法人化で認知症の人にもメリット「注文をまちがえる料理店」代表の話3
取材/熊谷わこ 撮影/上溝恭香 企画/秋山晴康
多くの支援でできたものを、しっかり守り、生かすために法人格を取得した「注文をまちがえる料理店」。和田行男さんは全国に普及することを願いつつ、「『この町をこういうふうにしていこうといったビジョンもないまま、ブランドとして売れたものを使ってやるようなことはやめてください』とお願いをしています」と話します。和田さんのインタビュー最終回です。
※前回のお話(第2話)はこちら
※第1話から読む
たくさんの支援でできたものを守り、生かすために法人格を取得
――初めて「注文をまちがえる料理店」を開催した2017年6月当時の実行委員会は任意団体でしたが、2018年に法人格を取得し、一般社団法人「注文をまちがえる料理店」になりました。その狙いは?
実行委員会のときにクラウドファンディングでご支援いただいた資金を元に、六本木で「注文をまちがえる料理店」を開催し、ロゴも作成することができました。たくさんの方々の支援があってできたものだから、しっかり守り、生かしていかなければなりません。ロゴを一つ商標登録するだけでも数十万円かかりますからね。そのために法人を作りました。
――法人化したことで何が変わりましたか
まず商標登録の申請ができました。認知症の方と雇用契約を結んで、お給料としてお金を渡せるようになったことも大きいですね。1回目と2回目のときは任意団体で雇用契約が結べなかったので、謝礼金という形で東京都の最低賃金(時給)相当額を支払いましたが、法人化した後に開催された第3回は雇用契約を結んで、時給1000円を支払っています。また、法人化によって明確な拠点ができたので、「自分の住む地域でも同様の取り組みをやってみたい」「働いてみたい」「取材したい」といったさまざまな問い合わせに即座に対応できるようになりました。問い合わせは外国からも来ますからね。寄付も集めやすくなるなど、これまでできなかったいろいろなことができるようになっています。
――反響は大きく、利用してみたいという人はたくさんいます。これまでは期間限定で実施してきましたが、常設にはしないのですか
今のイベントペースであれば続けていけると思いますが、うちの法人に常設できるほどの力はありません。お金の問題もありますし、サポーターも施設の介護職員などがボランティアでやってくれているので、常設となると難しいでしょうね。
注文をまちがえたって怒らないくらいの社会をつくろう
――今後はどのように展開していかれますか
今後、定期的に開催するとか、何がなんでもこれをやろうといったことは考えていません。ただせっかく2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されるので、それに合わせて日本の社会における認知症の方への支援のありようの一つを世界中の人に見ていただきたいなという思いはあります。
――さまざまな地域で、地域の人や企業などによって「注文をまちがえる料理店」と同様の取り組みが開催されるようになりました
「注文をまちがえる料理店」に共感する人たちが増えて、その人たちが自分の地元で同様の取り組みを始めています。たとえばハプニングラーメン(福島県須賀川市)とか世界一やさしいレストラン(岡山県倉敷市、愛知県豊田市)とか。僕らは、基本的に守ってほしいことを伝えながらも、皆さんのアイデンティティでその町に合った取り組みをしていただくよう勧めています。僕らはその人たちにできないことをやりたいと考えています。例えば厚生労働省で開催するといったことは、たぶん僕らにしかできないでしょうからね。
――「やりたい」と思っている自治体や企業、団体などから問い合わせも多いそうですね。和田さんから「注文」はありますか
僕らが「地域にはいろいろな人たちがいてその人たちみんなが手をつないで、注文をまちがえたって怒らないくらいの社会をつくろう」という思いで始めたこと。言ってみれば社会づくりなので、一つの企業の中で集客や宣伝のためにやってほしくないんですよね。たとえばデイサービスでそれに近いことをやって、自分のところのデイサービスの利用者しか使えないようなものにはしてほしくありません。だから問い合わせしてきてくださる方には「この町をこういうふうにしていこうといったビジョンもないまま、売れたブランドを使ってやるようなことはやめてください」とお願いをしています。
