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認知症の人にアートな刺激を「表情が変わる」 家族も楽しむアートの旅

アートリップリタッチ

認知症の人たちが、美術館に出かけて、アート作品を鑑賞しながら話し合う取り組みがあります。「アートリップ」と呼ばれるアートの旅をイメージしたプログラムです。どのような内容で、進められるのでしょうか?会場の様子を見てきました。

「この絵をご覧ください。何が描かれていますか?」。

東京・新橋のパナソニック汐留ミュージアムで開催中のジョルジュ・ルオー展で、認知症の人5人に、進行役の林容子さんが質問しました。

「家族がいる」「黒っぽい帽子をかぶった人がいる」「夕日かな」「下を向いている人がいる」。少しずつ答えがあがります。

アートリップリタッチ
ジョルジュ・ルオー展で開催されたアートリップ。参加者は身近に絵画を見ながら、進行役と話していきます

林さんが「どうして下を向いてるんでしょう?」と、さらに問いかけます。ある男性は「悩んでいるんじゃないかな。恋に悩みながら、おなかもすいている」と話すと、ほかの参加者から笑い声もあがり、場の雰囲気が和らぎました。別の男性は「難民のような感じがする」と答え、さらに会話が膨らんでいきました。

アートリップとは

このアートリップは、一般社団法人「アーツアライブ」が実施しています。認知症の当事者が、アート作品を見ながら、「アートコンダクター」と呼ばれる進行役の質問に答える形で対話を重ねていく鑑賞プログラムです。この日のアートコンダクターを務めた林さんはアーツアライブの代表で、国内外で様々なアートプロジェクトを手がけてきました。

プログラムは美術館や高齢者施設を会場に、約1時間かけて、絵画を4~5点鑑賞します。2011年から始まり、国立西洋美術館で毎月1回実施するなど、これまで450回以上が行われてきました。

アートと認知症に注目したきっかけは

このアートリップについて、アーツアライブで代表を務める林容子さんに詳しく話を伺いました。

――どんな活動から始まったのでしょうか。

1999年から、福祉の現場にアートが必要だと考え、アーティストや学生たちと施設に滞在しアートを制作する活動をしてきました。

アートリップリタッチ
アートリップで進行役を務める林さん

ある施設を訪れた時、職員から「ここは痴呆棟(当時はまだ認知症という言葉が無かった)だから見なくていいですね」と言われました。どんなところか分からず、それでも見せてもらったところ、カーテンも観葉植物もなく殺風景。驚きましたが、学生たちの「ここでこそアートを制作したい」という思いから始まりました。

下を向いて歩く高齢者が多かったので、彼らの目に入るように、床に絵を飾ったところ、踏みつけずに立ち止まって見てくれるようになりました。これが認知症とアートの関係に目を向けるきっかけになりました。

アートリップリタッチ
アートリップで話す林さん(中央)。参加者と目を合わせながら質問していきます

――当初はアートを制作する取り組みだったんですね。

認知症とアートの関係についてより考えを深めようと考えていたところ、ニューヨーク近代美術館(MOMA)で、認知症の本人たちと対話するアート鑑賞プログラムに出会いました。

例えば、認知症の本人たちが、進行役と一緒に、シャガールの名作「私と村」を鑑賞すると、自分が育った村の思い出について話し出しました。本物の作品を見るインパクトは大きいんですね。日本でも是非やりたいと思いました。

アートリップリタッチ
アート作品がある空間で進められるアートリップ

制作活動では、開催回数や出入りできる施設が限られたり、施設の職員の負担になったりするなどの課題がありました。鑑賞プログラムなら、進行役を養成することで、多くの人にアートに触れてもらえることができます。制作が苦手な方も気楽に鑑賞していただけるのではないかと考えました。

最初はMOMAのプログラムを邦訳し、2011年、ブリヂストン美術館で初めて開催しました。その後日本向けに改良したのがアートリップです。

アートリップ
介護施設で行われたアートリップ。絵画はプロジェクターで映し出されます

――「アートリップ」の特徴は何でしょうか。

アートセラピーとは違い、純粋にアートを通じた楽しく知的な会話や交流を楽しんで頂きたいと思っています。最初は言葉が出なくても、アートコンダクターが質問するうちに、認知症の方の表情が変わったりして、何かを感じて頂いていると感じます。

アートを鑑賞することは認知症の進行を遅らすと言われている知的な刺激になります。美術館に行けない方に向けては、施設でプロジェクターを使って作品を投影するなど、開催方法を工夫しています。

認知症の人がいる家族も参加してほしい

アートリップリタッチ
アートリップでは、認知症の当事者と一緒に家族も参加します

――認知症の方の家族も参加されていましたね。

実は家族のためでもあるんです。参加者の一人として対等に発言して楽しんで頂き、息抜きになったらと思っています。一方で、普段とは違う認知症の家族の姿をご覧いただける機会です。介護のヒントにもなると言われているので福祉施設の職員にも積極的に参加して欲しいですね。

――アートコンダクターはどのような人がなるのでしょうか。

認知症の方の話を引き出す「アートコンダクター」は養成講座を受講し、試験に合格すると、認定される仕組みです。認知症の家族がいる人や、介護関係者ら、これまでに約200人以上が受講しました。アートコンダクターには、旅の添乗員という意味を込めており、参加者のアートの旅に寄り添う存在として、養成しています。

詳細はアーツアライブのホームページへ。国立西洋美術館でのアートリップは毎月第3水曜日に実施されています。次回は12月19日に予定されています。

パナソニック汐留ミュージアムで開催中のジョルジュ・ルオー展129日まで。今回のアートリップは休館日に行われました。

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