「認知症は諦めないことが大事」 地域で当事者と介護者の見守りを
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「認知症になっても、それぞれできること、やりたいことがあり、希望を持って自分らしく暮らし続けることができる」。こうした新しい認知症観のもと、市民公開講座「認知症の人とその家族がおだやかな毎日を過ごすために」が、7月12日、丸ビルホール(東京・丸の内)で開催されました。認知症の人や介護者、医師、自治体、それぞれの立場から、前向きな取り組み事例が紹介されました。
まずは、松本診療所(ものわすれクリニック)の院長としてカウンセリング中心の診療を行う、精神科医の松本一生先生の講演をご紹介します。
講演1「認知症の人や家族の安心とは」
医療法人圓生会 松本診療所(ものわすれクリニック)院長
松本一生先生
諦めるか、諦めないかで変わる病気の進行
今から35年前に私が精神科医になった頃、認知症と診断されることはとても不幸なこととして語られ、まるで一種のスティグマ(烙印)のように扱われていました。告知後に「できる治療はありません」と言われた患者さんもいました。
しかし、決して「なったらおしまい」の病気ではありません。診断がついた時点で人生が終わったと勘違いしないでほしいのです。「なってからが勝負」と言えるくらい、認知症は諦めずに向き合い続けることが大切だからです。
これまで私が診た認知症の人、約1万3,200人分のカルテを振り返ると、決して諦めなかった人は、諦めてしまった人と比べて、病気の進行が遅い傾向が見られました。その差は少なくとも5年、長ければ7〜10年に上ります。
もちろん、ただ楽観的になれと言っているのではありません。前向きな気持ちを失わず、心身の状態を安定させることが、悪化の抑制につながることもあるのです。だからこそ、私は「なってからが勝負」という言葉をモットーに診療を続けています。
また、かつて認知症は、自覚がないものと考えられてきました。しかし私の臨床データでは、初めて診療に来られた患者さんの約6.5割に「自分はもしかしたら認知症ではないか」という病識・病感があり、彼らは不安や恐怖、孤独感、寄る辺なさを訴えていたのです。私は精神科医として、そのつらさや悩みに耳を傾け、寄り添ってきました。
不安や恐怖の中に長くいると、認知症の「行動心理症状(BPSD/周辺症状)」が出てきやすいと言われています。「幻覚」「情緒不安定」「もの盗られ妄想」などがこれに当たります。
以前は、まず「もの忘れ」「判断力の低下」といった「中核症状」が現れ、その後に「行動心理症状」が出てくる、と考えられていました。しかし現在、3人に1人ほどの確率で、認知症の初期から中核症状だけでなく行動心理症状も出てくることが分かっています。
認知症は、医学的な脳の変化、本人の心理状態、置かれた社会状況からも、大きな影響を受けます。これは「バイオ(体)サイコ(心)ソーシャル(社会)」と呼ばれる考え方です。認知症の人に行動心理症状が出た時に、薬で抑え込むのではなく、まず本人が安心できる環境を作ってあげる。これにより、症状が落ち着いてくる例も多いのです。
第二の当事者である「家族」の心を支える
認知症の第二の当事者は家族です。本人より病気を分かっていて、そして本人の困った症状に悩み、心に傷を負っている人も多くいます。
人が心に受けた傷を回復していく過程には、「驚愕」「否認」「怒り」「うつ」「適応」「再起」という6段階があると考えられます。認知症の人の家族の場合、「驚愕」は最初に認知症と診断された時の驚きを示します。その後、それを忘れたかのようにふるまう「否認」の段階が来ます。例えば、父親が認知症と診断されても、それを知っているはずの息子さんは「いや、親父は認知症じゃない」と否認するのです。この時期は長く続くことがあります。
そのうち本人にさまざまな症状が出てくると、家族は否認できなくなってきます。すると次に出るのは「怒り」です。自分だけで介護をがんばろうとすると、抑え込んでいた怒りで「うつ」状態になってしまう可能性があります。認知症の人に対する家族の不適切行為、いわゆる「虐待」は、介護に熱心な家族が孤立し、追い詰められた結果起こることもあります。
本講座のような場や「家族の会」などのコミュニティに参加して、病気を理解してくれる人たちに話を聞いてもらい、不安や怒りなどの気持ちを解消することが大事です。
家族の気持ちのケアがうまくいけば、「適応」の段階になります。これが今回のテーマでもある“おだやかな日々を過ごせる状態”です。しかし、本人に新たな認知症の症状が現れると、驚愕や否認の段階に戻ることもあります。その繰り返しです。だから認知症の初診時は、ご家族の内的世界が否認なのか、怒りなのか、それとも揺れているのか、段階を考えながら支援することを意識しています。
次の「再起」は、本人を見送った後、傷ついた家族の心が元に戻っていく段階です。7〜8年かかる人もいますが、再び前を向くことはできます。家族の会の活動は、それを支援するためにあると考えています。
家族の介護では、多くの場合、介護者と本人の間にある「積み残し」の清算が行われます。子どもの思春期などにあった親子の葛藤や感情的なわだかまりが、もう一度顕在化するのです。介護者はその積み残しを無意識のうちに解消しようとして、必要以上に一人でがんばってしまいます。
地域で見守ることの大切さ
家族間に積み残しがある場合、介護者が自分で介護できなくなると介護施設やケアのプロなど他者への要求水準が高くなってしまうこともあります。そのため、介護者自身もそれを認識しておく必要があると思います。
そして、さまざまな課題を抱える家族を孤立させないための施策が「地域包括ケア」です。具体的には、本人が住み慣れた地域(今の自宅や生活圏)で、できる限り自立した生活を続けられるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援などを、行政や医療機関、介護事業者、ボランティアといったさまざまな担い手が連携して支えていく仕組みです。本人、家族、地域の人々みんなが安心して暮らせることを目指します。
本人や家族の中には、周りが支援しようとしてもケアを受けない「セルフネグレクト」と呼ばれる状態の人もいるでしょう。この場合、地域の人々にできることは「関与しながらの観察」です。これは、精神科医のサリヴァンが提唱した「臨床態度」を指す言葉で、直接何かをしなくても、みんなが対象者のために話し合い、目を注ぎ続けることで、何かあった時にすぐ対処できるという考え方です。
我々は決して無力ではなく、ともに歩むことができる。地域全体で連携し、認知症の人や家族の孤立を防ぐことが、おだやかな毎日につながると思っています。
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