――認知症に対する社会の受け止め方はだいぶ変わってきていますね
僕は40年くらい障害や認知症に関わる仕事や活動をしてきましたが、ずいぶん変わりました。認知症の方を「人とも思わないような扱い」をしてきた時代から、「なんぼか人だよね」という時代に変わり、今や本人たちもいろいろなことを話すようになってきています。同時に、認知症の方を受け入れる社会の仕組みも少しずつ整ってきて、どこに住んでどう生活するか、選択肢が広がってきていますよね。そういう意味では、働きたいと思う人たちに対して、「注文をまちがえる料理店」という今までにはなかった選択肢を用意することができたと考えています。あるテレビ番組が「注文をまちがえる料理店」を取り上げてくださって僕も出演させていただいたとき、その場に何人かいらした認知症の方の中には「俺はああいうところで働きたくない」とおっしゃった方もいましたし、「ええかもしれんな」という方もいらっしゃいました。それでいい、それが社会。どんなことにも好き嫌いがあっていいはずなのに、その選択肢さえなかったら好きも嫌いもないじゃないですか。僕たちは新しいことをやろうとか、新しい社会を目指しているわけではなく、今ある社会の中で生きていけるようにしていく、つまり今まであまりにも遅れていてできなかったことをこれからはできるようにしているだけなんです。
認知症の当事者とは、その状態で影響を受けるすべての人たち
――認知症に関わる活動を行う中で、大事なことは?
当事者意識をもって取り組むことかな。こんなことを言ったら誤解されるかもしれませんが、認知症の当事者は認知症の本人だけじゃない。病気の当事者は本人だけれども、認知症は病気によっておこる状態なので、その状態で影響を受ける人すべてが当事者なんです。家族や介護の仕事に携わっている人はもちろん、もっと広く言えばそのために税金を払っている国民も当事者。「『注文をまちがえる料理店』の企画に認知症の人が関わっていないじゃないか」と批判されることがよくありますが、僕は「自分は当事者」という意識で運営に携わっています。もちろん僕みたいな捉え方をする人がいる一方で、「当事者はあくまでも本人」と捉える人もいます。でもね、みんなが当事者意識を持たないと、ひとごとになっちゃいますから。
――市民の意識はどうでしょうか
僕はだいぶ変わったと思う。たとえば介護保険制度が始まった2000年頃は認知症のグループホームを作るときに、「建設反対」の横断幕が掲げられて反対運動が起きました。「大枠OK。でも俺の家の隣に作るな」みたいなね。そういうことは聞かなくなってきました。認知症の方を閉じ込めていたら、どのような状態なのかわからないから、「認知症になんかなりたくないな」と怖がられ、距離を置かれていく。でも認知症の方と接する場面が増えれば、「こんなふうに暮らしていけるんなら、俺は認知症になってもいいなと思ったよ」って変わっていけるわけですよ。みんなが年を取ってきて、痴呆から認知症という言葉に変わり、認知症に関わるニュースが頻繁に取り上げられるようになって、自分の身近にも認知症の人が増えて、身近に受け止められるようになった。自分も当事者だと実感できるようになってきているのではないでしょうか。
■インタビュー(1) 世を席巻「注文をまちがえる料理店」は認知症の何を変えたか 代表に聞く1
■インタビュー(2) 認知症の人が店員 細部のこだわりは「注文をまちがえる料理店」代表の話2
- プロフィール
- 和田行男(わだ・ゆきお)
一般社団法人「注文をまちがえる料理店」代表理事
認知症ケアの第一人者。高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理担当から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち97年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。株式会社大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・認知症デイサービス・ショートステイ・特定施設・小規模多機能型居宅介護を統括。2016年から「注文をまちがえる料理店」の企画・運営に参加し、2018年の法人化とともに代表理事に就任した。『大逆転の痴呆ケア』『認知症開花支援』他、著書多数。