認知症になりやすいのはどんな人? 特徴や要因、予防法、リスクを専門医が解説
更新日 取材/中寺暁子
認知症はかつて、専門家の間でも「予防できない」と考えられてきました。しかしさまざまな研究が実を結び、ここ数年で科学的に信頼性が高い認知症の発症リスクや予防方法についてのデータが発表されるようになっています。長年にわたって認知症予防に取り組んできた鳥取大学医学部保健学科の浦上克哉教授に、認知症になりやすい人の特徴や予防法について教わりました。
認知症になりやすい人の特徴について解説してくれたのは……
- 浦上克哉(うらかみ・かつや)
- 鳥取大学医学部保健学科 生体制御学講座 環境保健学分野教授
1983年鳥取大学医学部卒。同大脳神経内科を経て2001年から現職。2011年に日本認知症予防学会を設立し、理事長に就任。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。
認知症とは?
認知症は、一度獲得した認知機能が、脳の病気などによって低下することで引き起こされる症状を総称した言葉です。症状によって、生活に支障が出ている状態を指します。認知機能を低下させる原因となる病気は「原因疾患」と呼ばれ、最も多いのがアルツハイマー病です。そのほか、レビー小体病、脳血管障害などがあります。
認知症の患者数について
現在、日本人の600万人以上が認知症を発症していると推計され、団塊の世代が75歳以上になる2025年には700万人以上、高齢者の5人に1人が認知症になると見込まれています(平成29年版高齢社会白書)。今後ますます認知症は、家族や知り合い、そして自分自身など、誰がなってもおかしくない身近なものになっていくとみられます。
認知症になりやすい人はいる?
加齢は認知症の発症に大きく関わります。とはいえ、年をとったからといって誰もが認知症になるわけではありません。では、どのような人が認知症になりやすいのでしょうか。2017年にイギリスの権威ある医学誌『Lancet』で、「生活習慣などを改善することで認知症の発症リスクを35%下げられる」という論文が発表され、9つのリスク因子(病気の発症や進行の確率を高める要素)が提唱されました。さらに2020年に3つが追加されたことで「認知症の発症リスクは40%まで下げられる」と改訂されました。そこで発表されたのが、次の12の項目です。
【若年期(45歳未満)】教育歴(7%)
【中年期(45~65歳未満)】難聴(8%)、頭部外傷(3%)、高血圧(2%)、過剰飲酒(1%)、肥満(1%)
【高齢期(65歳以上)】喫煙(5%)、抑うつ(4%)、社会的孤立(4%)、運動不足(2%)、大気汚染(2%)、糖尿病(1%)
これらに当てはまる人ほど、認知症になりやすいといえます。
認知症リスクを高める主な病気
難聴
認知症になりやすくする病気の中で、最もリスクが高いのが、中年期の難聴です。理由はいくつか考えられますが、聞こえが悪くなることで、人とのコミュニケーションや社会的交流がしにくくなることが最も大きな理由だと考えられます。家族との会話が減ってしまったり、地域の集まりなどに積極的に参加していた人でも、聞こえが悪くなると何度も聞き返すのがいやになり、外出の機会が減ったりする傾向があります。また、耳からの情報が入りにくくなると、その分、脳の機能も使われにくくなります。
高血圧
高血圧は脳梗塞(こうそく)などの脳血管障害や心不全を引き起こす病気として知られていますが、脳血管障害は「血管性認知症」というタイプの認知症の原因疾患になります。また、高血圧によって血管が狭くなると血液の流れが悪くなり、アルツハイマー病の一因だと考えられている「アミロイドβ」というたんぱく質が脳の神経細胞の周りに蓄積しやすくなるとも言われています。
糖尿病
糖尿病も、動脈の血管が硬くなるなどして血管がつまりやすくなる動脈硬化を引き起こすことがあり、高血圧と同様の理由で認知症の発症リスクを高めます。さらに、糖尿病になるとインスリンというホルモンの代謝が悪くなります。インスリンの代謝に関連する酵素がアミロイドβの代謝にも関わることが明らかになっているため糖尿病になると、アルツハイマー病の発症リスクが高まることもわかってきています。
遺伝はあるの?
