灯台下暗し!ついに決まった母の家 住まい探しの迷走もいよいよゴールへ

いつかはやってくると思いつつ、ついつい先送りしてしまう親の介護の準備。関西在住のイラストレーター&ライターのあま子さんもそんな一人。これまで一人暮らしを続けていた母が、2022年正月早々に転倒し、骨折→入院という経緯で認知症を発症。一時は、首都圏に住む兄一家のところで暮らした母ですが、入退院を繰り返した後、関西に戻って老人保健施設(老健)に入所しました。ただ、老健にずっといることはできません。母が心地よく暮らし続けられる住まいは見つかるのでしょうか。
これまで多くの施設を見学しまくり、ここぞと思う老人ホームに申し込むたびに、思わぬ出来事でダメになってきました。そんなある日、パソコン画面に出てきた介護付き有料老人ホームの広告。わが家から徒歩15分足らずで、高額な前払い金不要のキャンペーン中!これは迷える母子を導く神の救い?期待に胸を膨らませながら見学に行きました。
見学18:2023年5月 A市の介護付き有料老人ホーム
実際に歩くと本当に家から近い! ここなら私も気軽に通えます。すぐそばに神社と畑があり、緑の多い落ち着いた環境で散歩にもよさげ。建物は4階建てで、一見すると普通のマンションのようでした。
- <施設情報>
- ●1カ月の料金:家賃、共益費(水道光熱費込み)、食費、管理費、介護保険利用料あわせて約21万円。別途、電気代、水道代、医療費、生活消耗品代など
●部屋:個室18m²~ トイレ、洗面台・収納スペース・緊急通報装置(ナースコール)など
●食事:施設内調理
●人員配置:夜間は1人
●特徴:看護職員5人
建物の入り口を入ると、正面にソファとテレビがあり、数人の入居者が座っていました。にぎやかさはなく、静かで落ち着いた感じです。一方、入居相談員は陽気な50代男性で、食堂近くの部屋で説明を受けました。
現在、数室の空き部屋があり、即入居可能とのこと。日中は看護師が在中し、食道内に食物がたまってしまう珍しい病気「食道アカラシア」の疑いがある母の状態でも受け入れてもらえるそう。ひとまず第1段階クリアです。「介護付き」なので、介護スタッフが24時間常駐しているのは高ポイント。面会・外出・外泊が自由なのもありがたい。レクリエーションが毎日あるそうですが、メニューは通り一遍であまり力は入ってなさそうなのが残念。
一通りの説明が終わり、ホーム内の見学へ。居室は正方形に近い形をしており、とてもゆったりして見えました。これまで見た施設は縦長タイプの部屋が多く、それだと一方の壁にベッドがあるだけで狭く感じるのです。掃き出し窓からはサンサンと日の光がそそいでおり、のんびり過ごせそう。2階の南向き、上階の東、西向きなど、いくつかの部屋を見せてもらいました。一長一短あるものの、やっぱり南向きがいいかなぁ。つぎに大浴場へ。週に2回、血圧を測ったあとに入るそうです。銭湯のように広々として、壁画まで描いてありました。
ホームの雰囲気が全体的に活気がないことなど、多少の不安はありましたが、「看護師が常駐」「家から近い」という魅力は母にも私にも大きなものでした。前向きに検討するということで見学を終えました。
ついに決まった母の住まい!でも住まい探しは続く?
好条件のホームをすぐに申し込まなかった大きな理由は、ずばり予算。子ども3人の仕送りと、母の貯金+年金で計算すると、住めるのは5年ほどです。91歳の母が100歳まで生きたとしたら…。悩んでいたとき、ふと手に取った、認知症専門医が記した本に「終のすみかを探そうとするから決められないのであって、その時々の状態に合わせて住まいを変えていけばよい」と、目からうろこの考え方が書いてありました。これまでの私は、母が「残りの全人生を過ごす住まい」を探していたので、あれこれと不安や不足を感じていたのです。
ホームに住める5年の間に、母の状態が変わる可能性は高い。健康上か経済上かはわからないけれどホームを移る日がくれば、そのときに、またベストな施設を探せばいいじゃないか。そう思うと、私の腹も据わりました。
姉は神仏をふんわり敬っているので、「神社そばのホームなんて神様のおぼしめしやわ~」と、反対しにくい持ちかけ方をしました。兄には「老健の先生が介護付き老人ホームをすすめている」「この近辺では一番料金が安い」と説得。口を出しそうな親戚には黙って事を進めました。これまでの経験から、あまちゃんの私も多少たくましくなっていたのです。夫は私の考えを尊重してくれ、ホームの面談にも付き合ってくれました。
老健に入所中の母はというと、海の見える部屋でゴキゲンな暮らしぶり。本来の明るさを取り戻し、目に見えて元気になっていました。
これならいけると、老健の方に老人ホームに移りたいと相談。3カ月足らずで退所を申し出る人は珍しいのか、意外そうな顔をされました。
医師の許可がおりて、母と一緒にホーム見学へ。2022年7月の初めて高齢者施設を見学したときには、入り口で立ちすくんだ母娘ですが、今回は意気込んで入っていきました。見晴らしのよい居室を見て、母のよろこんだこと。私の家に近いことにも安堵(あんど)したようで「ぜひ住みたい」との返事でした。

