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これからのKAIGO~「自分にできる」がきっと見つかる~

介護の働き方改革 仕事を105に切り分け2時間単位のシフト 多様な人材が活躍できる職場に転換

介護

介護の職場はどこも人手不足――。
そんな課題を乗り越えつつある介護サービス事業者が出てきています。その明暗をわける第一歩が、多様な人材を活用するうえで必須となる業務の切り分けです。東京都あきる野市にある特別養護老人ホームこもれびの郷では、全体の業務を105の作業に分類したり、1日2時間単位のこまぎれシフトを導入したりしました。これにより、短時間勤務を希望するアクティブシニア層を上手に取り込めたほか、こまぎれシフトの組み合わせによる多様な働き方が実現しました。シリーズ「これからのKAIGO~『自分にできる』がきっと見つかる~」の1回目は、業務の切り分けのポイントと副次的効果について深掘りしてみました。

課題:日常業務をどのように分類し、切り分ければいいのかわからない

介護イノベーター 宮林大輔さん(みやばやし・だいすけ)
52歳。大学卒業後、百貨店に就職。1998年、父親が経営していた社会福祉法人さくらぎ会に入職。特別養護老人ホームこもれびの郷に配属される。介護職員、相談員を経て職員の採用マネジメント部門を担当。2005年、施設長に就任。18年より法人理事長。

施設から半径1キロ圏内のアクティブシニアの住民にリーチ

こもれびの郷を経営する社会福祉法人さくらぎ会理事長の宮林大輔さんが考える、アクティブシニアの活用のためのポイントは次の五つです。

  1. 地域に密着して人材を確保
  2. 働いてくれる人に合わせた仕事の組み立てができるようにする
  3. 正職員やパート職員ということで区別せず、105の作業を習得することによるスキルのランクアップで賃金や役職が決まっていくための研修システムを構築
  4. 個々の特技を生かした業務提案を受け入れる
  5. 短時間パート職員は自分たちの負担軽減になっているという正職員のマインドセット

こもれびの郷は、正職員やパート職員のほかに、1日2時間の短時間パート職員を採用しています。短時間パート職員の担い手の多くはアクティブシニア層で、シーツの交換、食事の配膳・下膳、清掃、入居者の見守りなど、いわゆる間接業務と呼ばれる仕事に従事しています。短時間パート職員は現在、28人おり、いまや重要な担い手となっています。

「その人の働き方に合わせて介護の仕事を切り出していくという発想に転換できたのは、駅前にオープンした大型ショッピングモールに30~40代の働き手を取られ、1日8時間勤務してくれる職員を採用することが難しくなったことがきっかけです」

こう話すのは、当時、施設長だった宮林さんです。職員たちと話し合い、短時間でもいいから働いてくれる人を探すことにしました。駅から徒歩5分という施設の立地を生かし、地域で暮らす主婦や元気な高齢者にリーチしていくことを決め、施設から半径1キロ圏内の住宅地に手作りのチラシを配布しました。これで10人の短時間パート職員を採用することができたそうです。

「最初はチラシだけの募集でしたが、地域の人に働く場所として関心を持ってもらうには、施設を可視化することが重要だと考えました。現在では手作りの新聞(A4判両面印刷)を作成し、この地域に定期的に配布しています」

新聞には、施設長の声、イベントの告知、管理栄養士による献立紹介といった記事のほか、求人広告も掲載し、希望に応じてシフトが組めることなど多様な働き方ができることをアピールしています。

介護 特別養護老人ホーム こもれびの郷
こもれびの郷で配布している新聞

分単位で業務を洗い出し、職員と話し合って業務マニュアルを作成

105の作業に業務を切り分けるというと、とても大変な作業と感じてしまうかもしれません。しかし、宮林さんによると、それほど大変ではなかったといいます。

「業務マニュアルを作成する過程において、すでにスタッフがやるべき仕事を105の作業に整理していたので、それをスキル別に分類するだけでよかったのです」

この業務マニュアルを作成したのは15年前のこと。宮林さんが施設長だったときです。人間相手の介護の仕事はマニュアルで対応できるものではないとよくいわれますが、宮林さんはそうではないと言い切ります。

「介護の仕事でやることは大体決まっていて、誰が担当しても同じ対応ができなければ利用者さんが混乱します。介護の仕事の未経験者にとっても、マニュアルがあったほうが業務の内容を理解しやすく安心だと考えたからです」

どのようなプロセスで業務マニュアルを作成していったのでしょうか。

施設長だった宮林さんが中心となり、例えば日中の業務なら職員が朝9時に出勤してから夕方18時に退勤するまでの作業を分単位で書き出し、職員と話し合いながら誰が何をするのかを事細かく切り分けていきました。

「例えば11時30分に利用者さんを食堂に誘導する作業については、職員2人で奥の部屋から順番に車椅子に移っていただいて移動します。その際、廊下で一時待機していただくと車椅子から利用者さんがずり落ちる危険性があるので、必ずテーブルについていただくといったように具体的に記載し、この手順で問題がないかどうかを職員に確認してもらい、修正を加えていきました。こうしたやりとりを約1年にわたって続けました」

