編集長インタビュー

「高齢者=認知症=死亡事故」という新たな偏見をなくしたい

結成から間もなく40年を迎える公益社団法人「認知症の人と家族の会」(本部:京都市)。代表理事・鈴木森夫さんへのインタビュー後編は、今後の展望や「認知症新時代」に向けた社会のあるべき姿へと、話が広がりました。 (前回はこちら)

(聞き手・なかまぁる編集長 冨岡史穂)

冨岡 2017年に代表理事に就任され、新たな発見もあると思います。「認知症の人と家族の会」には、どのような課題がありますか。

鈴木 世話人(役員)の平均年齢が高いのですが、それぞれの人が役割と生きがいを持って、いきいきと活動できればいいと思っています。ただ、時代に合う活動をしていこうとすると、若い人たちの視点も大事ですし、どう取り入れるかは一つの課題です。

毎年、各県持ち回りで全国研究集会を行っていて、今年は福井で開催しました。豪雪のため、準備に集まることができないときに、若い世話人さんから「テレビ会議をやったらどうか」と提案があって。戸惑いもありましたが、やり始めたらみんながそれに慣れ、十分に会議ができました。発想と道具さえあれば、年齢に関係なくいろいろと面白いことができます。

それから会報だけでなく、ホームページやツイッター、フェイスブックも使い始めています。入会するきっかけを会員に聞くと、ホームページが多くなってきていますからね。

次の世代は、介護から「老い方」を学ぶ

冨岡 会は1980年1月の結成ですから、間もなく39周年。40周年に向けての動きはありますか。

鈴木 「介護をしてきたことは、自分のプラスになった」と介護者からよく聞きます。介護はネガティブなことばかりではない、というところも大事です。何より、次の世代の人たちが、どのように老いを迎え、どう生きていけばいいかを学んでいるわけですからね。そのようなことを、皆で語り合える40周年になればいいかな。

会が発足してからほぼ10年ごとに、会員を対象に調査を行っています。認知症本人やご家族の暮らし、思いがどうなのか、質問項目をなるべく同じにして聞きます。40周年に絡めて、認知症の人やご家族の大変なこと、また良くなってきたことの実態を明らかにできれば、と私は考えていて。会員数1万1000人を超える、ボリュームのある組織ですからね。

編集長インタビュー02

鈴木 もう一方で、国は今、認知症本人を中心に取り組んでいて、それはすごく大事なことですが、若干、家族が取り残されているように感じます。外国にある「介護者支援のための法律」が日本にはないとも聞きます。法律だけの問題ではないですが、介護する家族の支援を、もう一度きちんと世の中に訴えていく時かなとも思っています。特に軽度の人の介護保険が、どんどん使いにくくなっていますので。

2000年に介護保険ができましたが、家族の会としては、「介護の社会化」といって、家族だけでは担いきれない介護問題を社会全体で支援する仕組みを作ってほしい、と訴え続けてきました。介護家族の中には、(介護におわれて)自分の体のことまで配慮できず、がんが進行し、(介護する側が)先に亡くなるという人もいます。会では認知症本人のケアとともに、家族のケアも大切だとずっと訴え続けています。

苦しみながら、運転問題にも切り込む

冨岡 国への要望は。

鈴木 今、2018年度版の要望書を準備しています。厚生労働省だけでなく、いろいろな省庁に出さないといけない時代だと思います。例えば、高齢者の自動車運転の問題もそう。難しい問題ですが、「認知症の人と家族の会」としても、苦しみながら見解を出そうとずっと議論しています。

いまの道路交通法では、認知症という診断を受けたら、非常に軽い状態でも、運転はできなくなります。そこに賛否両論があるわけですが、本当にその人がまだ運転ができるかどうかを判断する、そういう指標が(制度として)今はないわけですから、家族の会としては、認知症になったら、車の運転はできるだけ止めてほしいという思いはあります。

ただ、高齢者=認知症=死亡事故ととらえられ、新たな偏見を生んでいるところがあり、これをなくしたいと考えています。それと同時に、運転をやめたあとの暮らしをどうするかという問題もある。これは突きつけられると厳しい問題です。でも乗り越えていかないといけない。

