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認知症のある人の暮らしの中でタブレットをもっと活用してもらおう LIMNOのヘルプタブレットプロジェクト

LIMNOで「ヘルプタブレット(仮称)」プロジェクトを進めているメンバーのみなさん

遠隔通信教育やカラオケリモコン、飲食店での注文用端末など生活の様々な場面で活用されているタブレット。認知症がある人にももっと暮らしの中で活用してもらおうと、タブレットや通信機器の開発製造を手がける株式会社LIMNO(本社・鳥取市)が、「オレンジイノベーション・プロジェクト」として経済産業省が推進する「認知症当事者参画型開発」の一環で、認知症の人の生活をサポートするタブレットの開発に取り組んでいます。プロジェクトで活躍しているのは、最年少は19歳という若手メンバーたち。認知症の人との意見交換会は、若い人々が、これまでもっていた認知症の人へのイメージを一変させる機会にもなっているようです。

幼児からシニアまで暮らしを支えるタブレットを

LIMNOでは、主力のアンドロイドOSタブレットは年間70~80万台出荷。特に通信教育用タブレットは、累計500万台の出荷実績を誇ります。「ひとりひとりに どこまでも寄り添い ときめく未来をデザインします」を経営理念に掲げ、幼児からシニアまで生涯のそれぞれの段階で暮らしを支え、役に立つタブレットやソフトウェア開発に取り組んでいます。
「国内自社工場で、商品企画から設計、製造、保守まですべてのバリューチェーンを保持している。だからこそ、ユーザーの要望を聞き、トライ&エラーをしながら素早く製品開発できるのが我が社の強み」と木村裕一・代表取締役社長は語ります。

きっかけは オープンイノベーション拠点V.co-Lab

カフェのような雰囲気のオープンイノベーション拠点V.co-Lab=LIMNO提供
カフェのような雰囲気のオープンイノベーション拠点V.co-Lab=LIMNO提供

そんな同社が、認知症の人と関わるようになったきっかけは、自社の敷地内に残っていた100年以上前に立てられた木造建物をリノベーションし、地域の人々も集えるオープンイノベーション拠点として「ビジョナリーコラボレーションセンター」を2022年6月に開設したことでした。このセンターは、略称V.co-Lab(ブイコラボ)と呼ばれ、企業関係者に限らず、地域の人々も会合の場などとして利用することができます。おしゃれなカフェのような空間にコーヒースタンドなどが設けられていることも好評で、開設から1年で延べ350回超、約3300人が利用しました。

そうした中で、鳥取市中央包括支援センターの認知症地域支援推進員の金谷佳寿子さんが同社と地元の認知症の人とのつなぎ役となり、ブイコラボで同年6月15日に「認知症本人ミーティング」が開かれたのが、始まりでした。
鳥取県では2017年から、認知症ご本人のみなさんが主体的に語り合うことでより良い暮らしをつくっていこうと、認知症本人ミーティングが開かれていました。LIMNOもまた、より良い暮らしづくりに役立つようにと製品開発に取り組んでいました。“より良い暮らしづくり”という目的に共通性があったことから、一緒にミーティングを開こうということになったのです。金谷さんは「認知症本人ミーティングの場が、企業や若い人など色々な人が出会い、一緒に話せる場になれば良いなと思いました。認知症ご本人にとっても、様々な人と話せる場は、社会参画の場になると思います」と話します。

人の気持ちに寄りそう みんなにやさしいタブレット Funity=LIMNO提供
人の気持ちに寄りそう みんなにやさしいタブレット Funity=LIMNO提供

まさに、同社では、「人の気持ちに寄りそう みんなにやさしいタブレット」をコンセプトにした新製品「Funity」を開発しているところでした。“みんなにやさしい”の中には、当然、“高齢者にも使いやすい”が含まれています。このため、24時間充電をし続けても電池が膨らんだり発煙・発火したりしない安全性や、人の存在を感知できる人感センサー、将来的なヘルスケア分野との連携を視野にマイナンバーカードを読み取ることができる非接触カード読み取り機などを搭載して開発を進めていました。けれど、実際に高齢者の方々にとって使いやすいタブレットになっているのかについては、開発メンバーも手探りの状況でした。そこで、認知症本人ミーティングの場で意見を聞くことにしたのです。土橋勉・経営企画部部長は「認知症本人ミーティングとご縁ができ、ブイコラボでの出会いから製品開発へと進むことになりました。当初想定以上に具体的かつ急速な展開でした」と振り返ります。