業務マニュアルの作成にあたっては、職員が介護の大変な部分も楽しい部分も平等に分担できるよう腐心したといいます。

「それには職員を巻き込み、その意見を反映していくことが不可欠で、業務の見直しと調整にも役立ったと思います」

こうして作り上げた業務マニュアルは現在も定期的に見直しているそうです。

介護 特別養護老人ホーム こもれびの郷

他業種も参考にしながら評価の仕組みと職員研修システムを整備

施設長と職員たちによる業務改善は、切り分けられた105の作業をベースにして、正職員やパート職員といった採用形態での区別なく、利用者に対する質の高いケアを提供するため、職員の獲得スキル(能力)の目標を明確にすることにも役立ちました。宮林さんたちは、獲得スキルの目標を業務習熟度や現場での役割ごとに9つのランクに分類し、このランクを上げていくための職員研修システムも構築しました。

「かつて百貨店業界にいたとき、資格を取るとステップアップできる仕組みがあり、そのアイディアを職員に話したら、ファーストフード業界にいた職員も同じような評価の仕組みがあったと話してくれました。それで有志で『職員育成プロジェクト』を立ち上げ、他業種の取り組みも参考にしながら評価の仕組みと職員研修システムを整えていったのです」

介護 特別養護老人ホーム こもれびの郷

この獲得スキル目標に基づいた職員の評価(ランク付け)は年2回(10月、3月)実施しています。『職員育成プロジェクト』の各メンバーが自分の働くフロアの職員を査定します。このような評価体制にしたのは、日常業務を一緒に行っている職員のほうが一人ひとりの職員のスキルの獲得状況を把握していて、正しい判定がしやすいと考えたからです。査定の結果は本人にも通知し、これを踏まえたうえで来期の目標を個々に設定してもらい、同時に昇給や昇進にも反映していきます。

「個々の努力を目に見える形で評価しているため、職員のやる気を引き出す効果が大いにあります」

また、育成計画にも生かし、1日4時間勤務のパート職員の場合は「ランク3」までの業務ができるようになってもらうため、定期的にスキルを確認し、少しずつ目標を上げながら指導していきます。短時間パート職員の場合は「ランク1」の業務のうち、いずれか1つを受け持ってもらうので、スキルの確認はせず、その業務のエキスパートを目指すように働きかけていきます。

「介護業務に従事するすべての職員は、入職後、短時間パート職員の仕事からスタートし、このランク表に基づいてステップアップしていくので、正職員、パート職員といった身分にかかわらず同様のスキルを持つようになっていきます。そのため、パート職員から正職員に替わることも容易です。特に女性の場合は、結婚や出産、育児によって働き方が変わり、それに伴って希望する職種も違ってきます。このようなニーズにも臨機応変に対応することが可能です。この仕組みは退職者を減らし、高い定着率を実現することにも貢献しています」

東京でも、田園風景が広がるあきるの市にあるこもれびの郷(提供写真)

職員の趣味や特技が生かせる場を設定することで働く意欲を高める

一方、短時間パート職員を含め、職員のモチベーションを高めるための工夫も凝らしています。理事長に自由に意見が言える場(面談)を定期的に設定するとともに、通常の業務以外に自分の趣味や特技を生かしてできるレクリエーション活動などがあれば、日常業務の中に積極的に組み込んでいきます。多才な人が多いアクティブシニアの短時間パート職員でも、プラス・アルファの仕事になっていきます。

「俳句や手芸、楽器の演奏、合唱、お茶会などいろいろなクラブ活動の企画が職員から上がってきており、これが仕事になっていきます。自分の得意なことで利用者と触れ合えるのは職員も楽しいようで、やりがいにつながっています。施設も活性化されて、いいことずくめです」

少子高齢社会で人口減少が続く中、介護の担い手もますます不足することが予想されます。こもれびの郷は、東京都から「働きやすい福祉の職場」第1号に認定されています。少子化や介護福祉士養成校の定員割れなどに伴う介護施設での新卒者の採用難は、こもれびの郷でも同じです。理事長になってからも、そのノウハウを引き継げる人材を後任の施設長に据え、職員参加型の改善活動を続けています。

「夜間の勤務は時給を上げて体力のある若者に担ってもらい、早朝や夕方の勤務は短時間を希望するアクティブシニア層を中心にこまぎれシフトを組んでいく。あらゆる世代の多様な働き方を組み合わせることによって、介護の現場は魅力のある職場に変わっていけるはずです」

この成功のカギを握るのが職場の雰囲気づくりだといいます。

「この象徴ともいえるのが短時間パート職員に対する捉え方です。『あの職員は間接業務しかやらない』ではなく、『短時間でも助けてくれるおかげで、自分たちが本来の介護業務に専念できる』という考え方を正職員が持てるように働きかけていくことがとても重要です」

 

