睡眠と認知症の関係を専門家が徹底解説 寝ながらスマホも要注意
更新日 取材/境朗子 イラスト/井上秀一 編集協力/七七舎
「寝ているのがもったいない」と昼も夜もあくせく活動したがる人、多いですよね。実際、日本人の平均睡眠時間は世界で最も短い7時間22分(2018年OECD調査) 。「今こそそういう生活習慣は改めるべきでしょう」と力を込めて語るのは、睡眠医療のエキスパートである中部大学生命健康科学研究所特任教授の宮崎総一郎先生。認知症の発症と進行に大きく影響する要因として、近年とみに注目を浴びている睡眠について解説していただきました。
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睡眠と認知症の関係について解説してくれるのは……
- 宮崎総一郎(みやざき・そういちろう)医師
- 中部大学特任教授、日本睡眠教育機構理事長、放送大学客員教授
1954年生まれ、愛媛県宇和島市出身。79年秋田大学医学部卒、85年同大学院博士課程修了。92年国立水戸病院耳鼻咽喉科医長、98年秋田大学医学部耳鼻咽喉科助教授、2004年滋賀医科大学睡眠学講座特任教授(主任)を経て、16年から中部大学生命健康科学研究所。専門は睡眠学教育、不眠症、睡眠時無呼吸症候群。現在、睡眠健康指導士の育成、睡眠障害の包括的医療、睡眠からアプローチする認知症予防プロジェクトに学内外で取り組んでいる。
繊細な脳は長時間労働が苦手
睡眠は、「疲れたから寝るか」という単なる消極的な生理機能ではありません。明日をよりよく活動するため、記憶を整理して再構築し、さらに脳をメンテナンスする重要な仕事を担っています。
脳は、千数百億個もの「ニューロン」と呼ばれる脳神経細胞で構成されています。その細胞と細胞をつないでいる部分(シナプス)が絶えず情報をやりとりしていて、脳を正常に働かせるエネルギーも大量に消費します。でも、脳は繊細なので連続運転には弱く、機能が低下しやすいのです。
起床してから16時間以上続けて起きたままでいると、脳の機能はダウンし、酒気帯び運転と同じ程度しか機能しなくなるという研究報告もあります。テスト前日に徹夜で勉強しても、残念ながら逆効果だったのです。
人の脳の重さは体重の約2%(1300~1400g)に過ぎませんが、脳の消費エネルギーは体全体の消費エネルギーの20%を占めます。
私たちが脳を働かせるとたんぱく質の老廃物(ごみ)が大量に発生するため、“脳の清掃システム”が働きます。成人では毎日約7gの使用済みたんぱく質が排出され、新しいたんぱく質と入れ換わるのです。最も多い認知症のタイプ、アルツハイマー型認知症発症の引き金になるのが、「アミロイドβ(ベータ)」と呼ばれるたんぱく質の老廃物で、このごみを清掃する能力が高まるのが、まさに睡眠中なのです。
脳のごみ掃除は夜中に行われる
脳には「グリア細胞」と呼ばれる細胞がニューロンの何倍もあり、ニューロンに栄養を渡すことでその働きをサポートしています。眠っている間はこのグリア細胞が収縮するため、細胞間の隙間が60%も広がると考えられています。ぐんと広くなった隙間に脳の中で作られている脳脊髄(せきずい)液がどんどん流れてくるので、ごみの排出が活発になります。睡眠中こそ、最高のクリーンアップ・タイムというわけです。
睡眠中の脳の清掃システム
睡眠をおろそかにしているとアミロイドβが蓄積され、20~30年後には脳はゴミでいっぱいになります。若い時から睡眠を大事にしていれば、脳神経の衰えを防いで、アルツハイマー型認知症の発症リスクを下げられます。
45~75歳の健康な人145人を対象に、睡眠の質とアルツハイマー型認知症の初期段階を調査した研究では、睡眠効率(睡眠時間を寝床で横たわっている“臥床時間”で割った値)が悪くて眠れない時間が長い人は、そうでない人に比べてアミロイドβ沈着の危険性が最大5.6倍も高かったことが確認されました。
また、認知症と睡眠の関係を研究した最近のメタ解析(複数の研究の結果を統合した分析方法)によれば、不眠があると認知症の発症リスクが1.51倍も高くなることがわかっています。
大いびきが認知症を招く!?
