認知症とともにあるウェブメディア

バイオテック侍のシリコンバレー日記

なかなかハード! 認知症の診断に至るまで “侍”の検査体験記in米国・前編

医療従事者の方への感謝ウィーク。各病院の枠を超え、一丸となって対応してくださる皆さんに心から感謝しています。
医療従事者の方への感謝ウィーク。各病院の枠を超え、一丸となって対応してくださる皆さんに心から感謝しています。

“侍”として米国社会に挑む心意気で2001年に渡米し、バイオテック(製薬)企業で新薬開発に努めてきた木下大成さん(55)。カリフォルニア州のシリコンバレーで妻、息子との生活を過ごしてきましたが、数年前から少しずつ見られていた記憶や理解力の低下が顕著になり、2022年10月、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。認知症とともにある人生を歩み始めた木下さんが、日々の出来事をつづります。今回は、これまでに受けてきた検査についてのお話しです。

私は現在、北カリフォルニアに大きなネットワークを持つ総合病院(Sutter Health/Palo Alto Medical Foundation、以下、PAMF)に通っています。2022年5月に初めて脳神経科を訪問して以来、MoCA、MMSEといった認知機能に関するスクリーニング検査はもちろん、CTスキャン、MRIなど様々な検査を受けてきました。

私の主治医は、インド系と思われる女性のN先生です。明確に要点をついた話し方をされるので、とてもシャープな印象があり、夫婦で信頼しています。日々服用している抗認知症薬・ドネペジル塩酸塩を処方してもらっているのもこの先生です。基本的に、PAMFに通い、ネットワーク内にはない一部の検査や治療は、UCSF(カリフォルニア大サンフランシスコ校)やスタンフォードの大学病院で受けています。

定期的に通っている総合病院 Palo Alto Medical Foundationとカリフォルニアの青い空
定期的に通っている総合病院 Palo Alto Medical Foundationとカリフォルニアの青い空

最初に、PAMFで行われたのが、英語で EEG(Electro-encephalography)と略称される技術で脳波を測定するテストです。私は30代の初めごろに髄膜炎を患って、2週間ぐらい入院していたことがありました。そのことを先生に伝えていたので、念のため、認知機能の低下に何らかの関連があるかどうかを調べることになりました。先生がおっしゃるには、「髄膜炎の後遺症で残った小さな脳の損傷が、何十年の時を越えて記憶障害を引き起こす可能性もある。そのため、自覚がないてんかん症状などをEEGで調べた方が良い」とのことでした。

私の検査のために、早朝から総合病院にやって来ました。午前6時半に開く自動ドアを、張り切って待つ息子
私の検査のために、早朝から総合病院にやって来ました。午前6時半に開く自動ドアを、張り切って待つ息子

テストのアポイントメントは、朝の6時半!その上、前夜は深夜0時に起き、そのまま検査まで絶対に寝ないでいること、との通達がありました。うへぇと苦笑いを浮かべるしかありませんでしたが、なんとか起き抜いて、午前6時に妻の運転で病院に向かいました。

米国では、小学生の息子を一人で自宅に置いて出るわけにもいかない(「子どもを保護者の目の届かない場所で1人にしない」というのが原則で、一定の年齢以下の子どもだけでの留守番を禁止している州もあるのです)ので、私たちと一緒に午前5時半に起こして出発。なぜか人一倍張り切って車に乗り込んできたのが、心に残っています。

朝早い出発は、旅行のときにエアポートに行くくらいのめったにないイベント(!?)で、単に興味があっただけかもしれません。でも、何となく深刻な状況を子どもなりに感じ取り、元気に振る舞ってくれたのかなとも思いました。いつか機会があったら本人に聞いてみようと思っているんですが、多分、「覚えてないよー♪」と陽気に笑い飛ばしてしまう息子は、妻と私が迷うことなく苦境の海を拓(ひら)き進み続けるための、超元気なタグボート(引き船)。私たち夫婦だけでは決して逃れきれない不安を薄めてくれる、即効性抜群の中和薬のような存在です。