前述した医学誌『Lancet』の論文によると、12のリスク因子をすべてなくせば、認知症になる確率を40%下げることができるとされています。また、現在も数多くの研究が進行していて、今後も科学的根拠のある新たなリスク因子がわかるようになれば、それらを減らすように取り組むことで、認知症の発症リスクをさらに下げられるようになる可能性があると考えられています。
一方、数は多くありませんが、認知症になりやすい遺伝子をもっている人もいます。最も代表的なものが「アポE遺伝子」で、この遺伝子の型によってアミロイドβが蓄積しやすくなるのです。若い年代で発症する若年性認知症は、高齢発症の認知症に比べて、こうした遺伝子をもっている割合が高くなる傾向がありますが、遺伝子があれば必ず認知症になるわけでは決してありません。
生活習慣などの改善で認知症リスクを下げるには
12のリスク因子には、生活習慣を変えることでリスクを減らせるものが多くあります。つまり、生活習慣を改善することが、認知症の発症リスクを下げることにもつながるのです。リスク因子のすべてをなくすのは、難しいかもしれませんが、まずは、1日の生活の中で、1つでも減らすように努めましょう。
運動は年代に合わせて適切な対応を
運動については、散歩や軽いジョギングなど、40分以内の有酸素運動がいいと言われています。それ以上長く有酸素運動を続けると、脂肪だけではなく、筋肉内のアミノ酸がエネルギー源として消費されてしまう場合があります。
ただし、注意したいのは、年代によって認知症発症のリスク因子が異なる点です。例えば中年期には、肥満がリスク因子の一つとなるため有酸素運動などをとり入れて肥満を予防、解消することが、認知症の発症リスクを減らすことになります。
しかし、高齢期には、肥満はリスク因子に入っていません。先述の『Lancet』の論文には記されていませんでしたが、別の論文で「高齢期のやせ過ぎは認知症のリスクになる」という報告もあるのです。高齢になっても肥満予防のために必要以上に運動をしたり、食事を制限したりすると、認知症の発症リスクの面からは逆効果になりかねないのです。高齢期に筋肉量が落ちると、転倒しやすくなることも要注意です。有酸素運動は適度に行うと同時に、筋力トレーニングも組み合わせることがポイントです。年代に合わせて適切に対応することが大事です。
適切な治療
生活習慣の改善で、高血圧や糖尿病の発症を予防するのはもちろんですが、発症していても治療によって症状を適切にコントロールすることで、認知症になるリスクを減らすことができます。
難聴への対応
難聴も、加齢によって誰もが発症しやすくなりますが、大切なのは放置しないことです。最近は認知症予防の観点から、聞こえが悪くなってきたら、なるべく早く補聴器をつけたほうがいいと言われています。補聴器をつけるほどではない人のために、聴力を回復させる訓練についても、研究が進んでいます。
食生活でリスクを下げる
認知症予防になる特定の食材や栄養素については、科学的根拠のあるデータは多くありません。しっかりしたデータが出ているものとしては、アメリカのラッシュ大学医療センターの研究グループが発表した「マインド食」があります。マインド食とは、心疾患(心臓に起こる病気)の予防に効果があるとされる「地中海式食事法」と、高血圧を防ぐとされる「ダッシュ食」を組み合わせた食事のことです。地中海式食事法は、野菜、豆、果物を中心にオリーブオイルや魚介類を意識してとる方法で、ダッシュ食は脂肪やコレステロールを控え、ミネラルを増やす食事法のことです。一方で日本の研究では、特定の食材ではなく、さまざまな食材をバランスよくとることが認知症予防になるというデータがあります。
睡眠の質も認知症予防につながる可能性
生活習慣のひとつに睡眠もありますが、現在は、12のリスク因子に睡眠関連のものは入っていません。しかし、睡眠と認知症との関連については研究が進み、証明されつつあります。注目されているのは、1日6~7時間の睡眠をとり、睡眠の質がいい人はアミロイドβが蓄積しにくいということです。こうしたことから、近い将来、睡眠関連もリスク因子に含まれる可能性があります。
フレイル予防も認知症対策に
健康と要介護の中間地点の状態は「フレイル」と呼ばれています。フレイル予防のために必要な「栄養」「身体活動」「社会参加」は、認知症の予防にも有効なものです。さらに、認知機能の低下を防ぐという点から考えると、頭の体操をはじめとした認知機能を刺激するような知的活動を加えるとよいでしょう。そして、何よりも大切なのは、年齢を重ねても知的な好奇心を持ち続け、新たな挑戦を楽しむことです。