任意後見制度とは どんな人が使える?法定後見との違いや監督人などを解説
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任意後見制度は、将来、加齢や認知症などによって判断能力が低下した場合に備えておくための制度です。法的な意思決定をサポートしてくれる任意後見人を、元気なときに指名しておくことで、判断能力が低下した後に、信頼できる人に財産管理などを任せることができます。法定後見制度との違いのほか、手続き、費用などについて、後見制度や相続などに詳しい阿部由羅弁護士に詳しく解説していただきます。
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・任意後見制度とは?
・任意後見制度と法定後見制度の違い
・任意後見制度は、どのようなときに使われるのか
・任意後見人になれる人
・任意後見制度の利用開始には、任意後見監督人の選任が必須
・任意後見制度を利用する手続きの流れ
・任意後見制度の利用にかかる費用
・任意後見制度の利用を終了するには
・任意後見制度に関するよくある質問
任意後見制度について執筆してくださるのは……
- 阿部由羅(あべ・ゆら)
- ゆら総合法律事務所 代表弁護士
西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
任意後見制度とは?
任意後見制度とは、判断能力が低下した人の法的な意思決定をサポートする任意後見人を選任しておくことで、ご本人の財産や権利を保護する制度です。
ご本人の判断能力が低下する前に、任意後見契約を締結し、あらかじめ任意後見人を選任しておきます。その後、実際に判断能力が不十分となった際に、家庭裁判所への申立てにより任意後見監督人(任意後見人の職務の執行を監督する人)が選任され、任意後見が始まります。
任意後見制度と法定後見制度の違い
任意後見制度と同じく、判断能力が低下した人の財産・権利の保護を目的とした制度として「法定後見制度」があります。両者の目的は共通している一方で、後見人等の権限内容や、利用する際の手続きが異なります。
法定後見には、判断能力低下の進行度に応じて「成年後見」「保佐」「補助」の3種類があります。成年後見人・保佐人・補助人の権限内容は、民法のルールまたは家庭裁判所の審判に従います。
これに対して任意後見の場合、任意後見人の権限内容は、契約によって個別に定められるのが大きな特徴です。
また、任意後見は法定後見と異なり、判断能力が低下する前の段階で、契約によりあらかじめ任意後見人を選任する必要があります。
実際の任意後見は、法定後見と同様に家庭裁判所の審判により始まりますが、事前に契約の締結が必要となる点にご留意ください。
※「法定後見制度」について詳しく知るには、こちらをご参照ください。
任意後見制度は、どのようなときに使われるのか
任意後見制度は、加齢や認知症などに備えた対策として利用されることが多いです。
前述のとおり、任意後見制度を利用するためには、判断能力のある段階で任意後見契約を締結しなければなりません。したがって、加齢や認知症への「対処」の側面が強い法定後見制度に比べると、任意後見制度は「事前の対策」としての要素が大きくなります。
特に、60代・70代といった高齢に差し掛かり、将来的な判断能力の低下が心配だという方は、任意後見制度の利用を検討するのがよいでしょう。
任意後見人になれる人
本人と任意後見契約を締結した人を「任意後見受任者」といいます。任意後見受任者には、誰でもなることができます。
ただし、任意後見受任者が「任意後見人」として職務を行うためには、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任されなければなりません(任意後見契約に関する法律4条1項)。
家庭裁判所は、任意後見受任者が以下のいずれかに該当する場合、任意後見監督人を選任しないものとされています(同項3号)。
- (1)未成年者
(2)家庭裁判所で免ぜられた法定代理人・保佐人・補助人
(3)破産者
(4)行方の知れない者
(5)本人に対して訴訟をしている者・した者、およびその配偶者・直系血族
(6)不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者
したがって、任意後見人になることができるのは、上記のいずれにも該当しない方だけです。
任意後見制度の利用開始には、任意後見監督人の選任が必須
