介護の裏ワザ、これってどうよ?

うな重ならぬ重 病人からの仕打ちに舌打ち これって介護の裏技?

青山ゆずこです! 祖父母が認知症になり、ヤングケアラーとして7年間介護しました。壮絶な日々も独学の“ゆずこ流介護”で乗り切ったけれど、今思えばあれでよかったのか……? 専門家に解説してもらいました。

「あ・・・ありがとうございまじだ。ありがとう、ありがとう、ありがどう、ございまじだ!!」ぐすっ、ずずっ

食いしん坊なじーちゃんの最期

突き抜けるような空の青さと、夏の足音を感じるような草木の香りが漂う5月。じーちゃんは天国へと旅立ちました。毎日のようにばーちゃんに「お見舞いに連れて行っておくれ」とせがまれていたこともあり、今までで一番近くで濃い時間を過ごせたような気がします。
病状が悪化していき、重湯しか食べられない状態になったとき。「ちょっとそれ、くれてみろ」と、ゆずこのカレーせんべいをボリボリ盗み食いするじーちゃん。
どうしても「うなぎが食べたい」と言われ、担当の先生に直談判して“家族の責任ならば”と許可をもらったうな重を嬉しそうに頬張ったじーちゃん。
でもすぐに「もう俺はあんまり食えねえから、ゆずこ食ってくれよ」と弱々しく微笑みながら手渡してきて……残っていたのは“白米のみ”。あわや舌打ちをしかけたけれど、いたずらっ子のように笑うその姿を見ていたくて、むぎゅ、むぎゅと一所懸命に白米を飲み込んだっけ。

じーちゃんはとにかく病院の食事が苦手で、青山家や叔母一家が全員でお見舞いに行った時、みんなに見つめられてやっとゆっくり箸を進めたね。ゆずこ父が「こうすれば食べやすくなるだろう」と、冷ややっこにお味噌汁をかけたら「まずい!」と一言。でも食べなきゃ元気にならないよと説得され、嫌々ながらなんとか食べ切ったね。
後でゆずこがちょっと味見をして初めて分かったのだけど、あの冷ややっこ、豆腐じゃなくプリンだったね。そりゃあまずいよ。ごめんね……。

でも、あれはないんじゃないの。手術後に呼吸をするのもやっとの状態だった時、じーちゃの枕元でゆずこと叔父が「ナマズは美味しいのかどうか」論争を繰り広げていたら、否定派(食べたことがなかった)のゆずこに対して、突然「……うまいよ」って。
なんでそれが最期の言葉なの。まあ自由奔放なじーちゃんらしいけど。

そして、危篤状態になった日の朝。病院からの電話を受けて「ああ、来るべき時が来たんだな」と、わたしはなぜか妙に落ち着いていて……。病室に辿り着いてじーちゃんの顔を覗き込んだ瞬間、それを待っていたかのように「ピッ、ピッ、ピッ、ピーーー」って、鼓動が止まったね。本当にドラマでしか見たことがないような演出。最期の最後に、なに粋なことやってくれてんの、もう……。

そんなこんなで、じーちゃんとのやりとりを思い浮かべながら、わたしたち家族はそれぞれ悲しみに必死に向き合いました。そして一番心配だったのは、やっぱりばーちゃんです。長年連れ添った伴侶の死は、心身ともに相当なダメージとなっているはずです。

「ありがどう、ありがどう、ありがどう……!」

お通夜に告別式、粛々と葬儀を進めていきますが、感情的になったばーちゃんはいつ暴走してもおかしくありません。実際に斎場の下見をした際も、突然「あの人(じーちゃん)はまた私をおいて出て行った!」「私は一人ぼっちだ!」と声を張り上げたことも……。しかも、ばーちゃんは告別式の最後に、来ていただい方々へ挨拶をするという大仕事がありました。
静まり返った会場で、大勢の人の前に立つばーちゃん。もしも暴れてしまったら、ばーちゃんをなだめるのが上手な叔母が隣に寄り添い、母は来ていただいた人に向けてアナウンス(説明と謝罪)をする。そして体格がよくて踏ん張りが効くゆずこは、ばーちゃんが暴走してしまった際には盾になって止めるというシミュレーションを、(マジで)事前に練習しました。

