「鉄板ネタがスベる」お笑いコンビ・レギュラーを襲った介護施設での危機
取材/福光恵 写真/伊ケ崎忍
2012年ごろから地元岡山のさまざまな施設で慰問ボランティアを始めたお笑いコンビ・次長課長の河本準一さん。その河本さんのアドバイスで、お笑いコンビ・レギュラーの松本康太さんと西川晃啓さんは介護職員初任者研修の資格を取得し、本格的な介護施設での活動を始めた。施設巡りを続ける3人の、芸人ならではのノウハウとは。
スタッフ巻き込んで“空気”をつくる
――これまでに印象深い施設はありましたか?
次長課長・河本準一さん(以下、河本): 介護施設で、なにをしても利用者さんたちからまったく反応がないこともありましたね。
レギュラー・松本康太さん(以下、松本): はいはい。30人くらいの利用者さんが全員、反応なくて。寝たきりの人もいましたからね。無反応だからシーンとなって、なんとなく場の雰囲気も悪くなる。
そこで河本さんは、まずスタッフの人に話しかけて突破口を作ったんです。スタッフさんが和むと、利用者さんも少しずつ和んでいく。舞台というより、もう“空気”づくりですよね。僕らの活動の一義的な対象は利用者さんたちだけど、まずは日ごろ、利用者さんのために働いてくれているスタッフさんから仕事を忘れてみんなで楽しんでもらうという空気づくりの重要性を、河本さんから学びました。
河本: スタッフさんなど外濠から打ち解けていくというのは、“危機”に何度か直面するうちに絞り出した手法ですね。反応のいい人を探し出して投げかけていくと、だんだんみんなを巻き込むことができる。芸人ならではの危機管理能力ですよね。舞台でどんなにスベっても、僕らは何もしないわけにはいかないので。
レギュラー・西川晃啓さん(以下、西川): 僕は、松本くんがけっこう数をこなしてからボランティアにうかがったので安心感はありましたけど、それでもいちばん最初のときは緊張しましたね。初めての場所はデイサービスの施設でした。介護度の低い利用者さんも多く、こちらがなにか打てば、なにかしらの反応が返ってくる。笑ってくれる。しゃべってくれる。なので、舞台の延長くらいの感覚でできました。
リズムネタの応用
――必ずウケる鉄板ネタってあるんでしょうか?
河本: 悲しいかな、どんな芸人も歌手には勝てないんですよ。曲を一曲やるだけで、全員の「引き出し」が開くんですよ。もしも僕らの世界の名人、たとえば、やすしきよし師匠のような大物が行ったとしても、全員の引き出しは開かないと思います。
西川: 認知症の人に限らず、誰もが当てはまるかもしれませんが、いちばん好きなギャグは?と言われても、パッと出てこないじゃないですか。
松本: でも、好きな曲ならすぐ言えます。利用者さんも、いちばん輝いていたであろう青春時代の曲ならパッと出てくる。で、「ほならそれは、どういう時の曲ですか?」と聞くと、その思い出をしゃべってくれはるんです。そこからいろんな話が出てきて……「回想法」と言うんですが、笑顔になってどんどんしゃべってくれはるんで。音楽の話はとにかくウケますね。
そこで、歌が歌えて、より僕らっぽいもの……と、座ったままできる「ギャグ体操」というのを作ったんです。(自分たちのリズムネタの)「あるある探検隊!」と言いながら足踏みしてもらい、利用者さんから好きなギャグを聞き出すんです。そこから話をどんどん引き出していくという体操です。
――反対に、禁じ手のネタというと?
西川: ネガティブな質問をしてしまうとか?(笑)
松本: それ、西川くんがやっちゃったんですよ。なにを間違えたのか、「いちばん楽しかったことは?」と聞かなきゃいけないのに、「いちばん悲しかったことは?」と聞いてしまった。
西川: そう。聞いてしまった!
松本: でも、びっくりしました。「(いちばん悲しかったことは)空襲」と答えた人が、それに続けて「でも、遠くの炎がキレイでしたよ」とおっしゃりはって。そんな話、テレビでも聞いたことなかったですから。
河本: そう言うよりほかなかったというのも、あったかもしれないね。
松本: こっちが笑わせるんじゃなくて、昔のことをどんどん聞いて、学んでいるという状況を作ると盛り上がります。ただ、失敗もたくさんあって……。
毒舌芸の大失敗
――高齢者をお笑いに巻き込むテクニックは、古くは“愛ある毒舌”の毒蝮三太夫方式が思い浮かびますが。
西川: 実は、後輩芸人が介護施設で毒舌芸をやろうとしたことがあって。事前の打ち合わせで、スタッフさんは「ぜんぜんいいですよ。どんどん言ってください」と言ってくれたそうなんです。で、いざ本番に本当に毒舌芸をしたら、利用者さんの1人にめちゃくちゃ怒られた。「なにを言ってるんだ、君は!」と(笑)。
河本: あんねんあんねん、そういうことも。でも、ビビってしもうたら、あかんのね。そういうときは乗っからなきゃ。
松本: ほんまに芸人としての資質が問われます。たとえば、コンビで認知症の施設に行ったときに、客席で1人だけ大声で騒いでる利用者さんがいたので、いつもの調子でイジってしまったことがあった。いつもの舞台だったら、そういう1人で騒いでいるようなお客さんを見つけると、わざとイジるんですよ。で、その人をこっちに向かせて、みんなで盛り上げるみたいな。
西川: そこでいつものように僕が、その人の席まで行ったんです。で、聞きました。「ちなみに食べ物とか、なにが好きなんですか?」って。
松本: そうしたら、「やかましいわ、君は!」と怒りがヒートアップ。西川くんは、もうそれだけで顔が引きつって、腰からくだけてました(笑)。なのにまだその人は、西川くんを叱りつけてる。こういうときコンビでよかったとつくづく思いますよね。「西川くん、ほんま失礼なやつだな! あやまり!」って僕がツッコミにいったら、客席がドカンと盛り上がった。で、その人も落ち着いたという経験があります。
河本: 「うるさい!」「やかましい!」「出ていけ!」は、認知症の施設での“あるある”ですね。いつも言われています。僕らの舞台の声って大きいですから、とくに認知症の人にはうるさく感じるんです。でも、お笑いにとっては、実はこれはおいしいとき。「やかましい! 帰れー!」と言われたら、僕の場合は「やだー! 帰りたくないー!」といって、床に寝っ転がってジタバタ。そんなバトルでまわりが和むと、なんででしょう、その人も落ち着くんです。
――外濠作戦のひとつですね
松本: イジリは受け手側の気持ちもあるので、ものすごく難しいことでもあります。そこをなんとかするのが、プロの芸人の仕事なのかな、と。
河本: 認知症の人が大きな声を出しているのは、かまってほしいのか、ほんとに不快なのかわかりませんが、少なくとも何かのサインではあるはず。「やかましい」と言われて、「やかましい」と返してしまったら、それで終わりです。でも芸人が、相手にぜんぶ乗っかれるワザを持っていれば、認知症の人とのやりとりでも、十分イベントになると思います。
(編集協力/ Power News 編集部)
▼お話をまとめた動画もぜひご覧ください
【これが、あるある探検隊を取り入れたギャグ体操だ!】