当事者の声

諦めかけた人生を再始動 認知症当事者が語れる場を 渡邊雅徳さん後編

認知症の当事者が発言する場は増えてきましたが、それでもまだ“届かない声”はたくさんあるようです。当事者はどのような体験をし、どのような思いでいるのでしょうか。前編に引き続き、渡邊雅徳さんの声をお届けします。

渡邊雅徳さん
渡邊雅徳(わたなべ・まさのり)
1977年、鳥取生まれ。40歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。2021年9月、認知症の普及啓発を担う「埼玉県オレンジ大使」に任命。現在は再就職に向けた活動をするかたわら、若年性認知症の人と家族を対象にしたカフェ「リンカフェ」も開催している。趣味は中国拳法、カホン

――インタビュー前編では、若年性認知症の当事者であり、精力的に活動されている丹野智文さんの講演を聞いたことでご自身が変わられた、とおっしゃっていました

丹野さんの講演会に参加した後、同じく若年性認知症当事者である佐藤雅彦さんの講演会に足を運んだことも大きかったです。講演会活動をしようと考えるようになったのは丹野さんの影響が大きいですが、就職活動をはじめ、色々な方面で頑張ってみよう、と思うように至ったのは佐藤さんの存在が大きいんです。
佐藤さんは、「病気になったけれど、ピアノの発表会を開くんだ」と言って言葉どおりに実現されたり、「美術の個展を開く」と言って、本当に絵を描くようになったり。

僕は昔から美術が大嫌いで、自分は絶対にやらないと思っていたのですが、佐藤さんに「臨床美術は面白いから一緒に見に行こうよ」と言われて、見るだけですよなんて言いながら行ってみたんです。
すると今度は「渡邊君もやろうよ」と言われて。ちょっとだけですよ……と絵を描いてみたところ、周囲からは「なかなかセンスがいい」と言われて。褒められるとつい調子に乗ってしまい(笑)、そこから興味を持つようになりました。

渡邊雅徳さん。起きてすぐ目につく場所に、その日の予定を書いたメモを貼っておく。必要なものは玄関のドアノブにかけておく、なども記憶力を補う工夫だという
起きてすぐ目につく場所に、その日の予定を書いたメモを貼っておく。必要なものは玄関のドアノブにかけておく、なども記憶力を補う工夫だという

――認知症と診断されてから、より活動的になられたのですね

もともとはあがり症で、学生時代の文化祭などでもすごく緊張してしまうタイプだったのですが、いまは人前で話すときもあまり緊張しなくなりました。認知症のお陰なのかはわからないのですが、医学会で初めて講演をした際も、約300人を前にしても「あれ? 人前で話しているのに緊張しない」と、自分でもびっくりしたほどです。

――いまでは「リンカフェ」という、若年性認知症当事者と家族が自由に集える場も主宰されています

ネーミングは、僕が休職中に熱中していたゲーム、そして認知症で一度人生を諦めかけた人がやり直す、という意味を込めて「リンカーネーション」(輪廻)という言葉から発想していきました。
みんなでお菓子を食べたり、お茶を飲みながら話をしたり。スクラッチアートやバランスゲームの「ジェンガ」のようなゲームをしたりしながら、崩してしまった人は“罰ゲームで歌を歌う”なんてルールをつくって楽しんでいます。それから、近くの幼稚園に寄付するゴミ箱などを作ったりもしていますね。

――当事者スタッフとして、大切にされていることはありますか

認知症の当事者特有の感覚なのかもしれませんが、当事者同士で同じ空間を共有すると、少しの時間を一緒に過ごすだけでも、劇的な変化が見られるようになるんです。一緒に卓球をしていると、最初は無表情だった方も、終わる頃には「次は負けないぞ!」とノリノリに言ってくださったり、おやじギャグを飛ばしたりしながら、満面の笑みで帰られる。そうした姿を見ていると、「認知症当事者には、こうした場が必要なんだな」と思います。

それと、同じ経験をしたからこそ話せることもあります。年代が近いと、「仕事をしていた時は、こんなことがつらかったよね」といった話もできます。僕はいま就職活動中なのですが、「まだ働こうと思っているなんてすごいね」なんて言われることもあります。そうした話を正直にできる場所は貴重です。

――その場の空気で伝わるものがあり、いい関係が築けるようになるのでしょうね

「家族の会」の集いでは、みなでワイワイガヤガヤ楽しく過ごしていたら、意思疎通が困難でほとんど言葉を口にできなかった車椅子の方が最後には自ら立ち上がり、鼻歌を口ずさむほどになっていた、なんてこともありました。

渡邊雅徳さん。若年性認知症の本人や家族との交流の場「リンカフェ」は毎週木曜13時から。相談の場としても自分の好きなことを自由にできる場所としても活用できる
若年性認知症の本人や家族との交流の場「リンカフェ」は毎週木曜13時から。相談の場としても自分の好きなことを自由にできる場所としても活用できる

「リンカフェ」のような、若年性認知症の当事者たちの集う場所は全国的には少ないので、これから広めていきたい、という思いもあります。

――丹野さんや佐藤さんとの出会いの場をつくってくれた、埼玉県若年性認知症支援コーディネーター(以下、若年コーディネーター)さんの存在も大きいですね。ご自身にとって、どんな存在ですか

もう、神ですね(笑)。就職活動に関する相談をしたところ、「渡邊さんだったら書類審査ではなく、早い段階で実際に会ってくれる会社に応募した方がいいんじゃない?」「トライアルから始めてみたら?」といったアドバイスをもらいました。特別視することなく「世の中甘くないのよ!」なんて、時に厳しく言ってもらえることが、僕としてはありがたい。県によっては、若年コーディネーターさんの役割が機能していないところもあるようですが、各県に設置されているはずなので、当事者の皆さんは色々相談にのってもらうといいと思います。

――今後、挑戦してみたいことや目指していることはありますか

障害者を雇用している会社の雇用実績を見ても、認知症当事者を採用している会社はほとんどないんです。実際、僕も障害者雇用の枠で応募しても、書類審査で落とされてしまう。「認知症」という言葉のイメージが強すぎるのだと思います。「理解があります」という姿勢を示している会社であっても、です。悲しいし、悔しいし、やりきれない思いもあります。けれど、実際に僕が就職して働いている姿を見せることができれば、「認知症でも活躍できるじゃないか」と思ってもらえるかもしれない。そんな手本のような存在になれたら、と思っています。

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