お笑い芸人が認知症になったら活躍の場が増える?次長課長・河本の狙い
取材/福光恵 写真/伊ケ崎忍
お笑いコンビ・次長課長の河本準一さんの施設巡りに同行したことから始まった、お笑いコンビ・レギュラーの松本康太さんと西川晃啓さんの介護施設行脚。2人で資格も取得して、本気のスタートから5年。芸人である彼らは、介護業界という未踏の地で、なにを見て、なにを感じたのか。慰問ボランティアの師匠、河本さんも交えて、現場でのリアルな悪戦苦闘を語り合ってもらった。
「犯人はこいつだ!」
――認知症の方々との交流で思い出深いエピソードはありますか?
レギュラー・松本康太さん(以下、松本): 河本さんと一緒に行った介護施設でのことですね。舞台が終わって、認知症の車いすの利用者が代表で僕らに花束をプレゼントしてくれるという場面があったんです。そこで、その人が感極まったのか、泣き出してしまった。僕も感動して「そんな喜んでもらってうれしいです」と言うと、その人が「こんな綺麗な花束をいただいて、うれしくて」と(笑)。
すでにここで会場は大爆笑だったんですが、そこから、これはプレゼントだからと必死で花束を取り上げようとする施設のスタッフと、絶対に渡そうとしない利用者の人のバトルになりまして、さらに盛り上がりました。
ここだけ切り取ってしまうと、キミたちは認知症の人を笑いものにしているのか、と叱る人もいるかもしれません。でも、実際はこのとき会場全員がやさしい気持ちになっていて、ネガティブなことを考えている人は皆無。そんな、なんとも言えないほのぼのとした雰囲気だったので、いま思い出してもほっこりしますね。
レギュラー・西川晃啓さん(以下、西川): 僕が覚えているのは、びっくりしたこと。利用者さんから「家を放火されたことがある」という話が出てきまして……。
松本: ほんま西川くんは、不思議とマイナス方面の話を引き出してしまう“ネガティブ西川”なんですよ。
西川: じゃあその芸名で、もう一度、「R-1ぐらんぷり」に挑戦……なんて、しませんって!
とにかく、「放火犯は見つかったんですか?」と聞くと、「見つかった!」と。そこで会場が拍手になって、僕が「犯人はどういう人だったんですか?」と聞いたんですね。ここからですよ、驚く展開は。なんとその利用者さんは松本くんを指さして「こいつ!」って言うたんです。それもふざけてるわけじゃないんです。いかにも、いま思い出したみたいな真顔で。さっそく僕も乗っかって、「やったんかい!」と松本くんに言うと、それがまたドカンと受けまして(笑)。
松本: 僕のほうも「僕はやってないですう〜」って(笑)。
笑ったっていいんです
――なにやら演者も楽しそうですね。
西川: はい。こちらからいろいろと聞くと、なにかしらびっくりするようなことが返ってきますから。
松本: 僕も楽しませてもらっています。「認知症の人を笑ったら失礼やんか!」と言う人もいるかもしれない。でも思うんです。たとえば、一緒に道を歩いていた西川くんがコケたら、「何してんねん。ほんまにびっくりするわ」みたいに、西川くんが恥ずかしいだろうなと思っていることを、笑いに変えますよね。
利用者さんも同じです。失敗しても別にそれくらいいいよ、みたいな感じ。だから笑ったっていいんじゃないかと僕は思いますね。失敗を笑いに変えるのがプロの技術です。ちゃんと笑いを作れば、利用者にも通じるんだということがわかりました。見ていると、認知症の家族の人も「それ言うの5回目!」とかツッコんで、絶妙な笑いに変えていますからね。そこには愛があるから、踏み込んでも大丈夫なんだと思います。
――この活動を始めてから、認知症に対する考えが変わったことはありますか?
次長課長・河本準一さん(以下、河本): 昔からじいちゃん、ばあちゃんと一緒の環境で育っているので、基本的には変わっていません。でも、施設をまわり始めて最初のころは、「これ、笑いにしていいのか?」と迷うことはあった。だって、たとえば町の往来で認知症の人がワーとなっているとき、近寄ってツッコもうと思う人はいないですよね。よっぽど自分の身の回りで経験があれば別ですが、多くの人はどうしていいかわからないでしょう。でもそうした迷いは、いまはほとんどなくなりましたね。
松本: 僕は、認知症の人がより近しい存在になったと感じます。ただ、資格の勉強で学んだのは、接し方というのは認知症のタイプによって対応が違ってくることがある、ということ。だから、気を付けないといけないなと肝に銘じています。楽しませ方も、いつもの舞台みたいにトップギアで行くのではなくて、まずは「仲間ですよ」と打ち解けながら、固くなった氷を溶かしてから入るように心がけていますね。
西川: しゃべりかけると、みなさんから、なんだかんだ答えが返ってくるので、実はしゃべりたいんだな、というのが発見したことのひとつです。なにかしら突破口を作れば、「そうそう私も……」とか、「いや違うだろう、それは」とか、次々といろんなことを話してくれる。
僕らの大喜利よりはるかに面白い
河本: 僕ら、いつもは見せるほうですやん。でも認知症の利用者さんに対しては、聞き手に回るというのが鉄則ですね。で、西川くんが言うように、認知症の人を話題のなかで取り込んであげると、本人も、まわりの人もみんな笑うんです。
たとえば、「おばあちゃん、今日は何曜日だっけ?」と聞いたときに「カレーライス〜」と返ってくると、みんな大笑い。で、「そうか、カレーか。月、火、水、木、カレー、金……ん?カレー曜日なんてあったっけ?」みたいに展開できたら、ものすごく面白うなってくる。僕らの大喜利なんかより、はるかに面白いこともあります。芸人としても、お笑いの「間」の勉強になるところは大きいですね。
松本: なりますねー。
河本: だからイジってええねん、ということじゃなくて、それより「仲間でいいやん」と。少なくとも、ここからここが認知症の人たちのブロックです、と区別するのは違う。だって、僕らと同じなんやから。キレちゃったら終わりなんですよ。カレー曜日のギャグなんて、新喜劇の原点みたいでしょ。介護施設で、ものすごく上等な天然物の新喜劇の原点を見た、みたいな。
――最後に、ご自分が認知症になる日のことなんて、考えることはありますか?
河本: うちの奥さんの物忘れが激しすぎるので、わりと、夫婦のどちらかがなったらどうする?という話し合いをしています。でもいま言ったように、若いときからボケた自分を振り絞って作っていた芸人が、今度は天然物で戻ってこられる可能性もある。てことは、認知症になったら活躍の場がかえって増えるんちゃうか、これ。
西川: 僕は、自分が認知症になることは1ミリも考えたことがないですね。
河本: うん、それが普通の人のもっとも多い答えじゃないかな。ネガティブ西川くんなのに、ポジティブというか。
松本: 僕はちょっと怖い。ほんまに認知症のウワサがある先輩の師匠もいますから。どんどん尾ひれがついて、どこまで本当かわかりませんけど。
河本: あー、あの師匠、こないだ自分の出番もないのに劇場でバッチリ衣装着て座ってたで。
西川: いや、あれは早めのスタンバイだったんですよ、きっと。出番の1日前って早すぎますけど(笑)。
河本: え、なに。じゃあ、僕が認知症になっても、そうやって遠目に見るだけで、ほったらかされるんじゃないの? お前らイジってくれへんの?
西川・松本: イジります、イジります!
(編集協力/ Power News 編集部)
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【お笑い芸人が認知症になったら……?】