認知症への取り組みで注目される渋谷区。若者の街なのに?教えて課長さん1
取材・撮影/猪俣千恵
若者の街のイメージが強い東京都渋谷区が、ちょっとおもしろい動きをしています。認知症対策にきめ細かく取り組んでいるのです。今年6月には認知症に関する正しい知識の普及・啓発のためのイベント「認知症なっても展」、10月には同じく普及・啓発イベント「ラン伴+」、ほかにも福祉にまつわる大きなイベントを開いています。なぜ渋谷区が積極的なの? どうして手厚くケアしているの? そんな疑問を抱え、区福祉部高齢者福祉課長の小野健一さんに話を伺いました。
認知症は大きな社会課題 しっかりと予算を確保
――渋谷区は「若者の街」の印象があります。なぜきめ細かく認知症対策に取り組んでいるのですか?
渋谷区の総人口は2019年7月1日現在、約22万9千人。そのうち65歳以上の高齢者人口は約4万3千人です。人口に占める65歳以上の人口比率を「高齢化率」といいますが、区の高齢化率は約19%です。国全体の高齢化率は27.7%ですから、9ポイント近く低く、「若い方の占める割合が比較的高い自治体」と言えます。若年層の流出入が多いことが高齢化率の上昇を抑え、生産年齢人口の割合が比較的に高いのです。長期的な人口の推移予想でも、2025年まで高齢化率はほぼ横ばい。国の数字は30%を超えてきますから、それと比べると緩やかではあります。
しかし、全国では2025年に認知症の人が700万人前後に増えると推計されていて、「認知症は大きな社会課題である」と長谷部健区長を筆頭に職員はとらえています。認知症施策をはじめとした高齢者施策に対して、毎年しっかりと予算を確保しています。若者の街のイメージがある自治体がなぜ?という質問には戸惑いますね。若者だからとか高齢者だからとかではなく、誰もが暮らしやすい街を目指し、地道に取り組んでいるからです。
認知症の不安がある高齢者を把握する仕組み
――認知症への取り組みを教えてください。独自のものはありますか?
具体的には2008年に「安心見守りサポート協力員」という制度を作りました。地域での見守りの強化、人と人との交流を重視したものです。高齢者のお宅を訪問したり気を配ってもらったり。年齢を問わず、地域の方から推薦された方々で、神宮前、初台、西原など区内の11地域ごとに8~10人ずつ、100人ほどの協力員さんが活動しています。
オリジナル体操も作ったんですよ。認知症予防のほか、転倒予防、口腔(こうくう)機能維持も含めた健康体操「若返るダイヤモンド体操」です。理学療法士や大学教授に監修いただき、渋谷らしく明るいエアロビの要素も取り入れました。この体操の指導者であるリーダーは高齢者です。元気な高齢者が高齢者を支える仕組みも意識しました。元気な高齢者が地域に出ることは、介護予防の意味でも大切なことです。平日は毎日、区内のどこかで必ず体操を行っています。
75歳以上の方は、年に1回、民生委員が全件訪問しています。そこで認知症を含めた課題がある方を見つけたら地域包括支援センターと連携をとり、医療機関や介護サービスにつなげます。高齢になり何かしら不安を抱えている方を早期に発見・把握し、区が対応する。75歳以上の方は2万2千人くらいいらっしゃいますが、この数を全件訪問している自治体は全国でも少ないのではないでしょうか。65~74歳の一人暮らしの方には郵便で全件調査し、状況によって地域の「安心見守りサポート協力員」につなげます。
他自治体から注目 全区立中学で「認知症サポーター養成講座」
――いずれの施策もゼロから立ち上げるのは大変です。印象深い事業はありますか?
他の自治体から「よく実現できましたね」と問い合わせが多いのは、区立中学校8校すべてで「認知症サポーター養成講座」を行っていることです。「認知症サポーター養成講座」は全国で行われていて、学校でもイベント的に開くことは割とあるのですが、渋谷区では8校すべての区立中学校で開催しています。2016年に始め、初年度は全学年に、翌年からは1年生に受けてもらっています。他区では教育委員会との関係などで「実現が難しい」と聞きますね。授業のコマ数など決められたものがありますから。容易ではないんです。渋谷区でももちろん簡単に導入できたわけではありません。しかし、「若年層にこそ認知症を理解してもらわないといけない」「そのためには全区的にやらないといけない」ということを1校1校説明してまわりました。当初は半ば強引に始めましたが、今では逆に学んだ知識を生かせるような高齢者施設を紹介してほしい、という問い合わせをもらうようになりました。何事も「わからないものは避ける」「知らないと怖い」ですよね。正しい知識がないと、偏見や虐待を生んでしまうのです。生徒たちも真剣に聞いてしっかり理解しています。いろいろな人が地域にいて、認め合い助け合う、こういうことも区が掲げる「多様性」の一つかなと。教育委員会や各中学校がこの事業に理解を示し、協力していただいていること、この事業が定着したことは、とてもうれしいことです。
これら独自の取り組みのほか、講座やシンポジウムを行う「認知症フォーラム」は主たる行事として十数年前から年に1回実施していました。ここ数年はすぐ満員になる状況があり、2年前から夏と冬、年2回に増やしています。関心の高まりを現場で感じていたところに日本認知症予防学会などとつながりが出来、初めての試みである「認知症なっても展」の開催へと向かっていったのです。
※後編はこちら
※「認知症なっても展」「ラン伴+渋谷2019」の記事は来週公開予定です