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卒寿アイドルあめちゃんずは認知症 酸いも甘いも極めた軽妙トークが人気

最近人気の声を楽しむアプリ……ではなく、「おばあちゃん」たちの日常会話を楽しむラジオ番組が北九州で放送されています。パーソナリティーを務めるのは、認知症当事者であるシニア女性3人組「あめちゃんず」。YouTubeで動画配信もされるこのラジオ番組について、企画した権頭喜美恵さんに話を聞きました。

左から、あめちゃんずメンバーの酒井清子さん、天神ツキミさん、中村文子さん

北九州市若松区のコミュニティーFM「エアステーションヒビキ」(88.2MHz)で放送されている「ラジオ・オレンジカフェ」。ある日の放送では、出演者の1人が90歳の誕生日を迎え、番組のなかでお祝いすることに。ナビゲーターの「90歳で元気でいる秘訣は?」という質問に「自然にまかせて元気に過ごしております」と答えると、ほかの出演者が「自然が一番いいね。くよくよするとだめよ」と相づちをうちます。番組は終始和やかで、時間がゆったりと流れていきます。

この番組のレギュラー出演者は、おばあちゃん3人組の「あめちゃんず」。いずれも認知症対応型共同生活介護(グループホーム)「グループホームもやい」の入居者で、メンバーは中村文子さん(90歳)、天神ツキミさん(87歳)、酒井清子さん(87歳)の3人です。ナビゲーターを務めるのは同グループホームなどを運営する社会福祉法人「もやい聖友会」理事長の権頭喜美恵さん。同グループホーム管理者で、あめちゃんずとは家族同然という小島成裕さんも、サポート役として出演しています。番組は2019年1月にスタートし、毎週第四金曜日に放送されています。

あめちゃんずと小島成裕さん(左)、権頭喜美恵さん(右)

あめちゃんずの名付け親は権頭さん。70年代に活躍した3人組アイドル「キャンディーズ」を和風にアレンジしたそうです。そもそも入居者たちのラジオ出演を思いついたのも、権頭さんでした。

「認知症の人は“特別な人”というイメージを持たれがちですが、認知症の人も地域の住民であり、社会の一員として生きるべきだと考えていました。そんな思いから認知症の啓発活動として、劇団をつくったり、見守り訓練をしたり、オレンジカフェをしたりとさまざまな活動をしていて、ラジオ出演もその1つとして思いつきました。私自身が認知症の方たちとおしゃべりしていると時間の流れが穏やかで、幸せな気持ちになることを感じていたので、その時間を多くの人と共有したいと思ったのです」(権頭さん)

あめちゃんずの3人は、もともと仲がよく、グループホームでも食事のときなどに同じテーブルを囲む仲。3人とも要介護1~2で、ラジオでは元気に盛り上がり、おしゃべりが止まらなくなることも。いつもニコニコしておおらかな雰囲気の中村さん、トーク上手で場を盛り上げる天神さん、何度も「楽しいね」と繰り返す酒井さん。最年少の酒井さんが幼少期の悲しかった話を思い出してしまうと、最年長の中村さんがやさしくなだめます。天神さんから次々と飛び出す夫への愚痴には、みんなで大笑い。

「ラジオを始めた当初は、ただお茶を飲みに来ている感覚だったかもしれません。今はラジオの向こうで聞いてくれている人がいるという意識があるのか、3人のかけあいがしっかりできていて、小島くんに何度か『3人って本当に認知症なの?』と確認してしまったほどです」

グループホームの運営推進会議にあめちゃんずが参加することも

同じ話が何度も繰り返されたり、自分が何の曲をリクエストしたのかを忘れてしまったりするのはよくあること。番組では3人それぞれがリクエストした曲を流すコーナーや昭和初期をテーマにしたクイズコーナーがありますが、基本は流れにまかせて進行していきます。

「認知症の方はわからないことやできないことに対して不安を感じやすいので、できるだけ知っていそうなことを話題に出すようにしています。最近の話は忘れてしまっていることが多いのでなるべく避けて、みんなで昔の曲を懐かしんだり、幼少期の話などを聞き出したりするようにしています」(権頭さん)

そのせいか、それぞれが体験した戦争時代のことはよく話題にのぼります。戦争を知らないリスナーにとって、あめちゃんずの実体験は貴重な話であり、胸に響きます。

「戦争時代の記憶は思い出したくないようなつらいものが多いですが、あめちゃんずにはなるべく楽しい気持ちでいてほしいので、つらい思いを共有したうえで、最終的には『今は幸せで楽しくてよかった』と感じてもらえるようにしたいと思っています」(権頭さん)

グループホームでは家事もこなします

コミュニティーFM「エアステーションヒビキ」は、「もやい聖友会」が運営する「銀杏庵 穴生倶楽部(いちょうあん・あのおくらぶ)」の施設内にあります。同じ敷地の中には特別養護老人ホームのほか、ショートステイ、保育園、放課後などデイサービス、学習塾などがあり、貸しスペースではヨガやフラダンスの教室も開かれています。入居者は敷地内を自由に歩き回ることができ、教室に参加することもあります。敷地自体が老若男女問わず、地域の人が自由に出入りできる一つの“町”のようになっているのです。そこには権頭さんの強い思いがあります。

「私は結婚後に北九州に来て、20代のうちに子供を4人産みました。夫は仕事で忙しく、頼れる人がいない中、地域での人とのつながりの大切さを実感しました。そして地域課題を身近に感じるようになったことなどから、結婚後に大学で福祉や地域コミュニティーについて学び、大学入学の目的でもあった介護サービス事業所の開設、運営へと動き出したのです。地域のつながりが希薄になっていく中で、福祉施設を地域のコミュニティーにすることで、社会全体を変えていきたいという思いがあります。この施設には地域の人たちが自然に出入りしているので、入居者は自分たちも地域の一員なんだと感じることができるんです」(権頭さん)

カフェなどもあり、施設利用者も地域の人も敷地へ自由に出入りできます

あめちゃんずも結成前からこの施設に出入りしていたため、初めてのラジオ出演もスムーズだったそうです。介護施設や保育園など17の事業所を運営する多忙な権頭さんにとって、あめちゃんずとのラジオ出演は仕事から離れて穏やかにおしゃべりを楽しめる時間だといいます。過去に放送した分の一部は、動画投稿サイト「YouTube」で視聴できるので、ぜひ番組の様子をのぞいてみてはいかがでしょうか?
※視聴の際は「もやい聖友会もやい通りスタジオ」で検索

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