介護の働き方改革 「預ける施設」から「生活の場」に 繰り返される改革プロジェクト
取材:渡辺千鶴、岩崎賢一 イラスト:青山ゆずこ インフォグラフ:須永哲也
地域に開かれた介護施設が増えてきています。施設がある地域住民を雇用することは、アクティブシニアの人たちの活躍の場を提供するだけでなく、ステレオタイプの介護のイメージの改善にもつながっています。要介護の高齢者を「預ける施設」ではなく、「生活の場」に変わってきています。それが地域力アップにもつながっていきます。静岡県磐田市にある社会福祉法人八生会の介護老人福祉施設・梅香の里もその一つです。シリーズ「これからのKAIGO~『自分にできる』がきっと見つかる~」の5回目は、地域全体が生き生きとなるために介護施設でできること、そのために世代を越えた働きやすい職場に変わるためのステップを深掘りしました。
課題:アクティブシニアや地域を巻き込むメリットを見出せない
- 介護イノベーター 白木孝典さん(しらき・たかのり)
- 55歳。専門学校を卒業後、スポーツクラブ、医療機関の健康増進施設でインストラクターとして勤務した後、社会福祉法人八生会に転職。2007年、介護老人福祉施設梅香の里の開設に携わる。その後、同法人ケアハウスの開設・勤務を経て、17年に梅香の里の施設長に就任。
アメニティスタッフは生活の快適性につながる仕事
梅香の里施設長の白木孝典さんが考える、アクティブシニアの活用ためのポイントは次の五つです。
- 地域が有する優位性に着目し、その力を活用する仕組みを考える
- 生活の快適性につながる仕事を切り分け、専従職員を配置する
- 定年選択制や定年延長制と連動させ、介護職員からの移行を促す
- 全職員で業務を補い合う視点を持ち、その分担について話し合う
- レクリエーション活動に取り組むことを奨励し、生きがいづくりを促す
八生会は2010年、アクティブシニアの活用を目的にした新たな職種として「アメニティ制度」を設けて積極的に取り組んできました。現在、この制度のもとに梅香の里で働いているアメニティスタッフは16人で、非常勤職員(53人)の約3割を占めます。
「近い将来、介護人材が足りなくなり、介護サービスの質の低下を懸念した当法人理事長の発案で始まった制度です。アメニティスタッフとは、生活の快適性につながる仕事に従事する非常勤職員のことで、施設の清掃から花壇の整備、建物の補修、利用者の送迎などあらゆる補助業務を担ってもらう、いわゆる『縁の下の力持ち』的な存在です。このような介護以外の仕事を担う職員を配置することにより介護職員が専門性の高い介護の仕事に専念できる体制を整備し、施設全体の介護の質を向上させることが狙いです」
ボランティア人口が減ってくる中、アメニティ制度でマンパワーを補う
梅香の里がある磐田市は、もともとボランティア活動に熱心に取り組む人が多い土地柄です。磐田市社会福祉協議会と地区社会福祉協議会が中心となって運営する「せいかつ応援倶楽部」や「買い物応援市」など、公的サービスでは行き届かない日常の困りごとを地域の住民同士で支え合う仕組みがあります。同法人では早くからこうした地域の取り組みに協力し、中山間地域に暮らす高齢者の買い物をサポートする買い物応援隊には送迎車両を提供してきました。
一方で、時代とともに余暇の時間を利用してボランティア活動に取り組む人が少しずつ減ってきました。同法人においてもボランティアが担ってくれていた清掃や入居者の話し相手などの業務が回らなくなるといった実情もありました。そこで、ひと工夫することによって、この地域が有する優位性を保ち、その力を引き続き活用していきたいと考えたこともアメニティ制度の創設につながったといいます。
全職員ですべての業務を補い合うといった視点を持つ
アメニティスタッフは60歳以上のシニア世代が対象で、1年契約の更新制です。定年は73歳ですが、施設長が認めた場合は75歳まで働けます。労働時間は週30時間未満とし、その人の生活スタイルや体力などに応じて、仕事内容・勤務時間・勤務日数を設定し、無理なく働くことができるよう配慮しています。
