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介護の裏ワザ、これってどうよ?

「〇〇だからしょうがない」を疑え 私は気付いた これって介護の裏技?

青山ゆずこです! 祖父母が認知症になり、ヤングケアラーとして7年間介護しました。壮絶な日々も独学の“ゆずこ流介護”で乗り切ったけれど、今思えばあれでよかったのか……? 専門家に解説してもらいました!

「今のうちに買いものに行っちゃお!」「そだねー」「・・・」ぽつーん

言うことやることには理由がある。ごちゃまぜ禁止!

うちのばーちゃんは、認知症とともに生きるようになってから感情の起伏がとても激しくなりました。突然怒りっぽくなったり、「ゆずこに○○された」と完全に作り話の悪口を親せき中に広めたり。
25歳で認知症のじーちゃんとばーちゃんの介護を始めた当時、わたしは認知症の知識もほとんどないド素人。昔のばーちゃんの面影はほとんどなく、荒ぶるその姿を見ながら「認知症だからしょうがないよね……」と、よく自分を納得させていました。でも今になって、ふと「“認知症だから”って一体どういうこと?」と思います。
言動の裏にはどんな感情があるのか。
気が荒ぶるのは、失われていく記憶を(作り話で)補っていることや、自分の中の焦りや不安から生まれるものだということを、この連載の中でさまざまな専門家の先生方に教えていただきました。

でも当時のわたしは時々、感情の起伏が激しいばーちゃんに対して「認知症だからこんなことをしてしまうのだろう」と、とてつもなく大ざっぱに理由付けをしていました。それは同時に、原因や理由を“自分で見えなくしてしまう”ことでもあります。理由が分からない(自分で分からなくしている)から、追い込まれる。追い込まれると余計に理由がわからなくなるという負のループ……。

自分の感情、そして伝え方が分からないという怖さ

「もしかしたらばーちゃんは、もっと構ってほしかったのかもしれない」
そう思ったのは、年末に家族で過ごしていたときのことです。じーちゃんばーちゃんを含め、ゆずこ一家やおば家族がばーちゃんの家に集まっていました。ばーちゃんと会話が成立しなくても、普段からなるべく会話に巻き込んだりしていたのですが、大人数の家族が久しぶりに集まると盛り上がってしまい、もの凄いペースで会話が飛び交います。もちろんばーちゃんはそのペースについていけません。自然にちょっと放置状態になってしまいます。そんなとき、ゆずこたちなら「え、なになに、その話面白いの?」「(会話に)混ぜてよ」とグイッと入れますが、ばーちゃんはそうはいきません。

「何か楽しいことしてる」
「わたしも入りたいな」
「でもどうしたらいいか分からない」
「どう伝えていいのか……もう!」
と、暴走してしまう。
感情を伝えることや素直に表現することは、認知症の人にとっては難しいことでもあります。元々は「たまにはもっと私をみて」「一緒に笑いたいだけなのよ?」という儚い思いなのに、会話にどう入ればいいか分からない。
それに、もしかしたら「いつもありがとう」「大好きだよ」という感謝の言葉を伝えたいのかもしれない。でも伝え方が分からない。分からないからこそ、行き場を失ったその感情に焦りやもどかしさが滲んでいき、強い言葉となって誰かを傷つけてしまうのかも知れません。わたしたちもすぐに言葉の裏を読めず、大晦日に荒ぶるばーちゃんをとにかくなだめることで必死でした。

「あんたたちなんかいらない」を訳すと・・・「かまってよぉーもっと輪に入れてよぉ。プンプン」

「認知症の人」なんてこの世には存在しないんだ

愛情が言葉の凶器に変わってしまうというもどかしさとツラさについて、認知症の在宅医療推進や認知症情報の発信に積極的に取り組み、『認知症の人を理解したいと思ったとき読む本 正しい知識とやさしい寄り添い方』(大和出版)の監修を務める、湘南いなほクリニックの院長・内門大丈先生にお話を聞きました。

「ゆずこさんの、相手の気持ちの汲みかたはいいですね。家族に対するさまざまな思いや、自分の感情を上手に表現できないというのは、僕たちの想像を超えてツラいことでしょう。それが形を変えて結果的に誰かの悪口になってしまったり、厳しい言葉になってしまったりすることも往々にして考えられます。伝えたいのに伝えられない、そんな不安と戦いながら、必死にその人なりの方法で気持ちを伝えようとしているのかもしれません。大切なのは“認知症の人”というくくり方ではなく、ひとりの人間として、大切な家族として接してください」

この視点、基本的で重要なことのはずなのに、実際はいつの間にか置き去りにしてしまうことも正直ありました。

今まで大好きだった家族が、認知症になったことで豹変してしまう。でもふとした瞬間に会話や意思の疎通ができたり、昔と変わらない優しい顔も見え隠れする。そのふり幅が激しいからこそ、家族の心もバランスが崩れるくらい振り回されてしまいます。目の前の家族を「認知症の人」ではなく「大切な家族」として見つめ続けるためにも、ただ寄り添うのではなく、自分の心を守れる距離を意識しながら隣を歩きたいと思います。 

内門大丈先生
内門大丈先生
湘南いなほクリニック院長。いなほクリニックグループ共同代表。日本老年精神医学会専門医・指導医。日本認知症学会専門医・指導医。認知症の在宅医療推進や認知症情報の情報発信に積極的に取り組んでいる。『認知症の人を理解したいと思ったとき読む本  正しい知識とやさしい寄り添い方』(大和出版)監修。

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この連載について

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