続いては、脳脊髄液検査(アミロイドβ42/40 比測定検査)でした。背骨の間から注射針を差し込んで、少量の脊髄液を抜き取ります。背中をかなり曲げないといけないので、もともと体がとても硬い上に、腰痛持ちの私にとっては最初の関門です。人によって背骨の構造が微妙に違い、注射針を最適部位に挿入するのが難しい場合もあるようで、実際、私が二十数年前に髄膜炎を患った時には、先生が、2度3度と抜き取りに失敗し、それによってか、術後も回復が遅れ、骨髄液が漏れ続けてしまい、自分でトイレも行けないし、この世のものとは思えない頭痛も経験し、大変な思いをしました。過去の辛い経験を持つ私は、再び髄膜炎を引き起こすウイルスに襲われるのではないかと怖くて目を閉じていました。

しかし、さすがのN先生、雑談しながらあっという間に終了。その後、20分ほど病室で横になり、自分の足で歩いて帰宅することができました。養生して過ごしましたが、翌日も特に痛みはなく、「やっぱりひと味違うね!」とホッとしたのもつかの間、約1カ月後、心の準備は出来ていましたが、やはり残念な結果が届きました。

アルツハイマー病は、「アミロイドβ」というたんぱく質が何らかの原因で脳の神経細胞の外側に蓄積することがきっかけになるとみられています。脳脊髄液を検査し、アミロイドβの比率を調べることで、脳でのアミロイドβの蓄積具合の指標になるとされています。

検査の結果は、確かに、私にとって、この上なく辛い“刻印”ともいえるアミロイドβの蓄積を示すデータでしたが、その一方で、やっと戦いのリングに上がれたような気もしました。これから、この難しい病気に手向かう覚悟を新たにしました。

サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地オラクルパークで観戦する息子(2021年10月撮影)
サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地オラクルパークで観戦する息子(2021年10月撮影)

診断に向けて、一連のテストの最後に受けたのが、Neuropsychological Test(以下、NPテスト)です。これは、ストレス、鬱(うつ)や過去のトラウマ、発達障害、認知症など、どの理由から記憶障害が起こっているかを推し量る指標となるテストです。私の場合、年齢が若いことと、数年前に仕事上で非常に強いストレスを抱えていた時期があり、それらの背景を踏まえ、かなり初期の段階から主治医に検査を受けるよう勧められていました。

しかし、このテストは、米国で開発された比較的新しい検査のため、現時点では米国で教育を受けた人向けに作られており、その中の一部には、私のように他国で教育を受けた人たちの場合、米国に関するそもそもの知識量の違いか、記憶力の低下によるものかを、明確に区別することまではできていない設問――具体的には、アメリカ建国の歴史や歴代大統領の名前を問う内容など、が含まれています。また、素早く切り替わるカードを見て、そこに描かれている対象物の名前を、英単語そのものズバリで答えなければいけません。描かれている対象物を説明によって示しても不正解となってしまうのです。恐らく採点基準が不明瞭になり、テストの公平性が失われるからだと思いますが、英語を母国語とする人たちに比べ、私のような外国で育った人の語彙力は圧倒的に違いがあり、測定が難しいものとなってしまします。このため、ライセンスを持つ医療通訳をつけるか、毎年検査を受け、結果の変化を追っていく必要があります。

医療通訳を病院があっせんし、かつ、保険治療でNPテストを受けられるのは、私が住むエリアでは、UCSFか スタンフォードのみでした。UCSFで6カ月待ち、スタンフォードにいたっては、ほぼ1年待ちの状況でしたので、私たちはUCSFで予約を取りました。UCSFの医療センターは、サンフランシスコにたくさんありますが、私が訪問したUCSF Memory and Aging Center は、メジャーリーグのサンフランシスコ・ジャイアンツが球場として使っているオラクルパークのすぐ近くにあります。球場はサンフランシスコ湾に面しているので、試合がある時は、球場の外では、スタジアムを超えて飛んでくるホームランボールやファウルボールをいち早く取ってやろうと、複数の手こぎボートがたむろして待っています。

こんな理由ではなく来られていたらもっと気持ちよかったのに……とも思いましたが、気を取り直して前進していきます。

UCSF 近くの美味しいベーカリーで食べたスープとパイ。 奥がレンティル豆のスープ、手前がタイカレー風スープ
UCSF 近くの美味しいベーカリーで食べたスープとパイ。 奥がレンティル豆のスープ、手前がタイカレー風スープ

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア