一風変わった「家族」がテーマの映画 最優秀賞監督が語る地域と介護
取材/古谷ゆう子 撮影/上溝恭香
60歳を迎えようとする役者志望の男性が、認知症の母親のために周囲の手を借りながら一世一代の大勝負に出る――。
なかまぁるShort Film Contest 2020で最優秀賞を受賞した「劇団かぞく」は、監督である戸張泰幸さんが地元・埼玉県蓮田市で暮らす多くの人々とともにつくり上げた作品だ。「映画づくりを通して人と人はつながり合える」と語る戸張監督に、作品にかける思いを聞いた。
■父が認知症だった
――「劇団かぞく」は、映画づくりを通した地域活性化プロジェクト「はすだ Futureプロジェクト」の一環として生まれたと伺いました。
蓮田市で映画をつくろうと考えたときに、取り上げるテーマはできるだけ身近なものがいいのではないか、という話になりました。その一つとしてあがったのが「高齢化」の問題です。埼玉県の市の中では、蓮田市の高齢化率は4位と確実に高齢化が進んでいる。私の場合、父親が認知症当事者ということもあり、生まれ故郷である蓮田市に戻ったのですが、そうしたきっかけがないとなかなか地元に戻る機会もないんですよね。
私にはテレビ番組の制作経験があり、「父が認知症だ」という話もしていたことから、周囲に後押ししてもらう形で監督に挑戦してみることになりました。脚本は別の方にお願いしたのですが、脚本家がすべてを決めるわけではなく、プロジェクトに携わるメンバーみなで話し合い、細かいところは加筆、修正しながら進めていきました。
――認知症当事者であったお父様を物語のなかに反映されることはあったのでしょうか。
父に認知症の症状が出るようになって11年になりますが、一緒に暮らしていた最初の5年目の終わりの頃に、私自身が「相手を否定しない」という姿勢に変えてみようと思う出来事がありました。それまでは、父に「財布がない」と言われたら、「そこに置いていなかったでしょ」などと言ってしまうことも多かったのですが、それを最初から否定しない、という姿勢に変えていったことで、関係も変わったように思います。そうした姿勢は作品にも反映していきました。
■「介護」から「親孝行」に
――「相手を否定しない」と考えるようになったきっかけはなんだったのですか。
父の認知症がわかってから約1年後に父の両親が亡くなったのですが、葬儀を終えた後も父はずっと2人を捜しているように見えました。「おじいちゃんどこに行ったのだろう」と言いながら、家の外に出ていくこともありました。
最初の頃は、「亡くなったでしょ」と伝えることも多かったのですが、あるとき、ふと私が「旅行に出かけたんだよ」と口にすると、目に見えて聞き返すことが少なくなりました。
「両親は生きている」と父は考えていたのに、それを否定してしまうことで、本人のなかで「なんでだろう?」とさらに混乱が生じていたのかもしれません。
その頃から、自分もまた「介護」ではなく、「親孝行をしよう」と思うようになりました。「介護」という言葉にはどうしても義務感のようなものが付きまとうと感じていたのですが、自分が息子の立場としてできることはなんだろう、と考えるように。自分一人でできることには限界があるので、ヘルパーさんや周囲の手も積極的に借りようと思えるようになったのも大きな変化でした。
――そうした思いを抱えながら臨んだ撮影を通して、新たな気づきはありましたか。
「劇団かぞく」をつくる前に1本、蓮田市のPR映画をつくったのですが、その際、“地元の話”を通して、人々は一つになれる、ということを肌で感じました。以前から、介護をする家族が孤立することなく日常的に地域とつながっていられたらいいな、という思いがあったのですが、そのために必要なのはまさにこうした会話だな、と。同じ地域に住んでいると、「あ、そこに住んでいらっしゃるんですね」など、会話が自然な流れのなかで生まれてくる。
地域のつながりは本当に重要で、映画づくりを通して人々が集まり、地域が一つになれるような作品をつくっていきたい、という気持ちがあります。
■父親とのストーリーを映画化したい
――映画が完成してから印象に残っている、周囲の反応などはありますか。
撮影に参加されていた方からこんな話を聞きました。その方の息子さんの中学校では、授業で認知症のことを取り上げていたそうで、そこで息子さんが「この作品を授業で見てみたらどうですか?」と先生に提案していたそうです。そんな話を聞くと、「良かったな」という気持ちになりますね。
出演されていた方の約2/3がプロの役者、残りの1/3が市民の方なのですが、一般的に、映画を観る機会はたくさんあっても、撮影に参加する、ということはなかなかないですよね。観るだけでなく、つくる側に回り、つくることの楽しさを経験してほしい、という気持ちもあります。そうすることで、出来上がった作品を一緒に観たときに、より感じるものがあるのではないかな、と。
――今後はどんな作品を生み出していきたいと考えていますか。
個人的な思いとしては、父親とのストーリーを長編映画として残していきたい、という気持ちがあります。家族からは、ともに時間を過ごしていくなかで、さまざまなことを自然と学ばせてもらえているな、と感じています。例えば、学校だったら「勉強しよう」として勉強をするわけですが、家族からは無意識のうちに生き方や人とのやり取りというものを学ばせてもらっている。そうした話を、自分も映画として残せていけたらと思っています。
- 戸張泰幸
- 1983年、埼玉県蓮田市生まれ。テレビ番組の制作スタッフなどを経験した後、福祉の仕事にも携わる。2016年に発足した「はすだ Futureプロジェクト」のメンバーの一人としても活動。