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バイオテック侍のシリコンバレー日記

頼もしいエンターテイナーに成長した息子 \祝/小学校卒業・前編

息子が2歳半の頃。地域のお祭りに初めて出かけました
息子が2歳半の頃。地域のお祭りに初めて出かけました

“侍”として米国社会に挑む心意気で2001年に渡米し、バイオテック(製薬)企業で新薬開発に努めてきた木下大成さん(55)。カリフォルニア州のシリコンバレーで妻、息子との生活を送ってきましたが、数年前から少しずつ見られていた記憶や理解力の低下が顕著になり、2022年10月、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。認知症とともにある人生を歩み始めた木下さんが、日々の出来事をつづります。今回は、小学校を卒業した息子さんについてのお話の前編です。

夏至(今年は北半球では6月21日)も過ぎると、ここカリフォルニアにも本格的な夏が到来しました!今回は、6月初めに小学校卒業を迎えた息子について、書きたいと思います。

アメリカの学校は、8月半ばに新学年(1学期)が始まり、翌年6月までが1学年となります。また、日本と違い、私が暮らすエリアでは、6-3-3年制ならず、小学校5年-中学3年-高校4年の12年。小学校は、5年生が最終学年になります。
卒業式までの1カ月、学校ではイベント続きでした。
その1つとして、息子は、音楽の授業で取り組んでいたピアノの発表会にも取り組みました。曲は、日本の方にもなじみ深い「スティング(The Sting)」というアメリカの古典的コメディー映画のテーマ曲、「ジ・エンターテイナー(The Entertainer)です。メインキャストはポール・ニューマンとロバート・レッドフォード、そして敵役は大御所ともいうべきロバート・ショウという豪華な面々で、スリリングな詐欺師たちの勝負が描かれた名作です。

一時帰国の際は「都庁おもいでピアノ」に立ち寄ります。今回は「ジ・エンターテイナー」を弾いてきました=東京

息子は、この映画で大ヒットした曲を演奏することに決めました。発表会までの4カ月間、自宅で練習している時には何回も失敗し、それでも悠長に構えているので、母親(妻)に怒られるということを繰り返してきました。毎回、何とか気を取り直して練習を続けていると、だんだんと曲の流れやリズムをつかみ始め、本番では少しつまずくところもありましたが、すぐに立て直して、過去最高と言えるパフォーマンスでフィニッシュ。まさに元気が源の息子がエンターテイナーとなった、数分間の演技でした。私が認知症と診断された後の私たち夫婦にとっては、息子の成長と活躍が何よりの心の痛み止めです。この大舞台での演奏でも、しっかりと羽ばたく息子の成長を見届けました。

息子、プリスクールの頃
息子、プリスクールの頃

思い返せば、息子の成長はいつも心配事ばかり。最初の懸念は、2歳の時の検診で始まりました。言葉の遅れを小児科医から指摘され、それ以来、小学校入学までの4年間、市が提供してくれるスピーチのクラスを受けていました。海外で暮らす家庭の子どもには、人生の序盤で日本語と英語のバイリンガル環境に混乱して、どちらの言葉も遅れることは、時々見られるそうです。しかし、初めての、しかも海外で育てる一人息子。特に妻はずいぶんと気に病んでいました。
その中で、特に思い出深く記憶に残っているのは、息子がまだプリスクール(幼稚園の年中組)の時こと。妻も私も、毎朝、息子を幼稚園に送っていくたびに、今日は少しでも話せるようになりますようにと、祈るような気持ちで、不安げに教室に入っていく息子を見守っていました。そういった私たちの杞憂(きゆう)を、ノックアウトパンチのインパクトで木っ端みじんに吹き飛ばしてくれたのが、当時担任だったミセス・カミングス先生が、輝く笑顔で放った力強いこの一言。
「言葉が遅れるのはよくあること。憂うよりも、今は彼のユニークさをセレブレイト(お祝い)しましょう!」 
次の瞬間、それまで不安に駆られていた妻の目から、ぽろぽろと涙が流れ出し、何度もうなずきながら、笑顔に変わっていったのでした。それ以降、妻は息子にどんなことがあっても、このことを思い出しては、勇気を奮い立たせているようです。どこの世でも、効果抜群の必殺技を持っている先生方はいらっしゃるものですね。息子が人生のスタートラインを切ったばかりのところで、早くも持ち上がった懸念を、春一番のように吹き飛ばしてしまったミセス・カミングス先生。もうお会いできる機会はないと思いますが、私たち家族にとって、今でも”殿堂入り”の素晴らしい先生の1人です。
その翌年、キンダー(日本の幼稚園年長組の年齢で、米国ではここから義務教育。小学校の敷地内に設置されています)に入ってからは、スピーチクラスのおかげもあり、息子の言葉は一気に増え、今では、「もう少し落ち着いて話してくれよ」と思うぐらいに、流暢(りゅうちょう)なカリフォルニア英語を早口でまくし立てます。今でも時々、悩んでいた数年前を思い出しては、あの時は必死だったねと、妻と一緒に懐かしく振り返っています。

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