本人の意思を無視して義姉が施設入所手続き…専門家がアドバイスします
構成/中寺暁子
介護事業に携わる井上信太郎さんが、介護経験を生かして、認知症の様々な悩みに答えます。
Q.兄夫婦と同居している母(78歳)が認知症と診断され、義姉が施設への入所の手続きを進めています。母はまだ自分でできることも多いですし、長年住んでいる家なので近所づきあいもあり「家にいたい」と話しています。しばらくは在宅で介護してほしいのですが、私自身は同居できる状況ではないのであまり口出しできません。母がふびんでなりません。
A.「母がふびん」というのは、少しずるい言い方ですね。この件を義理のお姉さんから聞くと、全く違う話になるのだろうなと思います。ご家族の間で、情報の共有がなされていない印象を受けるからです。まず、義理のお姉さんはなぜ施設に入所したほうがいいと思っているのでしょうか。これまでのお母さんとの同居生活の中で、お姉さんはどのような苦労をしてきて、お母さんのことをどのように思っているのでしょうか。「母はまだ自分でできることも多い」というのは、一緒に暮らしていない相談者の見立てですが、同居しているお姉さんはそのようには感じていないかもしれません。
相談者はまず、お姉さんの思いを知るための努力をしなければならないと思います。「困っていませんか」「いつもありがとうございます」「私にできることはありませんか」。こうした日頃のコミュニケーションを通じて、相手の思いや状況を知ることができるのではないでしょうか。同時にこちらの思いも伝えることができます。
口出しできないとのことですが、家族として自分の気持ちや意見を伝えることは大事です。たとえ遠方に住んでいて、介護のサポートがまったくできない状況でも、母を思う気持ちや母にどう過ごしてほしいのかということは伝えておくべきだと思います。それが遠くに住んでいる家族が唯一できることと言ってもいいかもしれません。遠方の家族の意見や思いが、実際に介護している人の介護への価値観を変える可能性もあるのです。
近くに住んでいるのであれば、家に手伝いに行ったり、お母さんを外に連れ出したり、サポートできることはたくさんあると思います。「在宅で介護してほしい」という要望を伝えるのではなく、「私も介護に参加させてほしい」という言い方をすれば、お姉さんが抱く印象も全然違うでしょうね。
お母さんは娘である相談者には「家にいたい」と話していますが、義理のお姉さんには違うことを言っているかもしれません。軽度の認知症の人は、相手に話を合わせるところがあります。娘から「お母さん、ご近所さんとも仲良くしているんだし、家にいたいでしょ」と言われれば「家にいたい」と答えるかもしれませんし、嫁には「迷惑をかけるから施設に行きたい」と話しているかもしれません。家族って長く一緒にいるからこそ、相手が求めるように答えてしまうところがあると思うんです。でも施設に入るか、在宅を続けるかは重要な決断ですから、お母さんの意思を尊重したほうがいいと思います。近しい人が確認するよりも、第三者であるケアマネジャーなどの専門職から確認してもらったほうが、本心を聞き出せるかもしれませんね。
こうした家族間の意見の食い違いを調整していくことは、私たち事業所の大事な仕事の一つでもあります。双方からの話を聞いたうえで、コミュニケーション不足を感じたら、直接話し合う機会を設けるようにしています。第三者が入る公の話し合いの場では、お互いに感情をむき出しにすることはなく、言葉を整えてから相手に届けようとしますよね。言葉を整えることで、認知症当事者の気持ちをどう尊重していくのかという最も重要なことからぶれずに、話し合うことができるものです。
相談者も、ケアマネジャーなど第三者を交えて直接お兄さんご夫婦と話をする機会をもつのもいいかもしれません。
【まとめ】家族で意見が食い違うときには?
- 情報を共有し、相手の思いを知るための努力をする
- 自分の思いや意見を伝える
- 第三者を交えて直接話をする機会を設ける
- 認知症当事者の思いを尊重する