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「カメ止め」女優の熱演で話題。認知症の女性の愛を描いたMVの監督はどんな人?

愛のカタチ MV(Reissue ver.)

歌手・海蔵亮太さんが歌う「愛のカタチ」という歌をご存じでしょうか。シンガーソングライターの中村つよしさんが、自らの祖母の思い出を基に、認知症の女性とその家族の愛をテーマに書いたバラードなのですが、このたび海蔵さんがカバーして大ヒット。有線のリクエストでも上位に入り、改めて静かな感動を呼んでいます。そしてさらに話題になっているのが、女優のどんぐりさんが主人公を演じるこの曲のMV(ミュージックビデオ)。笑いあり、涙あり、夢物語のようでいてしっかり現実味も感じられて──。そんな印象に強く残る作品の監督を務めた気鋭の映像ディレクター・加藤マニさんに、改めて作品への思いをじっくり伺いました。

加藤マニさん
加藤マニさん

桜が舞うなか、優しいメロディに包まれ、セーラー服姿のどんぐりさんが現れる。どんぐりさんは、映画『カメラを止めるな!』で圧倒的な存在感を放った、“遅咲きの女優”だ。
これはいったい何の話なのだろう――。海蔵亮太さんの「愛のカタチ」のMVを見始めると、瞬間的にそんな疑問が頭をよぎる。どんぐりさんはこれ以上にないくらいの笑顔で、気づくと女子中学生たちと言葉を交わしていて。少しずつ「ああ、これは夢のなかの話なんだ」と確信に変わっていく。
「愛のカタチ」は、認知症当事者の女性と忘れることのない夫との記憶を歌った曲だ。

「愛のカタチ」のMV
「愛のカタチ」MV から。Director:加藤マニ Cinematographer:佐々木尚 Lighting Director:加藤雄大 Producer:上山宣樹(OKNACK)、水野那央貴(OKNACK)

MVを手掛けたのは、映像ディレクターの加藤マニさん。これまで、キュウソネコカミなどロックを中心にMVを手掛け、今年だけで30本もの作品を世に生み出している。
「ちょっと変化球を投げられる感じにしたい」
発売元である日本クラウンの担当者のそんな考えから、加藤さんに白羽の矢が立ったという。とはいえ、初めて歌詞を目にしたとき、加藤さんは少しだけ戸惑った。歌詞には「幾年老いて」「病が徒に食らえども」といった言葉が並べられているからだ。
「率直に言うと、『重たくて、ちょっとしんどいな』って。いわゆる“泣ける歌”は苦手ということもあり、ヘビーだな、と思ったんですね。でも、メロディもいいし、気づくと口ずさんでいた。何回か聞いているうちに、最終的には好きになっていったんです」

「重たさの押しつけ」も「介護、最高!」もやらない

この曲をどう映像にしていくべきか。加藤さんが大切にしていたことが二つある。
「一つは、重たく、『とにかく悲しいんです』という押しつけにはしない、ということ。もう一つ気をつけたかったのは『介護って最高、楽しい!』という風にもしない、ということです。それなりにしんどいけれど、タッチとしては軽快にしたいと思っていました。それからどこかで面白い、と思えるところを入れないと、自分が頼まれた意味がないな、という気はしていて」
軽さや面白さといったものをどこに入れるべきか。考えた末、加藤さんは冒頭にそれらすべてを詰め込むことにした。そこには、「観る人をちょっとびっくりさせたい」という気持ちもあったという。おばあちゃんの夢のなかから始まり、次第にベッドに横になる現在の姿、そして介護をする家族の姿が映し出される。

