介護はそこそこテキトーに それがお互いのため これって介護の裏技?
青山ゆずこです! 祖父母がそろって認知症になり、ヤングケアラーとして7年間介護しました。壮絶な日々も独学の“ゆずこ流介護”で乗り切ったけれど、今思えばあれでよかったのか……? 専門家に解説してもらいました!
感情に振り回される家族。すべてうまくやれる、わけがない
愚痴や悩みを聞いたり、気分転換に連れ出したりなど、「ケアする人をケアする大切さ」について、前回、前々回と思い知らされたゆずこ。それ以来、自分のことも率先して守っちゃうようにしてきました。
それまでは――家族だからこそ、じーちゃんばーちゃんにできる限り寄り添ってあげたい。と思っていたけれど、そう簡単にはいきません。にっこり微笑んで「今日は機嫌がいいじゃん♪」と嬉しくなってこちらも寄り添った次の瞬間には、鬼のような形相になってありとあらゆる暴言を浴びせてくることもありました。イメージは、距離を縮めた瞬間、何トンものハンマーをフルスイングされる感覚に近い。その激しい“振り幅”に振り回されて、心も体も意外と簡単にボロボロになってしまいます。悲しいかな、これがきれいごと抜きの現実なのです。
心に忍ばすミニ純次。逃げちゃったっていいじゃない!
大事なのは、物理的にも心理的にも「相手に振り回されない適度な距離感を自分で知っておく」こと。それぞれのケースに合わせて適度に福祉サービスを利用できればベストなのですが、在宅介護で常にべったりと寄り添ってしまい、いつの間にか「自分さえ我慢すればいいんだ」という自己犠牲の精神で接してしまうのは実はすごく怖いことです。
よかれと思ってしていることでも、気付かないうちに“共依存”の関係(誰にも頼れない、介護に没頭してしまい周囲が見えなくなるなど)になり、ひいてはお互いにつぶれてしまうという最悪な事態になってしまう可能性もあるのです。
ゆずこも介護をはじめた当初は「わたしがいなきゃ、この家の介護は回らない」と勝手に思い込んで(自尊心超高め)いたものです。
でもですね。自分がいなかったらいなかったで、物事は意外とすんなり回るんです。それはわたし自身や皆さんの存在を否定しているのではなく、「必要以上に気負いすぎなくても、ぶっちゃけなんとかなる!」ということ。
だから、自分を守るためにはちょっと適当になるくらいでちょうどいいのかもしれません。テキトー発言で有名な高田純次さんならぬ「ミニ純次」を、心の隅に住まわせておく。そんで、潰れる前に「もう無理だよ! 誰か助けてよ!」と言えるくらいでいいんです、きっと。
わたしも心身ともに負担が増え、さらに原稿の締め切りが重なって「そろそろやばいな」と感じたときは、決まって家から自転車で5分くらいの超近距離にあるビジネスホテルに逃げ込んでいました。
出かける前には母やおばに、きりっとした真面目な声で「介護は相手に寄り添う気持ちが大切だよね……じゃ、ビジネスホテルに行ってくるね☆」と電話。
相手に寄り添うのは大事です。でも自分の心に寄り添うことも大事です。多分、純次もそう言っていると思います。知らんけど。
お風呂のスイッチや照明を切られることなく、明るくあったかいお風呂に入れる幸せ。
夜中に部屋を襲撃(ノックの嵐)された場合に備えて、ヘッドフォンをつけっぱなしで寝なくていい幸せ。
自分の好きなタイミングでトイレに行ける幸せ(家だと音でばーちゃんが起きてしまい、それから暴れることが多々あった)。
結局ホテルで缶詰めになって仕事(原稿書き)をしているのですが、和室のその部屋はちょっと旅行気分も味わえるんです。一瞬でもそんな非日常を味わうことで、想像以上に心が元気を取り戻していくのが分かりました。
心の中のミニ純次、マジ大事。
介護は生活の“一部”。生活の“すべて”になってはいけない
東北福祉大学福祉心理学科の教授で日本認知症ケア学会の理事、そして『認知症になるとなぜ「不可解な行動」をとるのか』(河出書房新書)の著者である加藤伸司先生はこう語ります。
「ゆずこさんのようにビジネスホテルに駆け込むのもいいアイデアですね。それは介護の悪循環を断ち切る意味でもすごく良かったと思いますよ。でもできれば追い詰められてからやるのではなく、意識をして定期的にそんな時間が取れるといいですね。在宅介護をされている方にお伝えしたいのは、優しい言葉や体の気遣いを要介護者に対してだけかけるんじゃなく、同じくらい自分にもかけてあげて欲しいんです。
自己犠牲で常に頑張り続けるのではなく、ちゃんと自分のことも休ませて心身ともに守ってあげないといけない。
つかの間の休息でも『私ばかりこんなことをしていいのかしら』と罪悪感にさいなまれてしまう方も多いのですが、それも介護には必要なことです。相手のためを思うのと同じくらい、自分を守るために福祉サービスを利用したっていい。自分が自分らしく、時間や心の平和を取り戻す機会もきちんと確保すること。とくに認知症の方の介護はそれが重要です。そこで罪悪感に悩まされる必要はないのです。
介護はご家族にとって、あくまでも生活の“一部”であって、生活の“すべて”にしてはいけません。どこかで自分が息抜きできる工夫をしつつ、適度な距離感で向き合うことが大切ですね」
やはり、ミニ純次が必要不可欠ということですね。
あ、申し遅れました、アンジェリーナ・ジョリーです。
- 加藤伸司先生
- 東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科教授。認知症介護研究・研修仙台センターセンター長。日本認知症ケア学会副理事長。近著に『認知症になるとなぜ「不可解な行動」をとるのか』(河出書房新社)、『認知症の人を知る―認知症の人はなにを思い、どのような行動を取るのか』(ワールドプランニング)など