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認知症夫婦だけの家でトイレに異臭 通い介護の対応策は?もめない介護16

薄暗い台所にある蛇口のイメージ
コスガ聡一 撮影

認知症介護にかかわっていると、これまで意識されずに行われてきた“名もなき家事”の多さに驚かされます。認知症になったからといって、いきなりすべてができなくなるわけではありません。でも、以前のようにできなくなることもあります。

全部をほかの誰かが代わりにやってあげてしまうのでも、あからさまに手伝うのでもなく、ご本人の持てる力を発揮できるよう、どうサポートするか。ケアマネジャーさんやヘルパーさん、訪問看護師さんや医師など専門家の力を借りながら、知恵をしぼって対応していくことになります。

離れて暮らす義父母の認知症介護が始まったばかりのころ、「そこは考えてなかった!」と対応に悩んだことのひとつに、「トイレマットの交換」がありました。

当時、義父母は初めての介護認定調査で「要介護1」となり、週2回の訪問看護と訪問介護(ヘルパー)がスタートしたばかり。訪問看護師さんからは早々に「部屋やトイレからアンモニア臭がするので、失禁の可能性があるかもしれません」と連絡がありました。

トイレマットは週に一度は交換するよう、両親に伝えました!?

どう対処すればいいかわからないまま、義姉にそのことを伝えました。義姉は訪問時にさっそくトイレの状況を確認してくれたようで、こんなLINEメッセージをくれました。

「トイレ掃除シートと、使い捨て手袋を買い、トイレに置きました。清掃の際にお使いください。清掃グッズなどで必要なものがありましたら、お知らせください」

頭を抱えたのは次の一文です。

「トイレマットは週に一度は交換するよう、両親に伝えました」

もしかして、義姉は義父母が認知症であることを受け入れられていない……?

この時点で、義姉は義父母(義姉にとっての実の両親)が、認知症と診断されていることは知っていました。もの忘れ外来の受診にも一度は付き添っていて、医師とも話をしている。もの忘れや、ものとられ妄想など周辺症状に関するやりとりもしていました。

かといって、親が認知症であると受け入れているとは限りません。介護が始まったばかりなので、ついうっかり、これまで通り「『週に一度、交換してね』と親に伝えればOK」と思ってしまった可能性もあります。でも、もしかしたら、「うちの親に限って……」と思っているからこその言動かもしれません。困った!

「ありがとうございます。トイレマットの替えはどれぐらいありそうですか。保管場所についてもお手すきのときに教えていただけると助かります。ヘルパーさんに連絡します」

義姉と義父母のやりとりの良し悪しを問うのは避け、トイレマットの場所を確認するLINEメッセージを送りました。義姉からはすぐ返信がありました。現在使用中のもののほかに、トイレマットは2枚あり、そちらはほとんど使われていない様子だということでした。

トイレマットの交換が、義父母にとって日常の習慣になっていないのであれば、ますます伝えただけでは難しそうです。さて、どうするか。

担当ヘルパーさんに相談すると、頼もしい返事が

これといって解決策も思い浮かばないまま、数日が過ぎ、夫の実家に訪問する日を迎えました。この日はちょうどヘルパーさんの訪問時間と重なっていたため、担当のヘルパーさんと話す機会がありました。

「すみません。トイレマットのことでご相談が……」

義姉とのやりとりを担当のヘルパーさんに伝えると、「ご自分たちで交換していただくのは難しいのではないかと思います」と即答。やっぱり! さらにこう質問されました。

「もし汚れていたりしたら、わたしたちヘルパーが交換をお手伝いしますが、お姉さまは週に1回、必ず交換したいと希望されている感じですか?」

どうだろう……。「定期的な交換」というところから、「週1回」という数字が出てきただけで、そこまでこだわっているわけではないのかも。そもそも、義父母自身はトイレマットにさほど執着がなさそう。ただ、義母はプライドも高く、人目を気にするタイプなので、トイレマットを交換していないと繰り返し指摘されたら不愉快に思いそうな気もする。

そんな迷いを思いつくままに伝えると、ヘルパーさんは「わかりました。お任せください」とニッコリ笑った。え、お任せしちゃっていいんですか!?

「では、これからトイレのお掃除をさせていただきますね」

ヘルパーさんは台所にいる義母に声をかけ、トイレの個室のドアを開けた。すると、義母がいそいそとやってきて、「いつもすみませんね」などと言いながら、ヘルパーさんが掃除をする様子をうしろからのぞきこんでいる。

些細なつまずきも、手を打てば日常を取り戻せることも

「やっぱり、プロの方はお上手ねえ」
「ありがとうございます。A子さん(義母の名前)、水色がお好きなんですか?」
「あら、どうしてわかったの!」
「トイレマットが水色だったから。お好きなのかなと思って」
「そうなの! 水色が大好きなの。でも、ほかの色もあるのよ。見る?」

義母はヘルパーさんの返事も待たずに、納戸に直行。うれしそうにトイレマットを抱えて戻ってきました。

「あら、こっちもきれいな色ですね。A子さんは、どれがいちばんお好きですか」
「そうねえ。迷うわね。いまの季節なら、ピンク色も悪くないわね」
「A子さんがせっかく出してきてくださったので、ピンク色のマットも使ってみましょうか。今日はお天気もいいので、水色のほうはお洗濯しちゃいましょう」
「ありがたいわ。そろそろ交換しなくちゃいけないと思ってたの!」

ヘルパーさんの機転の利いたアプローチのおかげで、トイレマットの交換はスムーズに完了。義母はすこぶる上機嫌で、「(ヘルパーさんが)今日来てくださってよかったわ」と繰り返していました。わたしも同感です! 

些細なことでつまずき、途方に暮れることも少なくない認知症介護ですが、一つひとつ手を打っていけば、日常を取り戻せることもたくさんある。日々の暮らしの中で、繰り返しそう実感しています。

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