まずは、ハードウェア(機器)の開発から 

2022年6月15日に開催された第1回意見交換会=LIMNO提供

2022年には、初回の6月15日に続き、10月19日にもブイコラボで認知症本人ミーティングのメンバーとの間での意見交換会が行われました。
これらの2回の会では、開発中のタブレットを認知症のご本人に使ってもらい、使用感と機能に対する意見を聞いたところ、率直な要望が次々と寄せられました。

【使用感に関する主な意見】
・情報が多いと内容が理解できない。忘れてしまう。
・文字、アイコンが小さくてみえない
・きつい色(発色の強い色)は疲れる
・文章の行間が狭いと見にくい

【機能に対する主な意見】
・位置情報を家族と共有するのはよい。家族とのコミュニケーションのきっかけにもなる
・「趣味」と「忘れない(記録)」のために写真を撮ることが多い。カメラ機能は必要。
・タブレットは平置きよりも、スタンドがあった方が見やすい
・タブレットから話しかけてくれたよい

ただ、この時点では、まずは“高齢者にとって使いやすい”タブレットにすることが目標でした。寄せられた意見を踏まえて改善を加え、2023年3月ハードウェア(機器)としてのFunityが完成し、4月から量産を開始しました。

さらに、認知症のある方向けのタブレット開発を

ここで同社の歩みは止まりません。認知症のある方々の自分らしい生活をサポートする「ヘルプタブレット(仮称)」を、Funityのハードウェアを用いながら、さらに独自のソフトウェアを開発、搭載することで作り上げていくことにしたのです。このため、認知症本人ミーティングとの意見交換会は2023年に入っても継続され、5月17日、11月14日にも開催されました。こうした取り組みが評価され、同年11月には、経済産業省令和5年度ヘルスケア産業基盤高度化推進事業の「認知症当事者参画型開発 実践企業」に選定されたのです。

これまでに認知症のご本人から寄せられた声をもとに、「ヘルプタブレット(仮称)」では、
以下のような主な機能を搭載する方針としました。

【探す】大事なモノの場所のお知らせ:鍵や印鑑、財布などの大事なモノ(所有物)について、タブレットを操作することにより、所有物につけられたタグからブザー音を鳴らす
【カギ】遠隔鍵管理:外出先から鍵の開閉状態を確認でき、かけ忘れていた場合はその場で施錠できる機能
【帰る】帰宅支援:外出先から自宅までタブレットで道案内する機能。画面だけでなく、音声でもナビゲーションできる。
【くすり】服薬お助け:タブレットで薬の服薬状況を管理でき、飲み忘れている時にはタブレットから声がけがある。
【お絵かき】デジタル美術:専用デジタルペンを使って描画ができる。日本認知症予防学会より臨床美術療法として認定を受けている「臨床美術」(株式会社芸術造形研究所)のソリューションを活用予定。

また、MDM(Mobile Device Management)というシステムを用いて遠隔操作できるようになっており、タブレットに不慣れな人に対しては、操作が分からなくなったときには遠隔で必要な操作が行えるようにもなっています。

それぞれの好みに応じて 自分のタブレットになるように

専用ホーム画面を簡単に自分仕様に設定できます
専用ホーム画面を簡単に自分仕様に設定できます

2024年1月31日には、これまでの取り組みのまとめとなる意見交換会が開かれました。
認知症のご本人6人とその家族4人のほか、サポートや傍聴のために地元の地域包括支援センターの職員や県内の認知症の人と家族の会のメンバーなど約二十数人が参加しました。

「ヘルプタブレット(仮称)」の特徴の一つは、それぞれの人の好みに応じてホーム画面のUI(ユーザーインターフェース)とUX(ユーザーエクスペリエンス)を変えることができるという点。この日の会では、まず、タブレットに電源を入れ、専用ホーム画面の文字の大きさや音声の早さ、機能の要不要について設定していくことになりました。宅野慎二・事業企画部長は「自分自身のタブレットを作っていってください」と参加者のみなさんに呼びかけました。

タブレットの専用ホーム画面の初期設定について考えている認知症ご本人(中央)
タブレットの専用ホーム画面の初期設定について考えている認知症ご本人(中央)

