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認知症と生きるには

医師の前ではシャッキリ 正しく症状を伝えるために 認知症と生きるには49

シャッキリ「できます」「はい!」「・・・です」「わかります」普段は、『知らん』『そんなこと言ってない』と別人・・・

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」(朝日新聞の医療サイト「アピタル」に掲載中)を、なかまぁるでもご紹介します。今回は、医師の前ではしっかりとした受け答えをしてしまう認知症患者の普段の様子を、家族が医師にどう伝えるかについて、紹介します。

亡くなった私の母は60年にわたって地域で内科・眼科の「かかりつけ医」をしてきました。今とは異なり地域で認知症を支える制度もなく、母自身も地域で診療所をやっている限り外来診療の合間に往診をすることが当たり前だと思っていました。私の記憶にある母は、診療室で患者さんを診ているか、自転車に乗って患者さんの自宅に行っているか、どちらかのイメージしか残っていません。かつて医師は患者さんの日々の生活をつぶさに見ていましたが、今は少し事情が違います。

大病院志向の時代

時代は変わり多くの人が診療所よりも大病院を「かかりつけ医」にしています。昭和60年(1985年)ごろまでが大病院志向の一つのピークだったような気がします。地域密着を志向する診療所も減り、診療所によっては「うちは往診はしない」というところも少なくなかった時代もありました。少し「患者の生活」が見えにくくなった気がします。

そして近年、大病院と地域の診療所との役割分担が改めて進められました。ふたたび大病院は急性期の患者や難しい入院手術にあたるようになりました。その後は地域の病院や在宅で「在宅療養支援診療所」が担当し、訪問看護をはじめ、介護職も参加して「地域包括ケア」を行う時代がやってきました。

認知症についても認識が進み、地域には認知症疾患医療センターである病院や診療所ができ、各地に認知症サポート医がいて、全市町村には認知症の課題にまずかかわってくれるチームが(認知症初期支援チーム)ができるまでに進んだと思います。

制度が再び「在宅」に目を向けるようになった今、当事者の生活が見えることの大切さが求められているのが認知症なのです。

受診時には違う態度

認知症の人には、自覚がないだけでなく、その人の状態を最も把握してくれているはずの地域の「かかりつけ医」の先生の前に行くと張り切ってしまう人が多くいます。このため、外来診療の限られた時間内には、その人の認知症がわかりにくくなっていることがあります。

私の診療所にいつも来てくれる87歳の高橋修さん(仮名)=血管性認知症=は30年にわたって地域の外科・内科医を「かかりつけ医」にしてきました。血管性認知症の特徴なのでしょうか、かなり難しいことでもできるのに、何でもないような簡単なことを忘れるため周囲の人や家族は困っていました。

家族はみんな「早く認知症を診てもらって、必要なら介護認定も受けさせたい」と願っていました。家族は決して強権的に高橋さんを病気扱いしたいわけではなく、彼のプライドも守りたいとも考えていましたが、近所の人と約束は忘れ、電話による詐欺の被害にもあって困り果てていました。

高橋さんは近所の「かかりつけ医」である外科出身の医院には月に4回、きっちりと受診して10年以上、高血圧症の投薬治療を受けています。自負心のためか医院への受診は必ず一人で出かけ、家族には同行させる気がありません。「俺、先生のところぐらいひとりで行ける。何でお前がついてくるんだ」と妻や息子の同伴受診の申し出を断ります。

あまりにも困った息子が介護保険を申請して、その医師を「主治医」として役所に出したところ、要介護どころか要支援(介護予防レベル)にもならないと、「非該当」の結果が出てしまいました。困り果てた息子が医師に本人とは別に面会を求め、「実はこのようなミスが起きている」と告げたとき、最も驚いたのはその医師でした。「いつも受診される高橋さんはあまりにもしっかりとしていて、まさか認知症があるとは思いませんでした」と。その先生は絶句してしまいました。

同居家族の前では混乱

誤解のないように書きますが、普段の診察で、その医師が「いい加減な診療」をしていたのではありません。認知症中等度の手前までの人に良くみられますが、医師や役所、介護認定の訪問調査員の前に出ると、いつもの状態とは打って変わって「しっかりと受け答えに対応」するために、相手が気づかないのです。

身近なところでも、いつも同居している家族の前では混乱するのに、時にやってくる家族や知人の前ではしっかりとした対応をする認知症の人もいます。このために「この人は認知症ではないだろう」と言われて、日ごろの苦労が報われるどころか、がっかりした経験を持つ家族も少なくないと思います。認知症の人の多くは「ちょっと緊張する相手の前ではしっかりとした態度で対応し、その人が目の前からいなくなると、とたんに普段の混乱が表面化すること」も特徴なのです。

高橋さんの場合にも同じようなことが起きていて、「かかりつけ医」の先生も心から驚いたのでした。たくさんの患者さんが来院し、インフルエンザや尿路感染、果ては原因不明の腹痛で入院する人もいて、その診療所には日に100人ほどの外来患者さんが来ていました。一見するとしっかりしている高橋さんが目の前にいて「何ともないですか?」、との質問に「はい、いつもと同じように元気です」と答えたら、高橋さんの微妙な認知症の症状をとらえて主治医意見書に反映できなかったとしても、無理ないでしょう。

かかりつけ医に状況を伝えるポイント

たとえかかりつけ医であっても、多くの患者さんを診ている医師では、日々の生活上の課題が、限られた診療時間では見えないこともあります。そこで今回のアドバイスです。介護保険の主治医意見書は、地域の介護職などと連携して本人の状況を把握し、その人を日々にわたって診てくれている「かかりつけ医」が書くべきです。

本人が同伴受診を拒む場合なども多くあると思います。そんな場合は、便箋(びんせん)1枚に箇条書きで5~8項目に絞って書き出し、診察前に受付に(守秘を込めて)渡すか、看護師に託すことも考えてください。

その際、あふれる思いがあるのは仕方がないとしても、便箋に何枚にもわたって真っ黒になるほどの訴えを書くと、読む側の医師にも時間制約がありますので配慮してくださいね。

要は医療では見えにくい、その人の「生活面」での課題を手際よく医療に伝えることが大切です。

最近では在宅医療に力を入れて地域の介護職や福祉とも連携している医師が増えましたので、ぜひ、地域連携や包括ケアを積極的にしている医師を「かかりつけ医」にするようお勧めします。

※このコラムは2019年5月24日に、アピタルに初出掲載されました

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