「一人暮らしで認知症になる人だっている」グラス片手に語った人は
取材/朝日新聞編集委員 清川卓史
認知症の人も、そうでない人も、飲み仲間として語り合える。そんな飲み会が「誰でも居酒屋」だ。東京・池袋周辺で月1回。会費は3千円、お酒は2~3杯まで。小ぶりの飲食店を貸し切りで、という日が多い。いろんな人が顔をだして、結構繁盛している。
一人暮らしの認知症
「一人暮らしで認知症になる人もいる。そのことを知ってほしい」
笑顔がやさしいひろゆきさん(53)が、グラスを手にし、まっすぐに私の目を見つめて語りかけてきた。はじめて私が「誰でも居酒屋」に参加した昨年春のことだ。
不特定多数の人に語りかけるのではない、目の前の私一人に向けて発した言葉。ずしりと重かった。
ひろゆきさんは、印刷関係の会社に長く勤めていた。深夜帰宅や徹夜が続く激務もこなしたそうだ。
仕事のミスが増えて「ちょっとおかしいですよ」と同僚から言われるようになったのは数年前。最初はうつ病と言われたが、その後の検査で認知症と診断された。
診断書の実物をひろゆきさんに見せてもらったことがある。
「症状は不可逆性で、予後は不良と考えられる」
そう書いてあった。医療の世界のことはわからないが、認知症の診断書ってこういう書き方になるのか、と思った。
ひろゆきさんは2年前、会社を辞めることになった。
転機は河川敷でバーベキュー
同じ病気の人がどうやって生活をしているのか知りたい、話がしたい――。
ひきこもっていた一人暮らしのアパートで、そんな思いが募った。
それを福祉関係者に伝えたら、「若年認知症いたばしの会ポンテ」(東京都板橋区)のチラシを持ってきてくれた。それがきっかけで、ポンテ事務局長で保健師の水野隆史さん(45)と出会う。
水野さんからポンテのバーベキュー企画に参加しないかと声をかけられた。このバーベキューに思い切って顔をだしたのが、ひろゆきさんの転機になった。
「あのとき荒川の河川敷で、ビールを飲みながら3年ぶりぐらいで心から笑って、様々な人と話をすることができたんです」
「それまでは毎日、誰とも話をせず、家の鏡で自分の顔を見るのもいやで見なかった から」
ポンテの催し、認知症の人や家族らが参加するランニングイベント「RUN伴(ランとも)」、当事者として語る講演会、そして「誰でも居酒屋」。ひろゆきさんは様々な催しに積極的に参加するようになった
「フェイスブックの『友達』が40人に増えましたよ」
年明けの「誰でも居酒屋」で、ひろゆきさんがうれしそうに報告してくれた。その前に会ったときは確か30人と言っていたような。少しずつ「友達」が増えている。
「認知症って、結婚して家族がいる人を前提で語られることが多いけれど、一人暮らしで認知症かも知れないって悩んでいる人が、たくさんいるんじゃないかと思う、自分のように」
ひろゆきさんはそう語る。
そんなひろゆきさんの得意技がある。料理だ。「誰でも居酒屋」の料理担当として、その腕を披露している。次はそのことを書いてみたい。