適切な答えを導き出す 認知症への取り組みは“使命” 三井住友信託銀行
撮影/伊ケ崎忍
認知症の人やその家族の方々が安心して店舗やサービス・商品を利用できるように、様々な配慮や工夫に取り組んでいる企業や団体を官民連携で公表する「認知症バリアフリー宣言制度」。今春、第1陣として宣言をした企業の1つ三井住友信託銀行の谷口佳充・人生100年応援部長と西嶋敬太・個人企画部業務推進チーム長に取り組みについて、松浦祐子・なかまぁる編集長がお話を伺いました。
※認知症バリアフリー宣言制度について詳しく知りたい方は、こちらのポータルサイトへ
――認知症バリアフリー宣言(以下、宣言)をするに至った経緯は、どのようなものだったのでしょうか?
谷口:信託銀行というのは、お取引いただいているお客さまに高齢者の方がそもそも多いのです。日本で信託法というものができたのは、大正13年なのですが、その際の帝国議会でなされた議論が興味深いものなのです。「すでに銀行、証券会社も、生命保険もあるのに、なんで新たに信託銀行が必要なのだ」という疑問が提示されて、それに対して「財産管理の能力が落ちていく方々、例えば高齢の方々に代わって、適切に資産の管理運用する機能を担う信託銀行が必要なのだ」といった趣旨のやり取りがなされているのです。そして、法律ができて日本で最初にできた信託銀行が三井信託株式会社(現・三井住友信託銀行)です。成り立ちのときから、高齢の方々のお役に立つ存在であることが求められていたのです。そうしたことから、もともと高齢のお客さまとの取引が多い金融機関でした。さらに、近年は長寿になられる方が増えるにつれて認知症や軽度認知障害になられる方々も増え、そういった方々にいち早く接することになりました。認知症の方々への対応というものは、必然的に会社の使命として入っていたと言えると思います。高齢者になったからといって取り残されることなく、すべての人が金融サービスを利用できるようにする“金融包摂”の考えを大切にしてきました。
このため、宣言をする前から、個人のお客さまを担当する事業に関わる社員については、課長職以上は(一般)日本応用老年学会「ジェロントロジー・コンシェルジュ」、また全社員に(一般)金融財政事情研究会と(一般)日本意思決定支援推進機構による「銀行ジェロントロジスト」の認定資格の取得を必須とし、認知症の方々の世界を理解した上で対応できるように取り組んできました。ですので、それらの延長線上として、宣言をするのは、弊社内では「当然だよね」「やらないという選択肢はないよね」という感じでした。
―金融機関の現場で、認知症の方々への対応に関する課題というのは、どのようなものがあるのでしょうか?
西嶋:手続きに同席されたお子さまから「こういう費用のために銀行口座からお金を出すからね」と親御さまに繰り返しご説明いただくのですが、どうしても親御さまの理解を得ることが出来ない。そうしますと、ご本人さまの財産を守る観点から、ご本人さまの同意無くしてお支払いをすることはできません。そういった事態にしばしば遭遇しました。これまでに築かれたお客さまの大切なご資産が、ご自身のために活用することが出来ない。大きな課題だと感じてきました。
谷口:こうしたお客さまに対しては、認知症になる前に対策を打っておけば、なられた後もしっかりと資産を自分のために使うことができるのです。そのことを、財産を託される信託銀行として、事前にお客さまに気づいていただき、後見制度や民事信託(家族信託はその一つ)といった様々な選択肢の中から適したものを、しっかりと提案していくことが我々の役割だと思っています。弊社としては、認知機能が低下した場合に備えて事前に支払い手続きの代理人を指定できる「100年パスポートプラス」といった金融商品なども用意しています。
認知症になることが当然という人生設計が必要
――ただ、子どもの方から親の財産について尋ねるのは、難しいところもありますよね。アドバイスはありますか?
西嶋:95歳になれば、女性は7割以上、男性でも5割以上が認知症になると推計されています。認知症を前提とした人生設計が必要な時代が来ているのだと思います。ご自身が住み慣れた地域で、安心して自分らしく暮らしていくためにも、早い段階から対策を取られることをお勧めします。年齢を重ねるほど理解力も衰えてきますし、本当にこの対策が良いのかという判断も難しくなってきます。
谷口:なかなか、親子だけではお金の話は持ち出しにくいところがありますし、話し合えたとしても金融リテラシーがない場合には、どうすればいいのか分からず、悩んで終わってしまうことにもなりかねません。金融機関など第3者を活用するのがポイントだと思っています。例えば、銀行と何か面談することがあれば、それにご家族で参加していただければと思います。そうすると、これまでお子さんの前で財産のことを話したことがない親御さんもしゃべり始めてくれることがあります。最近では、弊社では、オンラインでご家族一緒に相談を受けるということも推進しています。こうすることで、離れて暮らしているご家族でも一緒に相談ができます。
――後見制度などは、とても難しい仕組みといったイメージがあります。お客さまには、どのように説明しているのでしょうか?
