Twitterで「いいね」5万7千超。「認知症の人」目線のマンガにリプ殺到
取材/上田恵子
認知症の人たちには、世の中がどう見えているのだろう――。介護する立場からではなく、認知症本人の側を主人公にしたマンガがツイッターで話題を呼んでいます。作者はこの道20年のマンガ家・吉田美紀子さん。実は、吉田さんはマンガ家として仕事をするかたわら、40代に入ってから介護の仕事を始めたという異色のキャリアの持ち主。まったく畑違いの世界に戸惑いながらも挑戦していく経緯をコミックエッセイに綴り、注目されています。なぜ認知症の人の気持ちを描くのか、介護の世界に飛び込んだのか、今の思いを聞きました。
ものすごい運命の皮肉を感じています
――今や介護の現場に詳しいマンガ家として注目されている吉田さん。『40代女性マンガ家が訪問介護ヘルパーになったら』を出すまでには、どのような経緯があったのでしょう?
吉田: もともとは友達がコミケ(同人誌即売会)に自作の同人誌を出していて、「吉田さんも何か描かない?」と声をかけられたんです。「自分の介護体験を元にしたエッセイマンガなら描けるかなあ」と描いて販売してみたら、意外にも10部ぐらい売れたんですね。
で、「結構売れるもんだ」と思いつつ、余った3部を、お世話になっている編集者さんに送ったんです。そうしたら「これ、本にしませんか?」と連絡が来て。もう「ええーっ!?」ですよ(笑)。同人誌だけではページ数が足りなかったので、単行本のために不足分を描き下ろしました。
――すごいですね! 2冊目はどういう流れだったんですか?
吉田: 1冊目が出た後、おそるおそる「まだ続きがあるんですけど……」と編集部に電話したら、「じゃあ連載しますか?」と。それをまとめたのが2冊目の『中年マンガ家ですが介護ヘルパー続けてます』です。
なので今の状況については、ものすごい運命の皮肉を感じています。マンガの仕事がなくなると思って介護職に就いたのに、逆に依頼が増えたんですから(笑)。現在も介護ヘルパーを続けながらマンガを描いていますが、明らかにマンガの仕事の比重の方が高くなってきています。人生、本当にどうなるかわからないですよね。
認知症患者の視点で描いたマンガが話題に
――また最近では、ツイッターに掲載した認知症患者目線の4コママンガも話題を呼んでいます。
吉田: おかげさまで、ツイッターで拡散されたことで知名度がちょっと上がり、インターネット新聞から取材を受けたりもしています(笑)。今のところ、認知症患者さんからの視点で描いた作品はこの1本だけですが、編集者さんに「もう少し描きませんか?」と言われたので、先日6ページほどの短い新作を描き上げて送ったところです。
――ネットでの反響はすごかったそうですね。
吉田: そうなんです。介護の現場にいる人からは「施設で働いていますが、こういう視点を忘れていました」というコメントをいただきました。多かったのは「うちのおじいちゃん、おばあちゃんに冷たくして後悔しています」といった感じの「身内が認知症でした(です)」というリプライ。私は介護職の人に向けて描いたつもりだったのでビックリしましたね。一般の人は、認知症のマンガなんて気に留めないんじゃないかと思っていたので。
世の介護情報には何かが足りない
――なぜ本人視点の漫画を描こうと思われたのでしょう?
吉田: 普段、介護に関するテレビ番組を観たり雑誌を読んだりしていると、いまいちピンとこない表現や記事が目につくんです。現場で働いている人間からしてみたら何かが足りない。たぶんそれは私だけじゃなくて、介護の現場で働いてる人は皆、感じていることだと思うんですね。
そこで「何が足りないのかなあ?」と考えた時に、「外側ではなく中に入って見てみたらどうだろう?」とひらめいたんです。本人から見た世界はどんな感じなのか、本人の目に家族はどう映っているのか……。
認知症の人は、普段の言動がおかしく見えても正気に戻る瞬間が必ずあります。正常な時とそうじゃない時を行ったり来たりしている状態って、本人もものすごく辛いと思うんですよ。周囲も大変でしょうけど、本人が一番辛くて、悲しくて、怖い。
――認知症だから何も感じないわけではないということですね。
吉田: そうです。たとえば利用者さんのなかに、ショートステイでやって来る80代のAさんという女性がいます。滞在中はニコニコして非常に穏やかな人なのに、自宅に帰って娘さんと接触をした後は、ものすごく精神状態が不安定になるんです。自宅でどんなことが起きているのかわかりませんが、次に来るときにはめちゃくちゃ荒れているんですよ。かなり傷つく扱いをされているんじゃないかなと想像しているのですが……。
以前、Aさんが施設に戻って来た際、髪がバサバサのザンギリ頭になっていたことがありました。「どうしたんですか?!」と驚いて聞いたら、「家に帰ったら娘ともめて自分で切ちゃった」と言うんです。その時、Aさんにとって自宅はものすごくストレスを感じる場所であり、ご本人も悲しい気持ちになっているんじゃないかなと思ったんです。
――Aさんのようなケースはよくあるんですか?