岩井キエさんからのメッセージ

意欲を評価して柔軟に対応してもらえるのは働きやすい

岩井キエさん(いわい・きえ)
77歳。60歳の定年まで病院の栄養士を勤めた上げた後、2006年7月から短時間パート職員として働き始める。子どもは独立し、夫と2人暮らし。
介護 特別養護老人ホーム こもれびの郷
朝の職員の手薄な時間帯をカバーする岩井キエさん(提供写真)

短時間パートの仕事を始めて、もう15年になります。水曜日から土曜日まで週4日、早朝6~9時までの3時間働いています。担当している主な業務は3階フロアの廊下の清掃、朝食のサポート(お茶のセット、配膳・下膳、テーブル拭き・後片付け等)です。入職したころは食事の介助もしていましたが、いまは間接業務が中心です。でも、利用者さんを食堂に誘導することもあり、そのときに会話を少し楽しむこともあります。

この仕事に就いたのは、自宅から職場まで徒歩3分と近く、もともとお年寄りが好きだったからです。定年後に時間ができて「ヘルパー2級(現在の介護職員初任者研修)」の講座を受講していたので、自宅のポストに投函された募集チラシを見て役に立てることがあるかもしれないと思いました。

最初は7時からの勤務でしたが、早く出勤して汚れた場所を掃除していたら、その働きが認められて勤務時間を1時間増やしてもらえました。仕事への意欲をきちんと評価して柔軟に対応してもらえるので、とても働きやすい職場です。

また、理事長の人柄が優しく、定期的な面談からも「私を雇ってよかったな」と感謝してくださっていることが伝わってくるので、それがやりがいにつながっています。「もういらないです」といわれるまで働き続けるつもりです。

岩井さんが考える、介護の現場で働き続けられる理由と条件

  • 定年後も人の役に立ちたい
  • 意欲を評価してもらえる
  • 勤務時間を柔軟に対応してもらえる
  • 自宅から近い 

 

大城昭子さんからのメッセージ

獲得したスキルが可視化されるのは仕事の励みになる

大城昭子さん(おおしろ・あきこ)
62歳。末っ子が小学校に上がったことをきっかけに2000年9月からパート職員として働き始める。車で12分ほどの隣町から通う。3人の子どもは独立し、夫と2人暮らし。
食事介助をする職員育成プロジェクトリーダーの大城昭子さん(提供写真)

この施設でいきいきと働いていたママ友の姿を見て「介護の仕事はいいなあ」と思うようになり、スタッフの空きが出たことからパート職員として働くようになりました。1日8時間勤務でしたが、最初は子育てと両立できるように週2~3日から始めました。子どもの成長とともに働き方も変わり、子どもが独立した現在は週4日勤務しています。

獲得スキルの目標が設定された後は、ランク表に基づいてスキルを積み重ね、ステップアップしてきました。人員配置の関係で業務が固定されると自分が思い描くようにキャリアを積めないこともありますが、スキルが可視化されるのは励みになります。「次はこの業務にチャレンジしたい」と自主性が出てきてモチベーションも上がります。私は現在「ランク7」に属し、パート職員では上から2番目です。そのため現在は介護業務を離れ、パート職員の管理を任されています。職員育成プロジェクト責任者でもあります。

短時間パート職員への対応も私の仕事です。求職者を施設内に案内して業務の説明をする際には、「ふだんの生活の中でやっていることが生かせる職場です」とお伝えしています。また入職後の職員には、洗剤や掃除道具など要望のあった物品をすみやかに揃えるなど働きやすい環境を整えるほか、認知症の利用者さんに対する接し方を教えたり、問題行動の多い利用者さんの情報を共有したりするなど短時間パート職員がトラブルに巻き込まれないようにサポートもしています。

日常業務のほか、自分の趣味や特技を生かした利用者のクラブ活動(レクリエーション活動)にも積極的に参加しています。コロナ禍でボランティアさんが施設に来られなくなったので、アニメーション制作にかかわっていた職員と一緒に紙芝居を作っている最中で、完成したら紙芝居クラブで利用者さんに披露したいと思っています。提案すれば、このような活動が楽しめることも、この職場の魅力の一つです。

大城さんが考える、介護の現場で働き続けられる理由と条件

  • 家庭の状況に合わせて働き方を変えられる
  • 獲得したスキルの可視化が励みになる
  • 生活の中でやっている家事が生かせる
  • 自分の趣味や特技が生かせる
  • 自宅から近い

 

社会福祉法人さくらぎ会 特別養護老人ホーム こもれびの郷

1994年4月1日設立(施設長・藤田和弘)。入居者のADLや生活パターン別に4つのユニットを設置し、高齢者の日常生活を支える。特別養護老人ホーム定員85人(要介護度平均3.6~3.7)、ショートステイ定員4人。職員は90人、うち45名が正職員で短時間パート職員は28人。職員の平均年齢は48.75歳(正職員が40.30歳、パート職員が57.38歳)

 

シリーズ「これからのKAIGO~『自分にできる』がきっと見つかる~」の次回のテーマも業務の切り分けです。一般社団法人全国介護事業者連盟理事長の斉藤正行さんが考える、人手不足に悩む介護サービス事業者の改善ポイントを紹介します。

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