、実は緊急的な仕事を減らしていくためのポイントになります。もう一つの要因は、段階的にでもやっていかないといけないと思っても、ビジネス的手法について不慣れな人が多いのが実情です。三つ目は介護という仕事の特殊性上、仕分けが難しい業務もあるからだと思います」
仕事とボランティアでは目的も効果も違ってくる
介護の現場では、コロナ以前からボランティアの方の力を借りてきました。近年は、有償ボランティアもあります。また、介護助手など利用者の介助には関わらない間接業務や単純業務だけを行う短時間雇用でのアクティブシニアの活用も推奨されてきています。ただし、それぞれにメリット、デメリットがあります。
「ボランティアの活用の目的には、二つあると思います。現場の職員の負担軽減のために一部の業務を担ってもらうこと。もう一つは地域との共生や連携のために高齢者の社会参画の場をつくっていくということ。大切なのは、後者の共生社会を作っていくことで、それを実現するための手段として介護職員の負担軽減があるのだと思います」
「人材不足をボランティアの活用で解決しようとして、そろばん勘定から入ってしまうのは間違いだと思います。業務の切り分けをしていったうえで、ボランティアのかかわりの再構築もしていくことだと思います」
ミスマッチがあるから諦めるのではなく、どう乗り越えていくのか
日本人の平均年齢は47歳。人生100年時代と考えれば、まだ折り返し地点です。短時間労働でもボランティアでも期待されているのは、50代や60代、70代の元気な人たちです。介護労働安全センターの調査でも、介護現場で働く60歳以上の人たちの割合が徐々に高まってきています。
「関わり方には、いくつかバリエーションがあると思います。第二のキャリアとしてステップアップしていきながら介護のプロフェッショナルを目指す人もいれば、間接業務や単純作業といわれる仕事に限定して関わっていく人、そして過去の仕事による知見を介護の現場でいかしたい人がいます」
しかし、第二のキャリアをスタートさせたい人たちと介護現場で求める人材の間では、ミスマッチが起きています。
「これまでの仕事と関係なく介護現場で働きたい人か、これまでの仕事をいかして介護現場で貢献していきたい人か。私の感覚では、どちらかというとアクティブシニアの方たちは、これまでの経験をいかして何かできないかと考えている人たちが多いと思っています。ゼロリセットすると最初から考える人はなかなかいないと思います。いままでの積み重ねをいかした方が働きやすいからです。一方で、介護現場ではゼロリセットして来て欲しいと考えている人の方が多いと思います」
過去の知見をいかしたいという人材が加わってきた際、課題になるのがコミュニケーションです。介護に関する経験は豊富ではなく、スキルが高いわけではないので、専門職として利用者へのサービスの最前線に立つ介護職員と軋轢(あつれき)が生じてしまう場合があります。
「現場に全部丸投げではハレーションが起きてしまいます。経営者が職員にメッセージをしっかり出すこと、多様な人材が働ける環境を整えることが大切です」
「入り口は多様であるべきです。送迎から入ってもらう形や、事務的な仕事をレベルアップしてもらいマネジメント層に近い仕事をしてもらう形もあります。介護の現場の仕事がわからずに施設長はできませんが、異業種から迎え入れている事務局長も多いと思います」
アクティブシニアが活躍できるフィールドを整えることから始まる
高齢社会が進展し、介護サービスを必要とする人口も増え続ける中で、50代、60代、70代の人たちを介護の現場で活躍してもらうためにはどうすればいいのでしょうか。
「環境が整わないと、アクティブシニアに働けますよと呼びかけても響きません。こういう仕事で活躍できるフィールドがあるということを整えて具体的に伝えることが必要です。介護の仕事をまったく考えていなかった人に、自分の経験や力を介護のフィールドでいかせるんだと理解してもらうためです」
「アクティブシニアの活躍は、介護人材の不足を補うだけでなく、元気な高齢者が介護の仕事を通して社会参画することで健康寿命の延伸や介護予防につながっていきます。そのためには事業者も地域に出て行ったり、施設を地域の人たちに開かれたものにしていったりする取り組みが必要だと思います」
2018年、「介護の産業化」と「生産性の向上」を持続可能な介護保険制度の確立を支えるという2大テーマに掲げて、法人やサービス種別の垣根を超えた介護事業者による団体として設立される。
※シリーズ「これからのKAIGO~『自分にできる』がきっと見つかる~」の次回のテーマは働き手の探し方です。特別養護老人ホーム和心(なごみ)の施設長、金子直浩さんが考える、地域に埋もれた人材の採用手法から定着への布石、現場のチーム感の醸成について紹介します。