募集はハローワークに求人を出したり近隣地域にチラシを配布したりとさまざまな方法で行っており、クチコミで応募してくる人も少なくありません。また、ボランティア活動が定着している土地柄のせいか「私にできることはありませんか」と飛び込みでやってくる人もいるそうです。さらに、同法人では働き方改革プロジェクトの定年選択制や定年延長制と連動させ、介護職員から移行できるようにしたので、62歳や65歳を機にアメニティスタッフに転じる人が多いのも特徴です。
「朝食時や夕食時など人手が足りない時間帯に勤務してほしいといった施設側のニーズにピタッと当てはまる人はなかなかいませんが、相手の都合のよい時間に働いてもらっても頼みたい業務は必ずあります。アメニティスタッフを有効活用するうえでポイントとなるのは、介護職を含めた全職員で、すべての業務を補い合うといった視点を持つことが大切だと感じています」
人生経験豊かなアメニティスタッフが職員と利用者の中継役になることも
梅香の里では、職員の入職や退職があった際に関係者で業務の分担について話し合い、各自の能力や特性に応じて業務を振り分けるようにしています。今年度は障害者雇用枠で入職してきた車椅子の若いスタッフが障害を抱えていても働けるようにアメニティスタッフが担当していた業務を譲り、ほかの仕事を担うように柔軟に対応しています。
「こんなふうに助け合いの風土が定着し、異動のない非常勤職員とアメニティスタッフは長年一緒に働くことになるので、特に協力的で仲もいいですね。また、人生経験を積み重ねたアメニティスタッフは施設運営に関してもいろいろと細かく気づいてアドバイスをくれたり、ときには孫のような若い職員から相談を受けたりすることもあるようで、マネジメント的にも職員の年齢にバラツキがあったほうがバランスがよいと思うようになりました。利用者さんにとっても年齢が近いアメニティスタッフのほうが言いたいことを言えるらしく、アメニティスタッフが職員と利用者さんの中継役になることもしばしばです」
利用者との触れ合いがアメニティスタッフの生きがいと意欲を高める
アメニティスタッフのもう一つの大きな特徴は、利用者との触れ合いがあることです。
「利用者さんと世間話をしながら流し台の掃除をする。当施設では、こんな光景が当たり前になっています。介護職員とは異なり、アメニティスタッフは時間に追われることも少ないので、利用者さんに呼び止められてもいつでも応じることができます。その対応も高齢者のゆっくりしたテンポと合うので、それが施設全体にほんわかとした温かい雰囲気を醸し出し、利用者さんの快適性や満足度をさらに高めているように思います」
こうした環境は、アメニティスタッフのモチベーション向上にもつながり、利用者にもっと喜んでほしいと自分の趣味や特技を生かしたレクリエーション企画を持ち込んでくれる人も少なくありません。
「このレクリエーション活動はいきがいの一つになっているようで、生活に張り合いが出てきたとよくいわれます。利用者さんだけでなく、アメニティスタッフへのメリットも大きいと感じており、介護予防や認知症予防、さらには健康寿命の延伸にも役立つことを期待しています」
ユニットケアの改善から専門性の高い業務とそうではない業務を明確化
こうした地域のアクティブシニアの人たちに介護の現場で働いてもらう仕組みを作ると同時に、様々なプロジェクトや働き方改革が進行してきました。誰もが働きやすい環境づくりです。
例えば、2013年1月から半年間にわたって取り組んだ「ユニットケアプロジェクト」はアメニティスタッフ活用の推進力となりました。法人では2007年に新設した梅香の里でユニットケアを初めて導入したため、多床室と同様のケアや介護体制でユニットケアを運営していました。約6年後、介護職員から利用者の思いに寄り添ったケアに取り組みたいという提案が出てきました。介護課課長の頼実志歩さんは当時を振り返って次のように話します。
「ユニットケアの理念は利用者さんがごく普通の暮らしを営めることを目指し、生活するうえでその人なりのペースが保てることを大事にしているはずなのに、館内放送で毎朝同時刻にラジオ体操を流すことに疑問を持ったのです」
すぐさま「ユニットケアプロジェクト」が立ち上がりました。メンバーには介護職員だけで行うのではなく、施設長をはじめとする管理職、事務職員も含めた構成にして考えていきました。ユニットケアの研修のほか、各ユニットにリーダーを配置し、ユニット運営を委ねました。
