認知症バリアフリー宣言

【新連載】編集長が聞く「認知症バリアフリー宣言」  田中滋・埼玉県立大理事長

インタビューを受ける田中滋さん=埼玉県越谷市の埼玉県立大学

認知症の人やその家族の方々が安心して店舗やサービス・商品を利用できるように、様々な配慮や工夫に取り組んでいる企業や団体を公表する「認知症バリアフリー宣言制度」が今春、始まりました。この取り組みを、より多くの人に知ってもらい、広げていくために、新連載「認知症バリアフリー宣言」をスタートします。松浦祐子・なかまぁる編集長が、キーパーソンとなる方々にインタビューし、宣言に込めた思いや取り組みを伺います。

今回、ご登場いただくのは、日本認知症官民協議会で、宣言制度づくりのとりまとめ役を担った田中滋・認知症バリアフリーワーキンググループ座長(埼玉県立大学理事長、慶応大学名誉教授)です。これまでに、厚生労働省の社会保障審議会会長や地域包括ケア研究会座長などを務めてこられた医療・介護分野の第一人者です。

――これまで、認知症に関わる方々の間では「認知症フレンドリー」という言い方がよくされてきたように思います。今回の宣言制度では、「認知症バリアフリー」という名称になっています。そこに込められた思いといったものは、どのようなものがあるのでしょうか?

日本認知症官民協議会は、2019年、認知症への取り組みを官民一体となって進めることを目的とし、認知症当事者を始め、経済界、医療・介護業界、関係省庁などからも約100団体が参画して設立され、4年目を迎えています。私は昨年度後半から認知症バリアフリーワーキンググループの座長を引き継ぎました。その後、この課題をどのように捉えてきたかをお伝えします。

何より、誰もが参加可能な社会と表せる考え方を大切にしたい。詩人の金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」という言葉が好きで、講演のときなどに引用します。みんな違っていいと。君は認知症だね。君は外国生まれだね、日本生まれだね。君はLGBTだね、異性愛者だね。それでみんないい。共生社会とは、誰も排除せず、みんなが加われるあり方が基本です。その方が達成しやすい。緩やかな社会的包摂ですね。

認知症フレンドリーを目指したい人や団体があってもいい。ただ、社会の全員に対して「フレンドリーになってください」と求める主張は、ちょっと強すぎるのではないかなと感じています。みんなが同じ考えを持って、支え合うところまでもっていこうとすると、それは実は、そう思わない人や従わない人を排除するリスクを生んでしまう危険性があります。いろいろな意見や背景を持つ人の誰もが加われるソフトな社会が健全なのではないでしょうか。

――決して、建物などのバリアフリーだけを意味するわけではないということですね

年を取ったり、認知症になったりした際に、働く場や学びの場、地域の集いの場に参加する際にバリアーがあるならば、それを取り除いていこうとする意味でのバリアフリーです。

※認知症バリアフリー宣言制度について詳しく知りたい方は、「認知症バリアフリー宣言ポータル」

認知症バリアフリー宣言制度について解説するウェブサイト

――今回の認知症バリアフリー宣言制度は、企業を巻き込むための仕組みだと思うのですが、狙いや期待する効果は、どのようなものでしょうか?

「認知症の人が来ると迷惑だ」などと言わない。認知症の人もまた地域の住民であり、お客様であり、訪れて来たときには、さりげなく見守れるところを増やしたいですね。認知症の人が来たら、積極的に社員をつけてサポートする積極的支援企業はありがたいけれど、人員やコストもかかり、すべてがそのようにするレベルは難しいでしょう。それよりも、うちの店は認知症の人が店内を歩いていても止めたりしないし、排除したりしない「真ん中」レベルの層が厚くなればよい。

そうした企業が増えれば、認知症の人が散歩をしたり、街に出かけられたりし、人と出会えるようになります。認知症に限らず、高齢者が閉じこもっていると、フレイル(健康と要介護の中間状態)やサルコペニア(加齢などで筋肉量が減少した状態)になって、要介護になる確率が高まります。それが、バリアフリーが広まって出歩けるようになれば、「お昼ご飯を外で食べようか」と考え、人に会うようになるでしょう。目的は、そうして、社会とつながり、人と交流する機会が増える地域が当たり前なる姿です。その結果として、副次的には、消費者として経済に貢献する効果も生ずるかもしれません。

会計のとき、電子マネーを使いこなせず、財布からお金を出すのに時間がかかるのは、認知症の人だけではありません。一般の高齢者にとっても、知的障害のある方にとっても、騒ぐ乳幼児を2、3人連れた父や母にとっても、そこにバリアーがあるかもしれない。認知症の人に「どうぞお越しください」と言える店は、ある程度、何らかのハンディキャップをもった人々に対しても「お越しください」と言えるところにもなっているはずです。そうした開かれた対応が、個別の店でだけでなく、商店街などで一体的に進められ、「認知症の人も歩きやすい商店街」が将来的には普通になるといいですね。

――宣言企業として、登録し、公表するには、「社内の『人材育成』」、「行政、他業種などとの『地域連携』」、「認知症をサポートする『社内制度』」、「お客さまが利用しやすい『環境整備』」という項目について宣言書を作成することになっています。この4項目を定めたのは、どうしてですか?

