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アガワ式 認知症との向き合い方

母が認知症になったから分かったこと 阿川佐和子さんと介護3

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認知症の母との体験も踏まえた小説『ことことこーこ』(KADOKAWA)を上梓したばかりの阿川佐和子さんに、「アガワ式 認知症との向き合い方」を聞くシリーズ、第3回です。

「徘徊」するのは、その人なりの理由や目的がある

今回の小説で阿川さんは、主人公・香子の母で、認知症になった琴子の視点での描写に挑戦しています。

「以前、番組のゲストでいらしたお医者様に『徘徊する人は、徘徊する理由があって歩いているのです』と言われて、ハッとしたことがありました。誰かを探しにいくとか、何かを取りに行くとか、その人なりの理由があるんですよね。途中で行き方が分からなくなったりして混乱してしまうだけで。(描写は)もちろん想像でしかないんですが、そうした本人の立場に立って書いてみたいと思いました」

認知症による本人の変化は、家族に心配や不安をもたらしますが、特に初期は、「本人がもっとも戸惑い、苦しんでいるということを周りは理解する必要がある」と阿川さんは言います。

こんな体験がありました。あるとき、几帳面な母親の部屋が、雑然としていることに阿川さんたちは、気がつきます。

「一体いつからこんなになってたの?っていうぐらい部屋中にものがあふれていたんです。母は父の秘書係みたいなこともやっていましたから、事務的な書類をきちんと整理していたんですけど、それがもうぐちゃぐちゃになっている。何もかもを紙袋に入れて『keep』と書いてあるのですが、その中身を見ると、もう絶対に要らない領収書とか、終わったバーゲンの通知とかなんです」

捨てようとした阿川さんに「『やめてやめて』と最初は怒ってね。『私がやるんだから放っておいてちょうだい』と、ものすごく機嫌の悪くなるときもありました。母が見ていないうちに弟と2人で紙袋を5つぐらい持ち出しては仕分けして捨てました」

大事なものを子どもたちで管理しようとすると、「私の判子を勝手に」と腹を立てたり、郵便物をしまい込んで税金の申告書類が見つからなかったり、「銀行からおろした10万円が見つからない」と大騒ぎしたら下着の間から見つかったり……。大事なものだからこそ自分で移動させる。だけどそれがわからなくなることで、本人も混乱し、イライラする。

「それも気にならなくなる時期が次の段階としてやってきますが、本人の行動に目的や考えがあるのだということは、やはり少なくとも最初のうちは大事にしていかないといけないことなのではないかなと、その経験から思うんです」

亭主関白だった父が、母に手を差し出して握手 母が認知症になったからこそ見えた深い思い

作家である父の阿川弘之さんは転倒をきっけに3年半の入院生活を送った後、2015年8月に94歳で逝去しました。残されたお母様は、子どもたちと、かつて住み込みのお手伝いだった「まみちゃん」に支えられながら、現在は穏やかな生活を続けています。阿川さんの介護生活は6年目に入りました。

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「つらいだけじゃない発見もあるんですよ。父は相当な亭主関白で、母も『私は誰のために生きているのかしら』と嘆いていたくらいだったんです。でもね、いざ入院してみると、父は『今日は母さんは一緒じゃないのか』『母さんの心臓はどうなのか』とすごく母を気遣うんですよ。見舞った母が帰るときに『お前も大事にしろよ』と言いながら『握手』なんて母に握手を求めてね(笑)」

あとで自宅に戻ってから、「『母さん、今日父さんに握手を求められてたけど、嬉しかった?』って聞いたら、『今さら!』なんて照れちゃって(笑)。父は父なりに母への思いが本当に深かったのだということも、こんな状態だからこそわかったわけで、そういうことにも救われました」

最近は、いずれ自分も介護を受ける側に、と思うこともある一方で、あまり先のことまで考えても仕方ないとも話す阿川さん。「振り返ってみれば、実際に介護を体験していない頃のほうが、外から聞こえてくる情報に接して気持ちが暗くなっていました。『介護ってこういうこと? ムリムリ! 私にはできない』と、まだ見ぬ将来を恐ろしく感じるばかり。でも、実際始まってみたら、一つ一つに対処していくしかなくて、何とか乗り越えるんですよね」

阿川さんなりの、「看られる力」に大切なものも見えてきているのかもしれません。
「そりゃあ今でも(介護をして)『報われないな』と思うことはありますよ。でも、やはり明るい面を見つけて過ごすことが、看られる側にとっても看る側にとっても、結局は幸せなのじゃないか。そんなふうに思うんです」

(終わり)

阿川佐和子さん アガワ式 書影 新
阿川佐和子さんの最新刊『ことことこーこ』(角川書店、1,620円税込み)
阿川佐和子(あがわ・さわこ)
1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。テレビ番組のキャスター、エッセイスト、小説家として活躍。08年『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。12年の新書『聞く力 心をひらく35のヒント』は年間ベストセラー第1位に。14年菊池寛賞、18年橋田賞。最新刊の新書『看る力 アガワ流介護入門』(共著)では、父親の主治医と対談をまとめた。

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