「個別ケアを学んでいく中で、利用者さん一人ひとりの生活をもっと充実させたいという意欲が出てきて、あれもしたいこれもしたいと思うようになりました。その実現のためには業務の見直しは不可欠で、介護職員がこのケアをしたいから、介護職員がやらなくてもいい仕事は誰かにまかせたいという気づきにもつながっていきました」
「働き方改革プロジェクト」がアメニティスタッフを活用する推進力に
同法人では、業務改善を目的に毎年さまざまなプロジェクトを設けており、働き方改革にも取り組んでいます。2020年は「意識改革」「定年選択制の導入」「定年延長」の3テーマを目標に掲げ、プロジェクトを実施しました。白木さんはこう説明します。
「例えば、残業の中には 『思いやり残業』というものがあります。さあ、定時で帰ろうと思っても利用者さんに頼まれた用事は断れず、その要望に対応している間に次の依頼がやってきて際限がなくなるということが多々あります。こうした状況を改善するにも職員同士でカバーし合い定時で帰宅するといった意識に変わることが必要なのです」
意識改革の手段として、まず週2日のノー残業デーを設置しました。最初は「こんなに忙しいのにできるはずがない」と難色を示す職員もいましたが、定時に業務を終了するためにはどのように時間を使っていけばいいのか、どの業務を優先させていけばいいのかといった視点から業務を見直して整理するように現場に促していきました。
この見直しと整理は業務の効率化や切り分けに直結し、介護職員がやるべき仕事に集中できるようアメニティスタッフを増やすといった人員体制の整備にもつながりました。
同時に、残業の主原因の一つになっていた会議の方法も見直しました。会議は原則1時間以内とし、勤務時間外に設定することを禁止しました。また、休日にあたっている職員の参加は不可としました。さらに会議の議事録はその場でパソコンを使って音声入力し、効率化と職員の負担軽減を図りました。
シニア職員は、地域に密着した介護施設づくりに欠かせないパートナー
地域包括ケアシステムの構築に伴い、地域とのつながりを強化することが求められる中、梅香の里も地域に開かれた施設となるために、防災訓練や納涼祭といった地域と連携したイベント開催にも熱心に取り組んでいます。その際も地域にかかわりの深いアメニティスタッフはとても協力的で、なかでも地域活動に参加している人は地域との架け橋的な役割も積極的に担ってくれるそうです。
また、アメニティスタッフ制度に限らずボランティアをする人たちの受け入れは、地域の人に施設のよさを直接確かめてもらえることも大きなメリットだといいます。かつてボランティアをされた人たちが利用者となってデイサービスに通っているといった事例も出てきました。職員がその人の人柄や性質、生活背景などをよく知っていて、リレーションシップもすでに構築されているという関係性は、よりよいケアを行っていくうえでも大いに生かされています。
「地域の力を借りられるような仕組みをつくって本当によかったと思います。長年、この地域で暮らし、さまざまなネットワークを持つアメニティスタッフは、地域に密着した介護施設づくりに欠かせないパートナーです」
深田和男さんからのメッセージ
家庭の事情で勤務時間を自由に設定できるのは好条件
- 深田和男さん(ふかだ・かずお)
- 72歳。土木関係の現場監督をしていた62歳のとき体を壊して転職を考えていたところ、アメニティスタッフの求人を見つけて送迎バスの運転手に。70歳で運転手を卒業し、現在はバス管理の仕事を中心に週5日勤務する。息子夫婦、孫3人の6人暮らし。
土木系の仕事をしていましたが、62歳のときに体を壊して力仕事ができなくなりました。介護施設で働くつもりはまったくなかったものの、ハローワークに出かけたら、たまたま母親がデイサービスを利用していた梅香の里でアメニティスタッフを募集していることを知りました。遊んで暮らすわけにもいかないし、母親もお世話になっている施設でお役に立てればいいかなというくらいの軽い気持ちで働き始めました。
