私が認知症を取材する理由

認知症を進行させない2つの「つながり」とは――作家・奥野修司さんに聞く

認知症当事者たちの生の声を集めた『ゆかいな認知症』(講談社現代新書、11月14日発売)の著者でノンフィクション作家の奥野修司さんは、認知症の初期の段階でどんな活動をするかが、その後の症状の進行に大きく影響すると言います。それはいったい、どういうことなのでしょうか。

アナログ時計は読めてもデジタル時計は読めない

――著書では認知症の当事者たちのさまざまなエピソードが紹介されていますが、一言で「認知症」と言っても、その症状は人によってあまりに違うことに驚きました。

認知症によって抱える障害は、人によってさまざまです。認知症は記憶力が衰えると言われますが、多少の衰えはあっても日常生活に大して支障がない人もいます。ただ、そんな人でも文章を読もうとすると、1行読み終えた後の次の文章がどこにつながるのかわからず、止まってしまうケースがある。

一方で、記憶障害はないけれど、空間認知障害のため、服を着ようとしても袖に自分の腕を通すことができなかったり、駅の切符売り場で小銭を投入することができなかったりする人もいます。ほかにも、アナログ時計は読めてもデジタル時計が読めない人がいたり、逆にデジタル時計だけが読める人がいたり――。

だから、当事者がいま困っていることは何かを知ることが、介護する家族にとって重要です。
そして、前述(前回の記事はこちら)した通り、認知症というのは単に認知障害があるだけで、人としての基本的な部分は私たちと変わらないんだという認識を持つべきでしょう。

たとえば、足の障害があって歩けなければ、足の機能をサポートするツール=車いすなどを使って自立した生活ができるよう周りもサポートします。それは認知症の人も同じで、当事者にとって何が障害になっているのかがわかれば、それをサポートするツールを使えばいい。そうすれば、障害の程度によっては“普通の生活”が送れるはずです。

当事者たちもそれぞれ自分なりに工夫して、なんとか自立した生活を送ろうと努力しています。カレンダーやメモ帳を駆使して記憶を補完したり、スマートフォンの地図アプリを使って常に自分の位置を把握したりしています。あるいは、とにかく人に聞いて手伝ってもらうことが重要な“ツール”の役割を果たす場合もあります。

「パーソン・センタード・ケア」という考え方

――周りの人間がそれをサポートするには、どうすればいいんでしょうか。

認知症ケアに関して、英国などで実践されている「パーソン・センタード・ケア」という考え方があります。これは、生まれも育ちも違う認知症当事者たちが、それぞれ自立した生活を送るために、一人ひとりを価値ある人間として尊重し、その人の視点に立った介護をしなさい、というコンセプトで1990年ごろに提唱されました。認知症を「何もできない人」と認識し、施設のマニュアルに沿った介護をするのとは正反対の考え方です。

たとえば、つい先日、取材した京都府に住む女性は、夫が若年性認知症になって以来、暴れたり叫んだりと手が付けられない状態だったのが、いまはとても穏やかになったと話してくれました。いったいどんな介護をしたのか、その方法を聞くと、自分が心がけている2つのポイントがあると言います。

1つは「その人の立場に立つ」こと。そして、2つ目は「五感で対応する」こと。彼女はまさに「パーソン・センタード・ケア」の考え方を無意識に実践していたのです。

――「五感で対応」とは?

五感を研ぎ澄まして相手をよく観察することです。そうすれば、相手が何を望んでいるのかわかりますよ、と。

誰かと面と向かって話しているとき、相手が喜んでいるか嫌がっているか、ちょっとした表情の変化や仕草で感じ取ることができますよね。重度の認知症の人は、「伝えたいのに伝えることができない」という状態です。声が出せない、手が動かない、歩けないといった機能障害によって意思の疎通が難しくなっています。だからこそ、目の前の相手の気持ちを理解しようとする姿勢が重要になってくるのです。
彼女の場合、ほとんど話さない夫のことをよく観察し、真正面から向き合っているうちに、夫の暴力性が治まっていったと話してくれました。

また、こんなケースもあります。
過去に取材した岡山県のおばあちゃんは、記憶が1分くらいしかもたなくて、話している間も「あなた誰?」と繰り返し聞かれました。私がなぜそこにいるのかわからないのです。それが、ふと「四国に実家がある」と言う。それならば、ということでおばあちゃんと家族、介護職員たちと一緒に四国の実家を訪問したら、ものすごく喜んでくれました。
翌日、改めて挨拶をしに介護施設に行くと、「昨日はよかったね」と言うわけです。「え? どこへ行ったか覚えてるの?」と驚いて聞くと、「やっぱり家はいいわね」と微笑む。丸一日たっても覚えていたんです。本人の気持ちを知り、そこに寄り添って動くことがいかに重要かを改めて感じました。

「認知症は人格障害」の誤解

――日本国内での認知症に関する取り組みは進んでいるのですか。

日本の社会において、昔は認知症になることは大した問題ではありませんでした。「長生きすればボケることもあるもんだ」くらいの感覚だったんですよ。それが、1960年代、70年代の高度成長期とともに高齢化社会が進むと、「痴呆(認知症)」が社会問題になり始めます。社会で効率化が優先されるようになり、人々の価値観が変容してきたのです。