吉田: 家族といるより他人の中にいる方が落ち着く、という人は結構います。目の前にいる人間が誰かは理解できていなくても、相手のことは認識していますし、言われたことで傷ついた場合、ちゃんと心にしこりが残っていたりする。そういうことを、もう少しまわりの人に知って欲しいなあと思うんです。
――家族だからこそ難しいこともありますね。
吉田: そうですよね。身内だから、愛があるから、何でもできるというわけではないと思います。親子だと、どうしてもキツい口調になりがちですし。子どもの側は「お母さん、以前はこうじゃなかったのに」と情けなく思い、親は前のようにできない自分をもどかしく思い……。それで衝突するなら、家族ではなく他人にあずけたほうがいろいろスムーズにいくような気がします。
現在は特養ホームと障害者の移動支援を
――現在、ヘルパーの仕事ではどんなことをされていますか?
吉田: 今は特養ホームでの仕事と、障害者の移動支援をしています。移動支援は登下校と外出時の付き添いですね。基本的には子供のみなんですが、私は40代の車椅子の方の移動支援と、30代の精神障害のある女性の通院の付き添いなども担当しています。
スケジュールは、特養が週に4日で、移動支援は1日か2日。なのでマンガを描く時間があまりないんです(笑)。そこで特養での仕事は遅番中心にしてもらい、午前中をまるまるマンガを描く時間に充てています。
遅番の勤務時間は13時から22時まで。家に帰ったら夕食は食べずに寝ます。15時に1時間の休憩時間があるので、そこで食べてしまうようにしているんです。
移動支援の仕事は土日が中心で、長くて3時間。車椅子の人には丸一日付きそうこともあります。また、ヘルパーの仕事を何も入れない日も作っていて、その日は1日中マンガを描いています。
――雇用形態はどのようになっているのでしょう?
吉田: 特養での仕事は派遣会社に登録していて、移動支援は直接雇用関係を結んでいます。移動支援は、一緒に初任者研修を受けた人から「人手が足りないんだけどどう?」と誘われて始めました。皆、入ってもすぐにやめてしまうので、現場は常に人手不足みたいです。
介護はクリエイティブな仕事
――吉田さんが介護の仕事をするうえで、心かげていることを教えてください。
吉田: 基本としてヘルパー全員が意識しているのは、「否定をしない」ということですね。相手が興奮して何か言ってきても、否定せずに一旦受け止める。それで気持ちを静めてもらうことが大切なんです。
たとえば、ご自身のサラリーマン時代に意識が戻って「会議に遅れるからタクシーを呼べ!」と騒ぐ男性には、嘘も方便で「さっき呼んだんですけど、渋滞にはまって遅れているみたいですね」と説明して落ち着かせるとか。
「○○さんはアイドルが好きだから、この曲をかけるとご機嫌になるかも」みたいな感じでアイデアを出し合い、うまくいったらそのやり方を続けてみる。想像力とバラエティに富んだ対応力が求められるんです。そういう意味では「介護はクリエイティブな仕事」だと言えるのかもしれません。
続きを読むなぜ、売れっ子マンガ家は介護とダブルワークを始めた?
- よしだ・みきこ
- 山形県生まれ。20代からおもに4コマ誌で活躍。40代に入ってからセカンドキャリアとして、介護の仕事を始める。現在は、介護の仕事を続けながら、双葉社、竹書房、ぶんか社、芳文社などの4コマ誌などのほか、自身のツイッターでも作品を発表している。近刊にコミックエッセイ『40代女性マンガ家が訪問介護ヘルパーになったら』『中年女性マンガ家ですが介護ヘルパー続けてます』(ともに双葉社)などがある。
Twitterアカウントは@YoshidaMikiko