認知症と生きるには

ウキウキできたら幸せ!未来を支える今の輝き 認知症と生きるには14

大阪で、もの忘れクリニックを営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。今回は「認知症にならないためにはどうしたらいいですか」という患者さんへの質問に、松本先生が答えます。

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。朝日新聞の医療サイト「アピタル」の人気連載を、なかまぁるでもご紹介します。「先生、どうすれば私は認知症にならずにすみますか」。クリニックを訪れる人からよく聞かれる質問に、松本先生はどう答えているのでしょうか。(前回はこちら

前回、糖尿病を持病としている若年性認知症の若宮さん(仮名)のことにふれましたが、私はこの25年間の臨床を通して、アルツハイマー型をはじめ認知症は全般的に予防や悪化防止ができる、という確信を持っています。

昨今、誰もが認知症を予防したいと願い、「どうすれば私は認知症にならずにすみますか」と聞かれることが多く、世間の関心の高さに驚かされます。ひとりひとりに対して「これさえすれば認知症にはならない」と保証してあげるよりも、日ごろから次のようなことに気を付けて生活していけば、その地域の認知症予防や症状が進むのを遅らせることにつながると感じています。

(1)食生活に気を付けましょう

脳血管性の認知症は、脳の血管が詰まったり、脳出血で脳を圧迫したりすることで起こります。高血圧や糖尿病などの生活習慣病やたばこなど、ふだんの食事や生活で血液が詰まりやすくなるようなことは避けましょう。水分制限されていない限り、食事や飲み物から水分を取ってください。血糖をコントロールし、血圧の乱高下などにつながる塩分を控えることが大切です。

(2)運動が大切

歩くことや少し汗をかく程度の「有酸素運動」を行うことでよい血液循環をたもちましょう。動かずにじっとしていると、血栓(血の塊)ができやすくなるので、そのような生活をしないことが大切です。私は、来院する患者さんには整形外科的な制約がない限り、炎天下や厳冬を避けて「1日に15分ほど」歩いてもらうようにしています。

(3)人との接触を保つこと

誰もが趣味を持てるわけではありませんので、「趣味を持ちなさい」とは言いません。でも何もすることがなく、誰とも接触することがない生活を続けることは脳や精神状態の活発さを失う原因になります。趣味を通じて仲間とコミュニケーションをとることは脳の刺激にもなります。「みんなと話す機会をもってください」とアドバイスしています。

(4)自分の役割や「生きている意味」を持てるなら最高!

この(4)についてはさまざまな意見があることでしょう。「認知症の人に役割を持てなんて無理なことを言うな」といわれるかもしれません。

でもね、もう15年前になるでしょうか、かつて私のクリニックには「老人デイケア(診療所などがおこなうデイサービスのような通所リハビリで、医療面に力を入れたもの)」がありました。そこに参加していた認知症の山本和子さん(仮名)は、アルツハイマー型認知症でした。長谷川式検査という認知症検査で30点満点の15点ほどで、かなり症状が進んでいましたが、それでも独居生活を続けていました。

そんなある日、山本さんの様子がいつもと違いました。とても活発で何だか「ウキウキ」しています。私たちは彼女に聞きました。「山本さん、今日はなんだか楽しそうですね。何かあったんですか」

彼女は嬉しそうに「息子が帰って来て、これから一緒に住む」と教えてくれました。「息子の家族に悪いから無理しなくていい、と言ったのに、この先ずっと一緒にいるんですって」とも言いました。さらに「私、今日のデイケアが終わったら、息子の晩御飯を作りに帰ります」とのこと。

私たちはびっくりしました。当時、まだ介護保険ができて間もないころです。独居はしていましたが、ホームヘルパーが関わらなければ、彼女は一人で調理はできなくなっていたからです。不思議に思って息子さんに来ていただき、事情を聞いたところ、しばらく黙っていた息子さんが私に告げました。

「先生、うちの母が言っていることは、ちょっと違います。私が実家に戻って来たのは事実です。妻と離婚することになって、実家に戻りました。一緒に暮らすようになって、母の認知症がここまで進んだのかと、正直焦りました。しかし……母は私が戻ってきたことをこころから喜んでくれたようです」

「晩御飯を私に作ってくれる、ですって?」

「あはは、母は作っているつもりなんでしょうね。いつもデイケアから帰ってくると、近くのスーパーに歩いて買い物にいきます。徒歩1分の所に。そして、毎日、ほんとうに毎日、納豆のパックを2つ買って帰ってきます。母は関東の生まれでね、納豆が好きなんです。それを大切そうに食卓に並べて、ご飯ができたよ、って嬉しそうに言うんですよ」

「私は結婚してから何かと理由をつけて母がいる実家から足が遠のいていました。でも、こうして実家に戻って、むしろホッとしました。毎日納豆のパックが並んでいて、毎日食べ終わると母はにっこりとしています。そんな姿を見ながら、私は今の自分が母と幸せを分かちあっているんだなあ、と実感します」

夕食の「準備」をするようになったからといって山本さんの認知症が改善したわけではありません。その後、二人は何年か一緒に暮らしましたが、やがて、在宅でのケアもできなくなって施設に入所することにもなりました。しかし、息子さんと一緒に過ごしたことで、デイケアでの彼女はずいぶん活発になったことも確かです。そのことに大きな意味を見出すか、それとも効果などなかったととらえるか、それは人によって異なるかもしれません。でも、私は山本さんと息子さんにとってこの時間は、彼女が生きる証を見出した大切な時間だと思います。あの時の彼女の生き生きとした目の輝き、息子さんの希望の発言を忘れることはないでしょう。

※このコラムは2017年10月19日にアピタルに初出掲載されました。

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