認知症とともにあるウェブメディア

心の安定や意欲の向上も 昔の思い出を語ってもらう回想法 実践方法や留意点は

認知症の人に対する回想法とは? やり方や効果、注意点を解説

認知症の人に対する心理療法として注目されている回想法。介護施設などでグループワークとして実践するほか、家族の日常的な会話の中にとり入れることもできます。実践方法や効果、留意点などについて心理学を専門とする奥村由美子さんに解説していただきます。

回想法について解説してくれたのは……

帝塚山大学心理学部心理学科 奥村由美子教授
奥村由美子(おくむら・ゆみこ)
帝塚山大学心理学部心理学科教授
関西学院大学文学部教育学科教育心理学専攻卒業、筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科病態制御医学専攻修了。川崎医療福祉大学医療福祉学部准教授などを経て、2015年から現職。公認心理師、臨床心理士、上級専門心理士。認知症高齢者への非薬物療法の中でも、特に回想法の効果や家族の精神的健康と支援などについて研究。

回想法とは

回想法とは高齢者に対する心理療法の一つです。1960年代に米国の精神科医、ロバート・バトラー氏が日々の診療の中で、うつ病などの精神的な症状がある高齢者にとって、昔を回想し、思い出や経験を語ることには意味があるということに気づき、提唱しました。その後、さまざまな専門職が高齢者の回想を治療やケアに導入し、研究も重ねられ、さらに認知症の非薬物療法としても普及していきました。日本では認知症の人に対して行う心理療法というイメージをもたれがちですが、健常な高齢者、何らかの疾患や障害をもつ高齢者など、様々な高齢者へのアプローチです。認知症の人にも応用的に実践されてきました。認知症の人にみられる記憶障害では、最近のことは覚えにくいですが、昔のことは比較的覚えているため、回想法ではその能力をいかすことができます。

回想法では昔の記憶を思い起こし、その経験や思いを語ってもらいます。方法としては、個人回想法とグループ回想法があります。個人回想法は、高齢者の回想を専門職が一対一でその時間をともに過ごし、じっくりと、共感的に、支持的に傾聴していくことができる方法です。グループ回想法は、複数(たいていは68人程度)の高齢者と専門職との同席により行われます。参加する高齢者は、その人なりの思い出を語ることに加えて、専門職とともに他者の回想を聴く役割も果たし、高齢者相互に思い出を共有し、支え合っていく様子もうまれます。

回想の内容ではライフレヴュー(人生回顧)とレミニッセンス(一般的回想)に分類されます。ライフレヴューは、自らの人生を振り返り、その人なりの意味の探求を目指すものです。現在の課題と関連する過去の未解決の課題の解決なども含まれ、より深く、それぞれの人生を考えるというアプローチで、系統的に記憶をたどります。その一方でレミニッセンスは、人生折々の経験や出来事のより自然な想起で、ライフレヴューのような評価の視点は意図的には含みません。認知症の人には、まずは後者を想定することが多く、開始して間もない場合やグループで実践する場合は、「季節の行事」や「子どものころの遊び」など、話やすいテーマで進めますが、目的やご本人の状態に応じてライフレヴューを導入することもあります。

回想法によって期待できる効果

回想法は、認知症の人の精神的安定を中心とする効果があるといわれていますが、誰にでも有用ではなく、適用や効果のあらわれ方は個々により、また認知症の種類や程度によっても異なります。実践には、記憶機能や言語機能がある程度保たれている必要があり、認知症が軽度である方が日常への効果の波及が期待できます。

自尊感情を高める

回想法は、聴き手側が話をする人にスポットライトを当てるようなイメージで行います。かつて自分が活躍していたころの経験や楽しかったときの思い出は、その人を支えているものです。その話をしっかり聞いて尊重してくれる人たちがいることで、自尊感情が高まっていきます。また、かつての自分が担っていた社会的役割を思い出し、その役割を再び担いたいという思いが芽生えることもあり、意欲の向上につながります。

コミュニケーションの促進

特にグループで実践する場合は、対人関係の進展や新しい環境への適応を促します。同年代の人たちで行うと共通の話題で盛り上がる傾向がありますが、世代が異なっても上の世代の人が下の世代に教えるような形になり、世代間交流につながります。

精神の安定やBPSDの軽減

回想法では、落ち着ける部屋や時間帯に、たとえば、地域ならではの行事や季節の思い出など、気楽に、楽しく話せることや、その人自身の経験や思いをじっくり聴かせてもらいます。そして、その人らしく心地よく過ごせるように細やかな配慮のもとに共に過ごし、それぞれのより良い状態を高めます。

介護する側にとっての効果

普段は介護が必要な認知症の人が、回想法を行う場では自分の過去を堂々と落ち着いて話すことが少なくありません。介護スタッフや家族などの聴き手側は、そうした姿を目にすることで、本人への理解が深まり、日常的な関わりにも変化が出てきます。家族にとっては、改めて家族の歴史を知る時間にもなります。

回想法の実践方法や留意点

回想法における、個人回想法とグループ回想法のそれぞれについて、その実践方法、留意点などについて解説します。

個人回想法

心理専門職などが心理療法の一つとして回想法を実践する場合、より深くその人にフォーカスすることを目的に1対1の面接形式でおこなうことがあります。また、他者とのかかわりに抵抗があるなど、いきなりはグループ回想法に参加するのが難しい人は、まず個人回想法を行い、慣れてきたらグループに参加してもらうといった方法がとられることもあります。そのほか、形式にこだわらずに、家族や介護スタッフが日常の会話の中で、昔の思い出話を聞くことも個人回想法の一つです。

