なかまぁるクリップ

令和という岐路 認知症の当事者発信を追った記者の「平成と認知症」2

認知症の当事者の思いや発信する姿、彼らを取り巻く環境の変化を追った「ルポ 希望の人びと」(朝日新聞出版)の著者である生井久美子・朝日新聞記者が、認知症の当事者たちが歩んできた平成を振り返る特別寄稿の2本目です。

※ (1本目の話)痴呆、絶望、人生の終わりから「認知症新時代」へ 平成と認知症1 はこちら

2017年の国際会議に参加した竹内裕さん、クリスティーン・ブライデンさん、丹野智文さん
2017年の国際会議に参加した竹内裕さん、クリスティーン・ブライデンさん、丹野智文さん(左から、筆者撮影)

「進化」し「深化」する人びと

30年近く取材を続けて感じるのは、ふたつのシンカです。
IT時代、「記憶は残らないけれど、記録は残せる」と、パソコンを駆使してくらしの工夫を発信し始めたのは佐藤雅彦さん(65)。名前は忘れても「Facebook」は顔がわかるから大丈夫。どんどんつながって、フォロワーが3000人を越えた当事者もいます。丹野智文さん(45)はFacebook、LINE、zoom(ビデオ会議システム)で外国の当事者たちとおしゃべりも。認知症になったら、新しいことは覚えられないといわれてきたけれど、挑戦して成功した人がたくさんいる。社会にも本人にもあった“思い込み”を打ち破って、当事者同士がつながる姿には目を見張ります。

そして、胸打たれたのは、ご本人が自分自身の中にもある認知症への偏見に気づき、仲間と人間観を語り、「権利」「人権」に思い至る心の旅です。
力をぬいて、もっと楽しく笑顔で生きよう! 将来を心配するのではなく、今できることを精いっぱいしよう! 自分たちの声で社会を変えよう!と意志をもち続けていることです。当事者と当事者が出会い、つながり、発信する。さらに、その先々で出会った人、かかわった人たちとの交流のなかから「希望」が生まれ、広がってゆく。「進化」し、「深化」する「希望の人びと」の物語。そこにはどんな状況になっても、自分を投げ出さずに「いま」を生きる、いくつものヒントがありました。

認知症の当事者発信を追い続けて気づかされたのは、「能力主義」からの解放の大切さです。何かが「できる」からよいのではなく、そこに「いる」「存在する」意味と価値の重さです。いま、問われているのは社会の、私たちの人間観だと痛感します。

全国の講演に飛び回る丹野智文さん(筆者撮影)
全国の講演に飛び回る丹野智文さん(筆者撮影)

私が介護の現場の取材を始めた25年前。「認知症」(当時は「痴呆」)は、不運な気の毒な人たちの問題だと思われがちでした。高齢化率は当時まだ14%。高齢社会の入り口に立ったばかりで、高齢先輩国のスウェーデンやデンマーク、ドイツを取材して、グループホームや介護保険(日本にはまだなかった)ルポがニュースになる時代でした。

いま、日本はとっくに「超高齢社会(21%)」に入って高齢化率は女性では30% 。認知症は予備軍(MCI)も入れると1000万人を越えたと推計され、認知症になる人の割合(有病率)は、85~90歳では半数に迫る(グラフ参照)。夫婦そろって平均寿命まで生きるとどちらかが認知症になる計算です。(だれもがなる可能性がある)。
人は、死に向かって生きています。出会いがあれば別れがある。

認知症の有病率グラフ
認知症の有病率〈2012年度厚生労働省研究班(代表研究者・朝田隆筑波大学教授)調査研究から〉=生井久美子著「ルポ 希望の人びと」(朝日新聞出版より)

そして死の前に認知症もある。しょうがない、避けがたいことが起きるのが人の定めです。認知症の苦悩は、生きていればぶつかることの一つなのだと取材を通じて実感しました。問題は、そこからどう前を向くか。
私が認知症の、当事者の発信する姿に胸打たれ、追い続けるのは、それが認知症を越えて、人としてどう生きるか、本質的な問いかけや言葉だからです。彼らが認知症だからではなく、魅力的な人たちだからです。

問題のほとんどは『人災』

一方で、この瞬間、認知症と診断された人たちが5万人以上も精神病床に入院しています。これは特異なことで世界にこのような国はありません。当事者たちの「本人の意思ではない」「だれのための入院か」という問いかけ、そして樋口直美さんの「認知症をめぐる問題のほとんどは『人災』」の指摘は胸にズシンとこたえます。背景には日本の精神病床のけた違いの多さがあります。この構造は、平成の間も変わらなかった、これは決して忘れてはならない現実です。

当事者たちでつくる「日本認知症本人ワーキンググループ」が昨秋、「認知症とともに生きる希望宣言」を発表し、平成も残り9日となった4月22日、代表理事の藤田和子さんと丹野智文さんたちがそれを厚労大臣に手渡しました。

一度きりしかない自分の人生をあきらめないで、
希望を持って自分らしく暮らし続けたい。
次に続く人たちが、暗いトンネルに迷い込まずにもっと楽に、
いい人生を送ってほしい。

などとうたっています。(「認知症とともに生きる希望宣言」全文はこちら

希望宣言を根本厚労相(左から3人目)らに手渡した藤田和子さん(同4人目)と丹野さん(なかまぁる編集部撮影)
希望宣言を根本厚労相(左から3人目)らに手渡した藤田和子さん(同4人目)と丹野さん(なかまぁる編集部撮影)

それは「もっと生き生きと暮らせるはずなのに、絶望の日々を強いられている人がどんなに多いか」という訴えでもあります。本人の輝きが増す一方で、心ならずも閉ざされた日々を生きる人たちがいる。悲痛な落差は前より広がっている、とも言えます。認知症の当事者発信が、ひとつの希望にとどまるのか、この国をかえてゆく大きなうねりになるのか。
元号を、一人ひとりのかけがえのない人生の日々で考えるのならば、「令和」こそ、まさに、その岐路にあります。

生井久美子(いくい・くみこ)
京都市生まれ。1981年朝日新聞入社。仙台支局、政治部をへて、医療・介護などいのちの現場で、当事者に注目した取材を続ける。仕事はスマホとともに、瀕死のガラケイが頼り。絶滅危惧種といわれてきた。
編集委員などの後、現在夕刊企画班記者。昨年末、人生の回復をテーマにした「私の物語をたどって」(全10回)を夕刊2面で連載。
著書に「私の乳房を取らないで 患者が変える乳ガン治療」(三省堂)「ゆびさきの宇宙 福島智・盲ろうを生きて」「人間らしい死をもとめて ホスピス・「安楽死」・在宅死」(岩波書店)「付き添って ルポ老人介護の24時間」「介護の現場で何が起きているか」(朝日新聞出版)など。

「ルポ 希望の人びと ここまできた認知症の当事者発信」
認知症と診断された本人(当事者)が42人、主治医や専門医15人、家族や医療・ケアの現場でかかわる人も含むと120人以上の人が登場。巻末に、1970年からの年表「認知症に関連した主な社会改革・できごと」も。2017年度日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞受賞。いつも、当事者の人たちに励まされて、何とか記者を続けている。著作の印税は、当事者団体にお届けしています。

「世界アルツハイマーデー」 の一覧へ

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について