奥野修司さん2_2

しかも、当時は認知症と診断されるのは中期から末期になってからで、言葉が話せなかったり、暴れ出したり、外出して帰ってこなかったり、とだいぶ症状が進んでからでした。そのため、「認知症=重度の症状」という間違った認識が定着してしまったのです。認知症になれば2~3年で何もわからなくなり、寝たきりになって死ぬ、というイメージが一般化され、認知症になると人間ではなくなる、「人格障害」とまで言われていました。

国内で認知症の早期発見が一般的に周知されたのは、つい最近です。2012年に厚生労働省が、年々増加する認知症高齢者対策のため具体的な数値目標を定めた「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」を策定してからです。

また厚労省が推進する、地域ぐるみで認知症の人たちをサポートする「認知症サポーター」制度は、現在すでに登録者が1千万人を超えていますが、実際にサポーターが認知症当事者たちとつながっているかというと、まだそこまでは至っていません。地域の現場と行政との連携は始まったばかりで、まだ手探りの状態です。

ただ、ここ数年で認知症の人たちを取り巻く状況は大きく変化しつつあると感じています。それは、認知症当事者が少しずつ、自ら声を上げるようになってきたからです。第三者ではなく、本人が実名で発信していかないと世の中は変わらない。社会にこびりついた認知症のイメージを変えることは簡単ではありませんが、認知症の人たちの声に耳を傾け、彼らの本当の姿を知れば、介護する家族たちの負担も減ると信じています。

「引きこもり」は症状を進める

――著書に登場する当事者たちは、それぞれに苦労しながらも自分らしい生活を見つけています。認知症になった人が、その後も生き生きと暮らしていくために必要なことは何でしょうか。

取材を進める中で私が感じたのは、「社会とつながること」と「人とつながること」、この2つのつながりの大切さです。それはつまり、生きがいと希望を持つことです。自分は孤立していないんだ、仲間と何かをやってみよう、という思いは、生きがいや希望を生み出します。そして、それがあると認知症の症状がすぐには進行しないのです。

ところが、家にとじこもって誰とも会わない生活をしていると、あっという間に症状が進んでしまいます。私が過去に取材した当事者の中でも、長く引きこもっていた人は、活発に活動をしていた人に比べると話せなくなってしまいました。この差は歴然としています。

奥野修司さん2_3

初期段階ならば、障害の程度によってサポートさえしてもらえれば、これまで通りの日常生活が送れます。だからこそ認知症は初期の対応が重要で、たとえば家族が心配だからと本人の外出を制限すると症状を悪化させる原因になります。認知症になったからといって、なんでもかんでも家族が本人に代わってやってあげる、というのは大間違いで、本人ができる範囲のことは任せて放っておいたほうがいいんです。

――社会や人とつながると言っても、当事者にはハードルが高そうです。

まずは当事者同士で会うことです。元気な人と話していると、「自分もこの人のようになれるかも」と希望を持つことができます。たとえば、仙台市にある認知症当事者の相談窓口「おれんじドア」では、当事者の悩みに当事者が答えるというスタイルでサポートをしています。
また、東京都町田市のデイサービス「DAYS BLG !(デイズ・ビーエルジー)」は、若年性認知症の人を対象に自動車販売店での洗車や、フリーペーパーのポスティング、花壇の手入れ、学童保育での紙芝居など有償・無償のボランティアによる実務作業を取り入れて、“仕事”にやりがいを感じながら地域社会と交流できるような取り組みをしています。

認知症初期の段階でこうした活動をするかどうかで、その後の症状の進行の度合いや自分の生き方が大きく変わってくると言えます。それは同時に、介護する家族の生活を左右することにもなるでしょう。

私たちは、認知症を自分とはほど遠いものだと思っています。しかし、3人に1人はいずれ認知症になるんですよ。なのに心の中では「自分は認知症にならない」と思っている。本当はみんなが「自分事」としてとらえなければいけない問題です。一人ひとりが認知症に対してもっと関心を持ったほうがいい――そう考えて、私は取材を続けているのです。

奥野修司(おくの・しゅうじ)
1948年、大阪府生まれ。ノンフィクション作家。立命館大学卒。1978年から南米で日系移民を調査する。帰国後、フリージャーナリストとして活躍。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、2005年に講談社ノンフィクション賞を、2006年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『ねじれた絆』『満足死』『心にナイフをしのばせて』『放射能に抗う』『がん治療革命』『魂でもいいから、側にいて』など著作多数。最新刊は『ゆかいな認知症』

【こちらも注目記事】
認知症の人だからこそ、生み出せる価値も見える化を 未来共創ハブ開設

実家の母が認知症に ひとり娘が撮る家族の「正解のない日常」とは

『母が若年性アルツハイマーになりました。~まんがで読む 家族のこころと介護の記録~』

介護には心の余裕が必要 後ろめたさが優しさを生む 阿川佐和子さんインタビュー

関連するキーワード

この記事をシェアする

この連載について

あわせて読みたい