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認知症って“誤診”が多い? 知っておきたい検査の実態と診断の限界

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認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

みなさん、医師の診断・説明は常に正しいと思っていませんか? 疾患(病気)ごとの“誤診率”なんて目にすることもないでしょうから、そう思い込んでしまうのも仕方ないのかも知れませんね。

“誤診率”が報告されていないのは、なぜでしょうか? 
その答えは簡単です。医師が“誤診”という言葉を使うことを避けるからです。

メモリークリニックお茶の水の朝田 隆先生(元筑波大学医学医療系精神医学教授)が御著書の序章で、山下格医師の言葉を引用して誤診について言及していますのでご紹介しますね。

「誤診という言葉はかなりどぎつい響きをもっている。医者はみなこの言葉をはなはだしく忌み嫌う。学会報告でも“貴重な一例”とか“診断に困難をきたした症例”という演題はあっても、“誤診例”という報告はまず見当たらない。」【編集:朝田 隆『誤診症例から学ぶ認知症とその他の疾患の鑑別』,医学書院,2013,序文 ⅷ】

編集・朝田隆『誤診症例からの学ぶ認知症とその他の疾患の鑑別』、医学書院、2013年
医学書院・提供

どんな病気でも、診断を受けに来られた方に対して誤診率なんて伝えたら信頼関係に影響が及びかねませんから、告知に際して“誤診率”についての説明がなされることもないと思います。

さらに、海外の研究では、まだ認知症にはなっていない18歳以上の人で、認知症の予防研究に関心がある人々が集うオンラインコミュニティーを対象に調査したところ、「バイオマーカー検査(=アルツハイマー病の原因になるとみられているアミロイドβなどを測定する検査)や遺伝子検査で、認知症になるリスクが高いとの結果が出た場合、「自殺を真剣に考える」と答えた人が1割ほどもいたというデータもあります。残念ながら、「認知症になったら人生終わり」「認知症だけにはなりたくない」と考えている人がまだまだ多くいるということなのでしょう。このようなことからも、認知症の診断・告知に際しては、かなり慎重な姿勢が求められます。

ここで、是非、覚えておいて欲しいことをお伝えします。それは、「認知症」という病名はないということです。びっくりされた方もいるかもしれません。
認知症とは、「日常生活に支障が出る程度にまで認知機能が低下した状態」のことを指します、その原因となる病気には、「アルツハイマー病」「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症」「血管性認知症」といった様々な病名があります。こうした原因疾患は、数十に及ぶとされています。それぞれ、症状が異なり、治療法や薬は違います。正しく診断するということは、これらの様々な原因疾患を、正しく突き止めるということになります。
また、うつ病や高齢発症てんかん、アルコール依存症など、高齢者でみられる精神・神経疾患の中には、その症状が認知症の症状と似通っていて「認知症もどき」のものも多く、それらを鑑別するのは、非常に難しいことなのです。

ここで、今回のクイズです。
最も代表的な認知症であるアルツハイマー病の診断において、特殊なバイオマーカーなどの検査を実施しない場合の誤診率は、どの程度とされているのでしょうか?

答えをお伝えする前に、アルツハイマー病の“亜型”についてちょっとお話しますね。
亜型とは、派生的な型、サブタイプのことを言います。
東京都老人医療センター(現東京都健康長寿医療センター)で診療にあたられたこともある座間清医師は、認知症の診断で誤診が起こりうる背景を説明する中で、このように記しています。

「アルツハイマーは一つではなく、『アルツハイマーには3亜型が存在』し、『臨床症状やその経過、病理学的にも画像的にも明確な違いが存在する」ことが明らかになりました。その3亜型とは『海馬温存型』『典型』『辺縁系優位型』です。」【座間 清『誤診だらけの認知症』, 幻冬舎,東京,2016, p143】
座間清『誤診だらけの認知症』、幻冬舎、東京、2016年
幻冬舎・提供

なお、さらに研究が進み、現在では4亜型あることが報告されております。上記の3亜型に加えて、「最小限萎縮」という型が加わっています。
アルツハイマー病に亜型が複数存在することも、診断を複雑にし、誤診の一因となります。

それでは、クイズの答えをお話します。
アルツクリニック東京の新井平伊医師(順天堂大学医学部名誉教授)が編集された本にその数字が記載されております。

臨床診断の不確実性
「Beach(※研究者名)らは、AD(※アルツハイマー病)の臨床診断と病理診断の乖離について、ADの臨床診断の感度が70.9~87.3%、特異度は44.3~70.8%であったと報告した。ADと臨床診断したが病理診断が異なった患者には、前述した高齢発症タウオパチーをはじめ、多様な疾患が含まれていた。」【編:新井平伊『プライマリケアで診る高齢者の認知症・うつ病と関連疾患 31のエッセンス』, 医歯薬出版,2019, pp46-47】 ※部分はなかまぁる編集部が追記

編:新井平伊『プライマリケアで診る高齢者の認知症・うつ病と関連疾患 31のエッセンス』、医歯薬出版、2019年
医歯薬出版・提供

難しい言葉が続きますが、少しお付き合いください。
「臨床診断」とは、医師が病歴や症状などから診断すること。「病理診断」とは、患者さんの体より採取された病変の組織や細胞を顕微鏡などで観察して診断することで、確定診断につながります。
「感度」と「特異度」は、検査の精度を示す用語です。臨床診断と病理診断との関係に照らして言うと、「感度」はある病気であると臨床診断された人のうち、実際にその病気であると病理診断された人の割合。「特異度」はある病気でないと臨床診断された人のうち、病理診断でもその病気でないとの結果が出た人の割合を表します。
つまり、Beach らの研究によると、病理診断ではアルツハイマー病と診断された人のうち約7~9割は、臨床診断でも同じ診断だったが、約1~3割はアルツハイマー病ではなかったということになります。逆に、病理診断で正常とされた人のうち臨床診断で正常であった割合は多くて7割程度であり、確定診断にはあまり有用とは言えません。
感度と特異度の両方の値が高いほど良い検査方法ということになります。しかし、両方ともに 100 %の検査は存在しません。それでも、感度が高い検査では見逃しが少ないことになります。感度が 70.9 %とすると、3割程度の病気の見逃しがあり、こうしたことは、患者さんからすると“誤診”だととらえられることでしょう。
けれど、診断というものは、ことほどさように、とても難しく、100 %ということはないものなのです。

病理診断と臨床診断での感度と特異度の関係

私の友人でもある竹内裕さん(愛称:ウッチー)は、59歳の時に前頭側頭型認知症であると診断され、その後、認知症当事者として明るく啓発活動を行っていたのですが、10年が過ぎて、今度は認知症でないと診断されました。
ウッチーにとって、活動を支えてくれた仲間たちに「認知症ではなかった」と告げるつらさは想像を絶するものだったと思われます。
けれど、悪徳な医師がいたわけではなく、こうしたことが、どうしても生じてしまうのが、現状での医学、特に認知症の診断なのです。そのことを理解していただければと思います。

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