家族の会にも様々な立場の人がいて、「(認知症の人は)絶対に運転してはいけない」と言うべきだという声もある。一方で、認知症の人の尊厳に光をあてる流れの中では、全部ひとくくりにして「ダメ」ではなく、運転も含めて、認知症の人ができることをきちんと認めていくべきだという声もある。

もっと言うと、車がないと生活できないような地域をどうするのか。認知症になって、急に車に乗れなくなって困るのではなく、もっと前からだんだん、運転しなくても暮らせるようになる社会にしていかないと。

認知症をきっかけに、日本の価値を考える

認知症の問題はある意味で、これからの日本が、どこに価値を置いていくかを考える大事なきっかけになるのではないでしょうか。たとえばリビングウィルや終活が注目されていますが、最期の延命措置をどうするかという問題でも、認知症が関わるとさらに複雑になる。症状が進んで意思確認が難しくなったときにどうするか。

人生100年時代に社会が突入する中で、認知症の問題は、だれにとっても避けて通れない問題になりつつあります。これはある意味で、家族の会がずっと言い続けてきたこと、つまり認知症になっても安心して暮らせる社会をどうつくるか、という問題なのだと思います。

けっして、治療法や予防が見つかって、認知症という病気がなくなることをあきらめているわけではありません。一方で、認知症になっても安心して暮らせる社会も、あきらめたくない。認知症の治療法が見つかっても、身内が老いていくなかで、出会うつらさとか、悲しさとかは変わらないかなと思いますし、それを共有する場として、この会は求められていくのだと思います。

編集長インタビュー01

冨岡 介護は、先に年老いていく先輩方から生き方とか、死との向き合い方を学ぶ貴重な機会だという考え方に基づいているのですよね

鈴木 そうですね。そして、いまは認知症でない人たちも含めて、認知症を正しく理解をしてもらいたい。認知症になった最初の時期に、家族の対応がよければ、認知症本人との関係が悪くならずに済むんですよ。

最初の頃、家族はよく分からないから、「何でこんなことするの?」と本人を問い詰める。それは本人にも家族にとってもプラスではなく、進行を早めることになりかねません。今、認知症と診断された直後で、まだ介護保険が必要とならない時期の支援をどうしていくかが注目されています。本人の支援も大事だけれど、同時に戸惑いと不安の中にいる家族も、介護の仲間に早く出会い、余裕を持って対応できるようになることが必要です。

認知症になっても働き続けられる世の中に

冨岡 認知症のご本人には早期診断と支援が大切だとは頭の中にありましたが、その家族も、早い段階で仲間に会うことが重要なのですね。

鈴木 以前から、家族にとっても最初の時期が非常に大事といわれているのでね。それから、認知症と診断される前に、いろいろな不安や職場でのトラブルから、仕事を辞めてしまう場合があります。特に定年が近い場合は、無理してまで働き続けることはないからと。

ただ、今の世の中、年金の支給開始年齢がどんどん上がっています。仕事の中でトラブルが多少出てきても、働き続けられる世の中にならないと。認知症になったからといって、すべてがダメになるわけじゃない。衰えるところも、保たれるところもありますから。その人のいいところを生かしながら、社会全体の中で支えていく。認知症は他人ごとではなく、いつ誰がなるか分かりませんからね。

「親身になること」が価値を持ち続ける

冨岡 最後の質問ですが、今「認知症1000万人社会」「認知症新時代」と言われ、一つの節目にきていると思います。その流れの中で、会はどういう存在でいたいですか。

鈴木 私がずっと思ってきた、「家族の会」で大事なことは、「親身になること」かなと思っています。会員たちが自ら経験してきたからこそ親身になれるということもありますし、専門職として相手の立場になって考えることの大切さでもあります。

家族がだんだん少なくなっている時代ですから、地域の中で親身になってくれる人たちが周りにどれだけいるかで、自分の最期がどうなるかが変わります。そういう意味でも、「家族の会」がずっとやってきたことが価値を持ち続けていくと考えています。

鈴木森夫(すずき・もりお)
1952年愛知県生まれ。74年愛知県立大学卒。愛知県や石川県内の病院で医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャーとして勤務。精神保健福祉士。84年に「呆け老人をかかえる家族の会」石川県支部の結成に関わり、事務局長、世話人として活動。2015年に「認知症の人と家族の会」の理事、17年には代表理事に就任した。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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