ただ、認知症のご本人がタブレットの操作を始めようとしたところ「電源のボタンはどこ?」、電源が入った後も、しばらく画面を触らない時間があるとスリープモードになってしまって「どうすればいいの?」と戸惑う一幕も。そうすると、寄り添っていた同社の若い社員らが操作をサポートするとともに、認知症のご本人から率直に発せられる意見を聞き取って懸命にメモに記入をしていきました。
これまでにもタブレットを「急に触るのは壊してしまいそうで怖い」といった意見があったといいます。ソフトウェア開発部開発1課の福井楽々さんは「普段使いされていないものを触るには抵抗感や不安などを抱いてしまい、触るという行為に消極的になってしまう方が多いことがわかりました」と話します。このため、ボタンを押せば何ができるかを知らせる音声ガイダンスを組み込むように、すでに改良を加えてきましたが、さらなる改善の余地はありそうです。「目で見て、音で聞いて、何をしたら良いかを瞬時に理解してもらえるアプリを作っていきたい」と福井さん。

必要な機能とは何か? 異なるニーズを探る

必要度が高い機能についてのヒアリングの様子
必要度が高い機能についてのヒアリングの様子

次は、搭載機能のうち、それぞれの人にとって必要度が高い機能についてのヒアリングが行われました。各人に「探す」「帰る」「カギ」「電話」「くすり」「リモート」「センサー」「お絵かき」という8種類の機能が記されたカードが配れ、それを必要度順に並べ変えていくのです。ここで分かったことは、認知症がある人々の間でもニーズは千差万別ということ。「携帯電話をどこに置いたか分からなくなって、探すことが多い」と「探す」機能を重視する人もいれば、「日常的には、温度や湿度のセンサー表示がホーム画面にあるといい」「楽しみのためにお絵かき機能をよく使いそう。ゲーム機能があったらもっといいのに」といった声もありました。さらに認知症ご本人から「大事なものの場所がタブレットで分かるようになると、泥棒にはタブレットが見られないようにしないといけないね」とセキュリティ上の指摘があり、「確かに認証システムを入れる必要がありますね」と社員が答える場面もありました。

自分にとって必要度の高い機能を真剣に選ぶ認知症ご本人の加藤輝美さん(中央)ら
自分にとって必要度の高い機能を腕組みをしながら真剣に選ぶ認知症ご本人の加藤輝美さん(中央前)ら

商品管理部商品企画課の三田和香奈さんは「認知症ご本人の皆さんに『自分で決めたい』という思いがしっかりとあることが伝わってきました」と言います。事業企画部の土海哲さんは「『サポートを受けすぎると、自分でできなくなる。自分でやろうという意識がなくなる』という意見をいただきました。全て機械や他人の手でやってしまうのではなく、自分でできるように力添えすることが大切なのだと気づかされました」と話してくれました。

このプロジェクトを進めているのは、木村社長以下9人のメンバー。中心は10~30代の若手たちです。この中には、祖父母や親戚に認知症の人がいる人も複数いました。これまで、「認知症になると、もの忘れが激しくなり、感情なども薄れて意思疎通や外出もできなくなる」といったイメージをもっていた人もいましたが、認知症本人ミーティングの方々と意見交換会を重ねる中で「ひとりひとり(認知症の)症状の重さによってできることの限度が異なり、本当に人それぞれ求めていることが違うことが分かった」(福井さん)と言います。
認知症ご本人との出会いが若い人々の認知症観を変えていくきっかけになっているようです。

LIMNOの社員の皆さんと語り合いながら、自分にとって必要度の高い機能を選んでいる認知症ご本人の藤田和子さん(中央)ら
LIMNOの社員の皆さんと語り合いながら、自分にとって必要度の高い機能を選んでいる認知症ご本人の藤田和子さん(中央)ら

これに対して、認知症ご本人として第1回意見交換会から参加している藤田和子さんは「認知症の人は、いつも困っているというイメージがあるようですが、そうではありません。『困ったこと』から発するのではなく、普段の生活をもっと楽しみ、より豊かにできるように、認知症になる前からでも使い始められるような製品を一緒につくっていければいいなと思います」と期待を寄せました。

同社では、今後、認知症ご本人から募集したアイデアをもとに、タブレットの名称を3月にも決定することとしています。

2024年1月1日、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(認知症基本法)が施行されました。共生社会の実現には、企業や市民の主体的な取り組みが必要になります。すでに経済産業省では、厚労省、「日本認知症本人ワーキンググループ」、「認知症の人と家族の会」とともに、「オレンジイノベーション・プロジェクト」を始めています。

「認知症の人が主体的に企業や社会等と関わり、認知症当事者の真のニーズをとらえた製品・サービスの開発を行う「当事者参画型開発」の普及と、その持続的な仕組みの実現に向けた取組を推進しています」(経済産業省「オレンジイノベーション・プロジェクトHPから一部引用」)

「オレンジイノベーション・プロジェクト」を通じて、さまざまな企業による商品・サービス開発のため、企業と当事者のマッチングやサポートが始まっています。

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