この4項目は、認知症に限った事柄ではなくて、新しい取り組みを始め、継続していこうとする際に、必須の項目ではないでしょうか。歴史を振り返っても、鎌倉や江戸の幕府でも、明治政府でも、同じように、人を育成し、外部とのつながりをつくり、制度をつくり、環境を整える工夫に取り組みました。

今回の宣言制度も、「宣言をすれば終わり」ではなくて、その後も長く続けていく取組であると意識していただきたい。4項目の中身をしっかり作る姿勢が求められます。

また、「社内制度」については、家族介護に関わる従業員の離職防止や所属組織に対するロイヤルティ(忠誠心)の向上にも役立つ効果を持つでしょう。認知症は、超高齢社会にあっては、普遍的な事象と言え、今後、ますますそうなっていきます。中高年の社員がいれば、その何割かの祖父母や親は、認知症の人が普通となる時代です。企業が認知症を理解すれば、ビジネス面だけでなく、人材確保にもつながるはずです。

認知症バリアフリー社会 実現のための手引き

――ワーキンググループでは、「金融」「住宅」「小売」「レジャー・生活関連」の4業種について、「認知症バリアフリー社会実現のための手引き」なども作成しています。これらの業種に注目する理由は? また、手引きはどのように活用してもらいたいですか?

一般消費者として認知症の人に接する可能性が高い分野として、金融、住宅、小売、レジャー・生活関連などの業種があげられます。これに比べ、BtoB(企業間取引)の企業は、なかなか直接には、認知症の人と接する機会がないかもしれません。すでにバリアフリー宣言をした企業では、金融業界が多くなっています。これは、一番、金融業界が、認知症の人への支援が必要だと実感しているためだと推測しています。人のいる支店が減る一方、ATMがどんどん進化し、複雑になった結果、ATMの前で迷っている高齢者を見かけます。さらに、認知症の人に対しては「お金を下ろす」行為一つにしても、その意思決定を支援していく仕組みが必要になってきます。そうした事情から、金融業界には、宣言制度に興味をもつ企業が多くあるのだろうと想定できます。

「手引き」は、あくまで一般的な事柄を記しています。工夫の「種(たね)」だと見ていただきたい。同じ小売でも、コンビニならコンビニ、本屋なら本屋、それぞれで、改善したり、取り組みを上乗せしたりする工夫に期待します。
宣言企業では、その地域や特性を踏まえて、店舗ごとに、具体的な取り組みに落とし込んでいく発展が見られるでしょう。関東と関西、さらには関西でも大阪と神戸では、歴史を反映した住民の気風が違うし、東京でも23区ごとにまちの性質が異なり、住民同士のつながり方や使えるネットワークなども様々です。最終的な目的は、認知症の人がある店に行ったときに、ストレスなく、そこで買い物をしたり、サービスを使えたりできる社会です。それぞれでどう工夫するかを、経営者も社員も考えていきましょう。

大学の図書館(情報センター)で本を見る田中滋さん=埼玉県越谷市の埼玉県立大学

――認知症バリアフリー宣言の取り組みは、企業以外でも活用できるものでしょうか?

自治体でも、介護・在宅医療や地域包括ケアシステムに関わる部署以外では、まだまだ、認知症バリアフリーへの認識は高くない状態が現実だと言わざるをえません。企業が認知症バリアフリー宣言の取り組みを進めるのに合わせて、自治体の商工関係の部署などでも理解が深まる相乗効果を望みます。
このほか、図書館などにも、重要な役割があります。認知症になっても本を読みたい人もおられるでしょう。365日同じ本を、毎日借り出しても良いのです。「昨日も借りましたね」などとは言わずに「どうぞ」という風に対応できれば、認知症バリアフリーな図書館と評価できます。また、地元の小中高校生は、認知症の人を助けたり、見守りをしたりなどを通じて、すでに大きな力になっている地域も耳にします。
超高齢社会を支えていくために、医療・介護・予防・住まい・生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」が各地で進められています。医療と介護のコア部分は専門職同士の連携・協働が核となりますが、住まいと生活支援、さらに予防については、専門職だけの仕事ではありません。認知症の人や高齢者が地域で暮らしていくためには、地元の商店街、スーパーやコンビニ、金融機関などの企業による支援も必要です。認知症バリアフリー宣言の取り組みは、地域包括ケアシステムの大切な要素です。こうした企業や団体を後押しすることはもちろん、何より認知症当事者とそのご家族を支援していきます。

インタビューを終えて。田中滋さん(右)と松浦祐子・なかまぁる編集長
松浦祐子
1974年神戸市生まれ。99年朝日新聞社入社。医療・介護の現場のほか、厚生労働省や財務省などの官庁、製薬企業の担当として、社会保障について取材。関心事は、地域包括ケアとまちづくり。東京・神楽坂のまちづくりにも関わる。好きな場所は、美術館とおいしいコーヒーの香りが漂う喫茶店。

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