進路を決めた実習先での出来事 胸に刻まれた言葉【認知症エッセイ】
写真/上溝恭香
なかまぁるでは、認知症フレンドリーな取り組みが社会に広がることを願い、今年も「なかまぁるShort Film Contest 2020」を開催しました。今回は新しい試みとして、ショートストーリー部門「SOMPO認知症エッセイコンテスト」を新設しました。認知症の介護のエピソードや親子の絆、感謝の気持ちなど、1329本の応募作品が寄せられました。その中から、編集部イチオシの12作品をお届けします。また、作品は原文の通り掲載しています。
■『人と関わるということ』安藤静香
「認知症の人でなくても人と関わるのは難しい」
これは、私が大学時代に老人デイサービスでの実習中に指導者から言われた言葉だ。
当時の私は認知症について、大学で一通りの勉強はしていた。しかし、実際に認知症の人と関わるのははじめてだった。突然大きな声をあげる人、何度も同じことを言う人、部屋から勝手にでていってしまう人。その異様な光景に萎縮し、自分からなかなかコミュニケーションを取ることができなかった。
数日経ったある日、指導者に、
「今日の実習はどうだった?」
と、尋ねられた。
「認知症の人と関わるのは、はじめてなのでどうしたらいいかわかりません。難しいですね」
と答えた私に、指導者は、
「認知症の人じゃなくても、人と関わるのって難しいよね」
とだけ、言った。
私は、はじめどうゆう意味なのかわからなかった。指導者はどうしてあのように言ったのだろうか。家に帰り、指導者の言葉を考えている内に、ふと気がついた。自分が認知症の人を特別扱いしていたことに。知らないうちに、私は認知症の人を自分達とは違う存在であると思ってしまっていた。その事に気がついたときに、私は自分がとても恥ずかしくなった。言葉や意味だけ知って認知症のことをわかったつもりになっていたが、実際には何もわかっていなかった。
そこから、私は一人の人間として認知症の人ともっと関わりたい、認知症の人のことをもっと知りたいと強く思うようになった。そこからの実習はとても有意義なものとなった。
改めて認知症の人とかかわってみると、彼らは決して何もわからない人ではなかった。私が異様だと思っていた行動には確かな意味があった。大きな声をあげるのは、嫌なことがあったから。何度も同じことを聞くのは不安だから。部屋から勝手に出ていくのは、ここにいたくないから。すべての行動に意味があると気がつくと、認知症の人たちの行動は問題行動ではなく、当たり前の行動に見えてくる。一ヶ月の実習を通して、私は認知症の人と関わることが好きになっていた。
それから私は卒業後、実習先に就職した。わたしの心の中には、いつもあのときの「認知症の人でなくても人と関わるのは難しい」という言葉が胸に刻まれている。
これからも一人の人間として、対等な立場で認知症の人と関わっていきたいと思う。
■編集部から
突然大きな声をあげ、何度も同じことを繰り返し、勝手に部屋を出て行ってしまう――。
認知症の人と初めて出会った時、思わず萎縮してしまった「私」は、認知症の人と接したことがない人と同じ目線に立っています。
そんな「私」は、あることをきっかけに、認知症に対する見方が変化していきます。
その原体験を追うことで、読み手もいっしょに成長できる感覚を味わうことできます。
「人と関わること」の普遍性について、考えさせられる作品です。
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