でも実際に挨拶が始まると、ばーちゃんはただ一言だけをずっと呟き続けたのでした。
「ありがとう、ありがとう……ございばす。ありがどう、ありがどう、ありがどう……!」
言えたのは「ありがとう」の一言だけだったけれど、どんどんコントロールできなくなる自分の感情と記憶を必死にかき集めて、耐えて耐えて、偽りのないむき出しの気持ちをぶつけたばーちゃん。
健気ながらも芯の強さを見せつけられて、ばーちゃんの今の状態を知っているわたしたち家族や親せきの大半は涙をこらえきれませんでした。
あらかじめ事情を伝えておいた司会進行の女性も、うつむきながら涙ぐんでいるのが見えて、つられて余計にホロリ……。みんながつられて、それにつられてまた泣くというエンドレス状態に陥っていました。
そして大役を終えたばーちゃんは、その場は騒ぐことなく終始落ち着いていたのですが、頑張りすぎてしまったのか帰宅してからの反動は凄まじく。疲れ切った家族の荷物や服を外に放り投げたり、「この家の物は使わないでおくれ」と言って夜は電気すら付けさせてもらえなかったり。
疲労と不安が限界を超えたのか、叔父に殴りかかってしまう場面もありました。気丈にふるまっていても、実は相当こたえていたのでしょう。そしてばーちゃんの症状は、ゆっくりと右肩下がりに悪くなっていったのです。

想像してみた。じーちゃんが幽霊になったら・・・「幽霊ってやつも案外おもしれーぞ」ハイハイそこじゃまー! ばーちゃんが幽霊になったら・・・迫力すごそう「ぎゃああああ」

ポイントは感情の分散と共有

よく「認知症は伴侶の死をきっかけに発症、または悪化する」という話を耳にします。
果たして真相はどうなのか、わたしたちはどう対応するのがいいのか。認知症や介護ストレスを専門とし、東大病院老年病科で物忘れ外来を担当している亀山祐美先生にお話を聞きました。

「大切な人が亡くなる喪失感は、ずっと二人で紡いできた糸が突然プツンと切れてしまうような感覚でしょう。そのストレスによって、認知症のBPSD(徘徊や暴言などの行動症状、幻覚や妄想、抑うつなどの心理症状)を悪化させるケースもあると言われています」

認知症には、不安や孤独などの精神的な要因、病気などの身体的要因、生活の変化の環境的要因などが関係しているといわれています。伴侶の死は精神的要因、環境的要因にあたることから、認知症発症のきっかけやBPSDの悪化につながってしまうのかもしれません。

「でもね、ゆずこさん。それは至って“当たり前の反応”でもあるんですよ。大切な人の死は、健康な方々にも相当のストレスをもたらしますよね。私たちはその悲しみをなんとかコントロールしようとしますが、認知症の方はそれが難しいから“異変”となって目立ってしまうのです。でも、その異常行動だけを『なんとかしよう』と注目するのではなく、悲しみや思い出を家族で共有し合ったり、デイサービスのスタッフさんにお願いしてできる範囲で本人から話を聞いてもらうなど、“感情をためこまずに分散させる”ことを意識する。抑圧せずに、十分に悲しんでから次のステップに進んでください」

表面上の言葉や行動だけに目を向けるのではなく、根っこにある感情を共有できてこそ、本当の問題解決につながるのですね。
余談ですが、その後ばーちゃんに「じーちゃんが幽霊になって会いにきたらどうする?」と聞いたら、「逆に驚かせてやる!」と鼻息荒く意気込んでいました。

でも、ふとした瞬間に「じーちゃんに会いたいね」「(仲良く買い物をしている夫婦を見て)うらやましい」と、小さい声で呟いているのをゆずこは知っています。
強がる人ほど“鎧が頑丈なだけ”で、中身は意外ともろいとか。そんなばーちゃんだからこそ、その弱さも根っこの感情も大切に守りたいと思うのです。

亀山祐美(かめやま・ゆみ)先生
東京大学医学部附属病院・老年病科助教。医学博士。認知症、老年医学、介護うつ、介護ストレスを専門とし、日本老年医学会、日本認知症学会、日本老年精神医学会、日本抗加齢医学会などの専門医を務める。2003年より東大病院老年病科で物忘れ外来を担当。『不安を和らげる 家族の認知症ケアがわかる本』(西当東社)を監修。

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