このあと老健の退所や、ホーム入居までのややこしい契約や手続き、部屋の家具問題などがありましたが、それらを乗りこえ、7月のある晴れた日、ついに母は老人ホームに入居しました!
最初の数日こそ「ここどこ?」と言っていた母も、すぐに慣れ「本当にいいところ」が口癖になりました。日だまりの部屋で、お茶を飲みながら笑う母をみて、これまでがんばってきてよかったと心の底から思いました。ついに我が母娘の迷走してきた住まい探しもゴールを迎えました。

振り返ってみて、母の住まい探しで、とくに大変だったのはつぎの5点です。
- 親の心理的抵抗
- コロコロ変わる親の健康状態
- 兄弟間の介護分担
- お金の問題
- 施設の種類の多さと仕組みの複雑さ
住まい探しの苦労を減らすには、できるだけ、親の元気なうちから介護について話し合っておく。難しければ親以外の家族で話し合う。親の健康状態や、預貯金を可能な限り把握しておく…わかっていても難しいのが現実。でも「施設の情報収集」はすぐにはじめられます。知識があればあわてることも減るし、「賃貸マンションと変わらないくらい自由な施設もあるよ」などと親の説得もしやすいはず。
私の迷走記が、これから施設を探す人の一助になればうれしいです。
【感想&後日談】
老人ホームで暮らすようになった母のもとには、おやつをもって毎日のように通っていました。誤嚥(ごえん)はどこへ?と思うほど、なんでもよく食べ、介護度も3から1へ下がるほど元気でした。お茶のあとは公園や近所の散策。ときにはランチや近場の温泉へも出かけました。
散歩の途中、母は何度も空を見上げて「きれいな色やなー」と感嘆したり、私を「女の細腕一本で仕事してえらいわー」とくり返しほめたり…。認知症でもこんな症状ならいいなとひそかに思ったものです。
「今が一番幸せ」と言っていた母が亡くなったのは、今年の2月。この原稿を書き上げる2週間ほど前のことでした。
老人ホームの居室で転倒して右の大腿(だいたい)骨と手首を骨折。手術は成功したものの、2日後に容体が急変しました。
退院後の住まい探し「五十路娘第2章」がはじまることなく、母の人生は終わりをつげました。ホームで暮らしたのは約1年10カ月。母が望むとおりの穏やかな日々が送れたことは、本当によかったと思います。この連載は、母と私の大切な記録にもなりました。
長い間、ご愛読いただき、ありがとうございました。