加藤マニさん

介護を楽なものだとは思わせたくない。そこにこだわったのは、認知症と診断されないまでも、忘れっぽくなっていった自身の祖父母の姿を見ていたからだ。7年前、母方の祖母が亡くなった。祖母は実家の隣町に暮らし、頻繁に会っていたからこそ、晩年は介護が決して楽ではない、ということを身をもって感じていた。
一日のなかで祖母が寝たり、起きたりを繰り返していた姿は、いまも記憶の片隅にあり、それはどんぐりさん演じるおばあちゃん像と自然と結びついていったという。
「どこか赤ちゃんみたいになっているな、と思っていました。半分くらいは、どこか別の場所にいるのではないか、と。だからこそ、映像の冒頭は、本人的には楽しい状態であって欲しいな、という気持ちがありました」

ノリノリで着てくれたセーラー服

夢の中と現実を自在に行き来しながらも不思議と違和感なく、ファンタジックな世界観が生まれた。どんぐりさん演じるおばあちゃんは、浴衣を着て縁日を歩き、ヨーヨー掬いを楽しむ。

「愛のカタチ」のMV
「愛のカタチ」MV から。Director:加藤マニ Cinematographer:佐々木尚 Lighting Director:加藤雄大 Producer:上山宣樹(OKNACK)、水野那央貴(OKNACK)

「分からなくなっていくなかでも、素敵な思い出に囲まれていて欲しいな、と。悪夢のような状態が続くのではなく、そうあって欲しい、という気持ちはあったのかもしれません」
どんぐりさんの表情も秀逸だ。ベッドに寝ているシーンではどこからどう見てもおばあちゃん。制服や浴衣を着ているシーンでは紛れもなく少女の表情になる。
仕事を受けた時点で、どんぐりさん主演で、ということは決まっていた。果たしてセーラー服を着てくれるだろうか。当日まで一抹の不安を抱えていたが、撮影場所に現れたどんぐりさんはノリノリで着てくれた。
「『目が覚めて、(夫が映る)写真立ての方を見て、ちょっと思い出したような顔をしてまた寝て下さい』と伝えたら、それがすごく良かったんです。『カメラを止めるな!』の(早口でまくし立てるテレビプロデューサーの)イメージがあったので、それを思うとより切ない、というか。若い頃はあんなにも元気だったのに、という気持ちに自分もなってしまったので、『この感じでやりましょう』と伝えました」

加藤マニさん

両親の意外な反応に「なるほど」

わずか一日での撮影。短い時間のなかで、どんぐりさんはおばあちゃんになったり、少女になったり。
「私はいまどっちを演じればいいのでしょうか? ということは必ず聞かれていましたね。どんぐりさんには、『制服姿の女の子たちと同じ気持ちで』と伝え、女の子たちにも、『同い年だからね』って伝えていました(笑)」
おばあちゃんを支える家族の表情もいい。実の娘を演じる完田千穂さんが、歩き回ろうとする母を寝かし、ちょっとショックを受け泣いた後に一瞬笑うシーンは加藤さんの演出ではなかった。けれど、現場で見ていて「おぉ、やりますね」と素直に感じたという。

加藤マニさん

「愛のカタチ」のMVを見たという加藤さんのご両親からは、どんぐりさんが折り紙のパフェを口にするシーンにうるっと来た、という言葉が寄せられたとか。
「そこは、クスクス笑えるシーンに、と自分では思っていたので、『そこなんだ』って。なるほど、というか。そこは祖母と被って見えたのかな、とも思いました」
どこまでも和やかで、ゆっくりとした話し振り。
「加藤さんの優しい感じがMVからも滲み出ていますよね」と伝えると、右手で拳をつくって小さく「やった!」。そう言って、笑顔を見せた。

加藤マニ(かとう・まに)
1985年8月14日東京都青梅市生まれ。2008年早稲田大学川口芸術学校卒業。フリーランスとして2012年独立。ミュージックビデオ監督としての活動を始める。2014年冨田ラボ「この世は不思議feat.原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆう」、2015年にキュウソネコカミ「ビビった」で「SPACE SHOWER TV MUSIC VIDEO AWARD」のBEST VIDEOを2年連続で受賞する。2016年マニフィルムス株式会社を設立。年間50本以上のミュージックビデオを制作する。

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