激しいいびきをかいたり、日中に強い眠気に襲われたり……。そんな人は「睡眠時無呼吸症候群」の恐れがあります。
この病気は睡眠中に気道が塞がることで起こり、10秒以上の呼吸停止といびきを繰り返します。脳に、酸素が途切れ途切れにしか届かず、脳血管性認知症を引き起こす要因になります。認知症の発症に大きく影響しているのです。
台湾で行われた研究では、睡眠時無呼吸症候群の人の認知症発症リスクは、 健康な人の約1.7倍、70歳以上の女性では3.2倍高いことが判明しています。
睡眠時無呼吸症候群は、CPAP(シーパップ)と呼ばれる呼吸器で治療するのが一般的です。アルツハイマー型認知症を研究するアメリカのグループによると、CPAP治療を受けた人は受けていない人に比べて、アルツハイマー型認知症の発症が約5年、軽度認知障害(MCI)の発症は約10年遅くなったとの研究結果が出ています。「いびきぐらいで」と侮ることなく、早めに医療機関にかかることが大切です。
睡眠と認知症発生の関連図
体内時計を調整して快眠を得る
睡眠は、認知症発症に備える重要なカギといえそうです。ではどうすれば質の良い睡眠が取れるのでしょうか。基本は体内時計のリズムに合わせて生活することです。
私たちの体には体内時計が備わっており、太陽が昇ると体温が上がって活動をスタートさせ、夜には体温が下がって体を休ませる仕組みができています。眠気を調整しているメラトニンというホルモンが、太陽光の明暗に合わせて体内時計をリセットしているのです。
朝、起床したらカーテンを開けて太陽の光を浴びてください。遮光カーテンなら10㎝の隙間を開けて寝て、朝日が差し込むようにしておきましょう。睡眠ホルモンのメラトニンは光を浴びてから14~16時間後に分泌される性質があるので、例えば朝7時に光を浴びると夜9~11時ごろに分泌が始まり、自然に眠くなります。
朝、太陽光を浴びないとメラトニンは分泌しにくくなり、夜になってもなかなか眠気はやってきません。またメラトニンの分泌は夜の深まりとともに増えていきます。もし夕方から夜に強い日光を浴びると体は昼の時間が延びたと判断し、眠りたくても目がさえて不眠状態に……。夜勤明けの場合、朝に強い光を浴びると眠れなくなるので、帰宅路はサングラスをかけるのがベターです。
体内時計の働きで、眠気は一定のリズムを刻んでいます。午後2時ごろには一時的に眠気が高まります。このタイミングで短い昼寝をすると、脳がすっきりして活発に動くようになり、夜になると自然な眠気が起きて熟睡できますよ。
驚くことに、30分以内の昼寝の習慣がある人は、ない人に比べて認知症の発症率が6分の1になるという研究が報告されています。ただし1時間以上の昼寝を習慣化していると、今度は認知症のリスクが2倍になるそうです。
午後2時ごろから強まっていた眠気も夕方4時くらいにはなくなり、夕方5時ごろからは元気に活動できる時間がやってきます。再び体温も上がり、運動や仕事には最適。夜に開かれるスポーツ競技では世界記録が出やすいともいわれています。
ある特別養護老人ホームでの睡眠指導を紹介しましょう。入居者S子さんは102歳で要介護2。日中は居室でベッドに横になり、いつもウトウト状態。一晩に20回くらいナースコールを鳴らして職員を呼び出します。睡眠導入剤を使っても効果なし。完全に昼夜逆転した生活です。
そこで睡眠指導によって体内時計をリセットするため、朝9時半ごろに、車いすで散歩に出かけてもらうように。午後2時ごろは眠気が強い時間なので静かに過ごし、そのころ行っていた活動的なレクリエーションは午後3時から午後5時に変更。その後に入浴や夕食。S子さんは就寝時刻の午後9時ごろまで活動することで、ベッドに入るとぐっすり眠るようになりました。4カ月後、夜間のナースコールは20回から2回に激減しました。
この例からも体内時計のリズムに合った睡眠を取ることが、いかに重要かがわかります。睡眠導入剤は上手に使える場合もありますが、まずは体内時計が元気で正確に働くように調整することが先決です。
寝ながらスマホは要注意
さて、睡眠時間はどのくらい取ればいいと思いますか?
個人差があり、短い睡眠で元気な人もいれば、長い睡眠が必要な人もいます。アメリカ睡眠財団の調査によると、壮年・中年世代では6~10時間、65歳以上は5~9時間が目安だとされています。でも年齢を重ねてきたら、早起きや睡眠の長さにこだわる必要はありません。
高齢の方に必要なのは、“きょうよう”と”きょういく”。今日用がある、今日行く所があること。起きた時にすっきり目覚められて、日中に眠気なく活動ができれば十分に睡眠が取れています。
ただし60歳以上では、高血圧のリスクが最も低いのは睡眠が5~6時間の人で、9時間以上になると反対に高くなります。寝過ぎも要注意ですね。
寝つけないまま寝床で何時間も過ごす人がいますが、これはよくありません。“眠れない場所”として記憶されてしまいます。布団の中でスマートフォンを見続けてはいませんか。15分経っても眠れなければ、いったん寝床を出てラジオを聴いたり、読書などをしながら眠くなるまで待ちましょう。布団にいるのは眠る時だけと決めてください。
いい睡眠を得るのに大事なのが、体内時計に加えて“腹時計”です。
食欲は、脳にある「視床下部」が指令を出してコントロールしています。食事をとる時間が不規則になると、腹時計が乱れて睡眠リズムまで乱れます。毎朝決まった時間にしっかり朝食をとれば、体内時計も調整されるのです。
加えて、朝食のメニューは、たんぱく質の豊富な食品、大豆製品や乳製品などがお薦めです。太陽光を浴びるとたんぱく質を原料にセロトニンというホルモンができて、夜にはさらに睡眠を促すメラトニンに変換。よく眠れるようになります。
ちなみにこんな報告もありました。
朝食について中高校生10万人を対象に実施した調査によると、毎朝食べない生徒は、毎朝食べる生徒に比べて不眠が1.86倍、日中に強い眠気を感じることが1.41倍あるとわかりました。また大手学習塾が行った高校3年生の学力テストでは、毎朝食べる生徒と食べない生徒とでは、全科目15%近く点数に差が出たそうです。
睡眠不足や睡眠障害、睡眠時無呼吸が認知症発症のリスクを高めることが明らかになっています。あらゆる世代が睡眠の質について正しい知識を身につけ、快適な睡眠生活を送ることが、認知症の予防や発症後の進行を緩やかにすることにつながります。