夫婦のお出かけ中にトイレで立ち込めた暗雲 吹き飛ばしたうれしい出来事
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
夫との、楽しいお出かけ中。
たいへん!共用トイレがない!
大きな商業施設だからあるはず、と油断していた。
というのも、認知症が進みつつある夫は、トイレで介助が必要。
便器の正面に立つことも、ひとりで陰茎を取り出すことも、
夫には困難が伴うからだ。
「トイレどうしよう……」と、
夫はもう、我慢の限界も近い。
楽しかったはずの1日に、暗雲が立ち込めた。
仕方ない。
まずは、夫にひとりで男子トイレへ偵察に行ってもらった。
詳細を伝えるのは苦手な夫だが、
それでも、なかにいた男性に簡単な了解をとってきた。
どうやら、先客がひとりだけいるらしい。
「すみません、夫に介助の必要があるので、私も入らせていただきたいんです」
私は入り口から、男子トイレに声をかけ、状況を説明した。
すると、
「もう僕は終わりましたので、構いませんよ。どうぞ!」と、
男性の返答があった。
「ありがとうございます!」
私は、男性の気遣いに安堵(あんど)しながらも、
恐縮しつつ男子トイレに入室し、夫の介助をすますことができた。
夫も安心して、用を足している。
そんな夫を背に、目線を上げれば、
先に出た男性が、離れたところで見守ってくれているではないか!
きっと、男子トイレに誰か来ないかを気をかけてのことだろう。
陰りそうになった1日に、みるみる青空が広がる。
誰かのやさしさが広げてくれた、どこまでも澄みわたる青空が。
トイレ介助が必要な人が、異性と出かける時に、いの一番にチェックすること。
それは、行き先の共用トイレの有る無しです。
つまりそれくらい、共用トイレの数はまだまだ少ない。
きっと皆さんもその在りかが思い浮かぶのは、駅か大型の施設ぐらいではないでしょうか。
誰もが普通に使う、喫茶店も、映画館も、飲食店も、共用トイレは、なかなかないのが現状です。
なので、今回とりあげたお話のように、
トイレ介助が必要な人と介助者がやむにやまれず、周りに頭を下げながらトイレを利用しなくてはならない状況は、実は各所でたびたび起こっている事態です。
そしてこれは、認知症が進行して介助が必要となった方だけでなく、
年齢を重ねれば誰もが遭遇するだろう問題なのです。
私も異性のトイレ介助をする機会がよくあるのですが、
男子トイレに入る場合は、できるだけ周りに恐縮しすぎず、そしらぬ顔をするようにしています。
なぜなら私が申し訳ない顔をしていたら、
介助される本人が、余計にいたたまれないだろうと察するからです。
また店舗ならば、店員さんに事情を説明してサポートを求めるのも一手です。
その場合にも、私は「認知症があるから」などと、その介助の理由を私の口からのべないようにしています。
なぜなら、そのことを他の人に伝えるかどうかを判断できるのは本人だけだと思うからです。
そんな様々な思いが重なるなか、異性の私のぶしつけなお願いにもかかわらず、
「なにか事情があるのでしょう。
お互いさま、どうぞどうぞ」と、
言葉にされずとも、周りに受け入れていただけたとき、
安堵し、心より感謝があふれます。
認知症がある人と家族にとって、町はまだまだ障害だらけ。
でもすれ違う人の小さな親切が、
実はそんな生きづらくなりがちな誰かの背を、どんなに力づよく押してくれていることか。
そういったやさしさが、もっと広がっていけばいいなと願っています。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》