谷口:2018年から、判断能力が低下することに備えるための事前準備について解説する「シニア世代応援レポート 認知症問題を考える」という冊子を作成しています。その中で、財産管理に使える様々な仕組みも説明しています。2022年4月に3.0のバージョンができました。この冊子をつくる際には、社内の「金融包摂ワーキンググループ(WG)」というところで大いに議論しました。このWG自体は、2019年から始まった事業横断的なもので、定期的に各部門から職員が集まり、認知症への対応など金融包摂に関する課題を出しあって、どのように対応していくかということを議論しています。WGの議論の中で、冊子を地域包括支援センターで活用してもらえば良いのではないかという意見が出て、営業店を通じて配布させていただいています。親子で相談に訪れたときなどに、使ってもらえればと思っています。
また、これは以前からなのですが、冊子やポスターなどを作る際には、見やすく読み間違えにくく、わかりやすいように、ユニバーサルデザイン2級の資格を取得した者を中心にして作成する取り組みを進めています。社内には、ユニバーサルデザインに関するチェックリストもあり、それに準拠してつくっています。もともとは、視覚障害の方々への対応が目的でしたが、加齢にともなって視力も弱くなっていくものです。高齢者の方々向けの対策としても必要なものだと思います。
さらに、先にご紹介した「認知症問題を考える」の冊子では、認知症の方々の中には、文章を読むのはしんどいという方もいらっしゃることから、音声で再生できるQRコードもつけるようにしました。
地域包括ケアのプレーヤーの一つとしての金融機関
――冊子の配布以外にも、地域包括支援センターとの連携体制の構築に力をいれているそうですが、どのような取り組みをしているのでしょうか?
谷口:通帳を何度も無くすといったことなどから、お客さまの判断能力の低下を銀行として把握できることがあります。そうしたときには、必要に応じて地域包括支援センターと連携して、その後の対応をしていくように関係作りをしています。そのほか、新型コロナウイルスの感染が起こる前までは、社員向けの認知症サポーター養成講座をする際には、地域包括支援センターと連携して行うようにしてきました。社内だけで実施するのとは異なり、行政との間で顔の見える関係づくりの場ともなりました。
西嶋:地域包括ケアの枠組みを構築するためには、地域社会の一員として、地域の課題を把握し、課題解決を後押ししていくことが重要だと思っています。ひとえに認知症対策といっても、例えば住まいであれば、世帯構成(独居、同居など)や居住形態(戸建て、マンションなど)の特徴は地域毎に違いがあり、抱えている課題にも違いがあります。そのため、地域課題としっかり向き合い、解決策を探ることが重要だと思っています。
――認知症バリアフリーを宣言した企業として、これから目指すものは何でしょうか?
谷口:財産管理に関することは、医師やケアマネジャーの方では、なかなか対応できません。信託銀行は特に、年金、株式、不動産といった分野を同じ会社の中で取り扱っています。「増やす」「備える」「残す」この3つの機能を活用して、お客さまの意向や課題に沿って適切な答えを導き出せるのではないかと思います。信託の機能を使って、新たな価値を創造し、認知症の方々はもちろん、社会の豊かな未来を花開かせることにつなげていければと思います。
- 谷口 佳充(たにぐち・よしみつ)
- 1988年、入社。遺言信託、公益信託、寄付信託等の企画推進を歴任。
ジェロントロジー・コンシェルジュ、銀行ジェロントロジスト、不動産鑑定士。
小田原支店長、上野支店長、個人業務推進部主管を経て、2019年4月より現職。
- 西嶋 敬太(にしじま・けいた)
- 2008年、入社。不動産仲介業務や投資顧問業務を経験した後、新宿西口支店にて個人のお客さまへのコンサルティング業務を担当。
ジェロントロジー・コンシェルジュ、銀行ジェロントロジスト、不動産鑑定士。
2018年より現職に着任し、営業店部の業務推進、指導・支援やFDCSを統括。
- 松浦祐子
- 1974年神戸市生まれ。99年朝日新聞社入社。医療・介護の現場のほか、厚生労働省や財務省などの官庁、製薬企業の担当として、社会保障について取材。関心事は、地域包括ケアとまちづくり。東京・神楽坂のまちづくりにも関わる。好きな場所は、美術館とおいしいコーヒーの香りが漂う喫茶店。