グループ回想法

10人前後のグループで行う回想法

グループ形式で行う場合は、参加者とともに進行を担うリーダー、コ・リーダーが加わります。一般的に810回程度を1クールとして、週に1回程度を目安に行います。毎回同じメンバーによるグループ、その時々に自由に参加できるグループによる方法があります。メンバーが固定されていると、回を経るごとに落ち着きが増し、参加者同士の交流がうまれやすいというメリットがあります。

最初はリーダーが参加者に話しかけることが多いのですが、参加者同士の橋渡しを続けることで、回を重ねるごとに参加者同士のやり取りが生まれるなど、コミュニケーションの促進につながります。リーダーやコ・リーダーは、心理専門職の他、高齢者にかかわるさまざまな専門職が担っています。また、地域で実施される場合は、ボランティアが担当することもあります。専門性や経験に応じて、対応できる形で進めると良いでしょう。

回想法を行うポイント

【話やすいテーマで始める】

開始からしばらくは、誰もが話やすいテーマから始めましょう。また、本人が話したくないことは無理に聴き出す必要はありません。時に、その人にとって辛く、悲しい経験を自ら話されることがあります。それは「ここなら話してもよい」という気持ちのあらわれかもしれません。その場合はあわてず、ゆっくりお聴きしてみましょう。

【思い出しやすいように道具を活用する】

懐かしい写真や食べ物、おもちゃ、音楽など、テーマに合った道具が一つか二つあると、思い出すヒントになります。とくに五感を刺激するような道具は、具体的な想起につながりやすいと言われています。認知機能が低下していくと写真を見ても認識しにくいこともあります。ご本人の状態に応じてわかりやすいものを用意すると良いでしょう。

回想法を行ううえでの注意点

【プライバシーを守る】

プライバシーを守るために、その場で出た話を口外しないことが原則となります。今後のケアのためにスタッフ同士で情報共有したい場合などは、事前に本人や家族の許可をとる必要があります。

【訂正や否定をしない】

話す内容が変わったり、思い違いをして記憶していたりするのは、よくあることです。その人に混乱がないのであれば、訂正したり否定したりせずに、その人の思い出としてそのまま受け止めます。

【気分の良いときに行う】

落ち着かないときや、不安の強いときなどは、物事を否定的にとらえがちであったり、混乱してしまったりします。気分の良い時に行いましょう。回想の途中で表情が硬くなるとか、落ち着きがなくなることがあれば、さりげなく話題をかえるなどの配慮をしましょう。

【リセットして終わらせる】

回想法の時間の終わりには、お茶を飲みながら日常の会話をしたりして、気分を切り替えるようにしましょう。混乱なく落ち着いて日常に戻りやすくなります。

回想法で話した過去の思い出を引きずり、混乱して日常に戻れなくなることがあるため、の最後は、お茶を飲みながら楽しい話をするなどして気持ちをリセットする工夫が大事

【聴き手の思いを伝える】

「○○を知っていますか?」などと尋ねられると、記憶を確かめられているように受け取られることがあります。「昔はどんな遊びをしたのですか?」「子どものころの楽しみは何でしたか?」などであれば、その人なりに話しやすいと思います。教えてほしい、聴かせてほしいという思いをあらわしましょう。

【同じ話であっても受け止める】

何度も同じ話が繰り返されることがあります。つい「認知症だからかな」とか「さっきも同じ話を聞いたのに」ととらえてしまうかもしれません。ひょっとすると、その人にとって印象深い、大切なエピソードとか、人生の転機になったエピソードなのかもしれませんので、いきなりさえぎらず、まずはしっかり聴いてみましょう。回を重ねていくと、少しずつ他の話題に切り替えやすくなります。とくにグループで実践する場合には、他の参加者の様子にも配慮してみましょう。

回想法を円滑に進めるために

回想法を導入する場合は、その対象となる参加者一人ひとりの状態を理解しておくことが必要です。参加者が認知症を有する場合には、回想法やグループアプローチについての理解に加えて、認知症や認知症を有するその人の状態について理解しておくと良いでしょう。

回想法についてより知るためには、実践するうえでの基本が網羅されている『Q&Aでわかる回想法ハンドブック「よい聴き手であり続けるために」』やさまざまな事例が掲載されている『ケアの現場・地域で活用できる回想法実践事例集:つながりの場をつくる47の取り組み』(ともに編集代表・野村豊子、中央法規出版)といった書籍が参考になります。

そのほか、日本認知症ケア学会、日本老年臨床心理学会などの学会や自治体が主催する講演やセミナーなどで、回想法についてのプログラムをとり入れていることもあるので、こうした場に参加するのも一つの方法です。

まとめ

回想法は、懐かしい思い出の回想を通して、精神的な安定や意欲の向上、コミュニケーションの促進、BPSDの軽減を促し、認知症の人がより良い状態で過ごせることを助ける方法です。聴き手がそれぞれの回想をじっくりと大切に聴いていくことで、その高齢者が心地よく過ごせることをサポートできると思います。心理療法だけではなく、各種高齢者施設でのレクリエーションやご家族の会話にも応用してみてください。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

認知症とともにあるウェブメディア