70歳までは週5日、送迎バスの運転手を専属で務めました。朝8時30分から10時30分まで働き、いったん自宅に戻った後、15時30分にもう一度出勤して夕方17時30分までの勤務です。運転手を卒業した現在も1日4時間、週5日働いていますが、勤務時間は8時30分から12時30分に変更しました。5台運行している送迎バスのルートを決めたり、運転手を配置したりする管理の仕事を職員さんと一緒に担っています。若い人と協力しながら自分が無理せずにできることをするのは楽しいですよ。父親や祖父のように慕ってくれるのもうれしいです。
この仕事以外にも雑用全般を引き受けています。「深田さんは一家に一台」なんて職員に言われて、車椅子の修理でも何でも頼ってもらえるのがやりがいにつながっています。利用者さんに喜んでもらえるのも張り合いになるから月1回、デイサービスのレクリエーションで演歌を歌っています。利用者さんから「よかったよ。また、来てね」と声をかけてもらえるのが励みになり、自宅でも歌の練習を重ねています。
出かける場所があると生活にもリズムが生まれ、健康にもいい。102歳になる母親を老人ホームに入所させるまでの2年間、在宅で介護できたのもここに務めていることが役に立ちました。職員さんが介助する様子を見ていたから家でも世話ができたのだと思いますし、困ったときは相談に乗ってもらいましたから。来年73歳の定年を迎えますが、死ぬまでここで働きたいと思うほど毎日が充実しています。
▼介護の現場で働き続けられる理由と条件
- 年齢や体力に応じた仕事がある
- 職員や利用者との交流がある
- 自分の特技や趣味を生かせる場がある
- 家族の介護に役立つ
- 地元で働ける
伊藤加津子さんからのメッセージ
体に負担がなく余暇を利用した働き方はシニアには理想的
- 伊藤加津子さん(いとう・かずこ)
- 71歳。生命保険会社のセールスレディとして35年間勤務。その間に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了する。義母と義父の介護を経験し看取った後、アメニティスタッフの仕事を始める。清掃業務に従事して週4日働く。夫、息子と3人暮らし。
同居していた義母をがんで亡くし、義父も5年間、自宅で介護した後、療養型病院に入院させて看取(みと)りました。2人を見送ったら寂しくなって介護関係の仕事をしたいと考えるようになりました。62歳のことです。すでに介護職員初任者研修を修了していたので、最初はデイサービスで4カ月働きましたが、移乗ができず、利用者さんにけがをさせてはいけないと諦めました。年齢的に介護の仕事は難しいと思っていた矢先、目にしたのがアメニティスタッフの募集チラシです。清掃や高齢者の話し相手など具体的な仕事が書いてあり、「これならできるかも」とすぐに応募して採用になりました。
アメニティスタッフとしての主な仕事は清掃です。食堂の流し台のほか、トイレや個室の洗面所などを担当しています。利用者さんが日常的に過ごす場所で働いているので、掃除しながら利用者さんと他愛もないおしゃべりをすることがよくあります。それがまた楽しいのです。私のことを覚えてくれて、声をかけてもらえるのが張り合いになっています。
いま、14時~18時まで1日4時間、週4日働いています。自分の都合に合わせて勤務日を決められたので、無理をせずに10年も働き続けてこられたのだと思います。また、年を重ねてくると、体力などに応じて勤務時間を短くすることができるのも助かっています。介護の仕事といっても年齢によっては移乗や入浴介助など対応できないことがある中、そのことを施設側が理解し、私たちシニアにもできることを用意してくれて、この仕事に携われているのは本当に有難いです。このアメニティ制度にはシニア世代が働きやすい条件が揃っていると思います。
▼介護の現場で働き続けられる理由と条件
- 体力的にきつくない
- 勤務日や時間を自分で決められる
- 日常的な家事スキルで対応できる
- 利用者との交流がある
- 自宅から近い
2007年3月設立(施設長・白木孝典)。全室個室によるユニットケアを提供。「あらゆる声から思いを汲み、その方らしい暮らしを実現します」を理念に専門性の高い介護サービスの提供を目指す。介護老人福祉施設定員50人(要介護度平均3.4)、ショートステイ定員20人、デイサービス定員35人。職員数は97人。正職員44人、非常勤職員53人のうちアメニティスタッフは16人。職員の平均年齢は43.4歳(正職員が35.8歳、非常勤職員が49.7歳)。