任意後見契約を締結した後、本人の判断能力が低下したとしても、直ちに任意後見が始まるわけではありません。任意後見を開始するには、家庭裁判所による任意後見監督人の選任が必要です。
任意後見監督人の役割
任意後見監督人は、以下の職務を行います(任意後見契約に関する法律7条)。
- (1)任意後見人の事務を監督すること
(2)任意後見人の事務に関し、家庭裁判所に定期的に報告をすること
(3)急迫の事情がある場合に、任意後見人の代理権の範囲内において、必要な処分をすること
(4)任意後見人またはその代表者と本人の利益が相反する行為について、本人を代表すること
総じて任意後見監督人には、任意後見人による職務の執行を監督・牽制(けんせい)し、場合によっては本人の財産や権利を保護するための行動をとることが求められています。
任意後見人は原則として、契約によって自由に選定できるため、その資質に関する調査・検討を十分に行うことは困難です。その分、家庭裁判所が選任した任意後見監督人に監視させることで、任意後見人の職務を適正化し、本人の財産や権利の保護が図られています。
任意後見監督人になれる人
任意後見監督人は、以下の欠格事由に該当しない人の中から、家庭裁判所によって選任されます(任意後見契約に関する法律5条)。
- <欠格事由>
任意後見受任者または任意後見人と以下の続柄にある者
・配偶者
・直系血族
・兄弟姉妹
任意後見人を監督する職務と役割を担うため、任意後見人(任意後見受任者)と近い親族関係にある人が除外されています。
なお、任意後見監督人は申立人による推薦も可能ですが、推薦された人が必ず選任されるわけではありません。
任意後見監督人の選任を申し立てられる人
家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任を申し立てることができるのは、以下のいずれかに該当する人です(任意後見契約に関する法律4条1項)。
- ・本人
・配偶者
・四親等内の親族
・任意後見受任者
任意後見制度を利用する手続きの流れ
任意後見制度を利用する際の手続きの流れは、大まかに以下のとおりです。
任意後見受任者を決める
まずは、任意後見人になる人(任意後見受任者)を決める必要があります。
一般的には、親族や弁護士などの専門家が任意後見受任者となるケースが多いです。「財産を任せてもよい」と信頼できる人を選びましょう。
任意後見人の職務内容を決める
任意後見人の権限内容は、任意後見契約によって個別に定める必要があります。そのため、任意後見人に何を任せるか、何をしてもらいたいかを決めておきましょう。
- (例)
・財産の処分(預貯金の入出金、不動産の売却など)
・契約の締結
・介護、療養(介護施設への入居手続き、医療機関への支払い)
・日常家事に関する法律行為
など
公正証書で任意後見契約を締結する
任意後見受任者と、任意後見人に任せる職務の内容、さらに報酬などの細かい条件が決まったら、本人と任意後見受任者の間で任意後見契約を締結します。
任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によって締結しなければなりません(任意後見契約に関する法律3条)。
公正証書を作成する際には、最寄りの公証役場に依頼しましょう。
参考:任意後見契約に関する法律第三条の規定による証書の様式に関する省令|e-gov 法令検索
判断能力が低下したら、任意後見監督人の選任を申し立てる
任意後見契約の締結後、本人の判断能力が不十分となった場合には、家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任を申し立てましょう。申立先は、本人の住所地の家庭裁判所です。
家庭裁判所は、申立人の推薦があればそれを考慮しつつ、欠格事由に該当しない人の中から、本人の財産と権利を保護するために最適任と思われる人を任意後見監督人に選任します。
任意後見監督人の選任をもって、正式に任意後見が開始され、任意後見人が権限を行使できるようになります。
任意後見制度の利用にかかる費用
任意後見制度の利用には、公正証書の作成手数料、任意後見監督人選任申立ての費用、さらに任意後見人・任意後見監督人に支払う報酬の負担が発生します。
公正証書の作成手数料
任意後見契約を公正証書で作成する際には、以下の費用が必要となります。
任意後見監督人選任申立ての費用
家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任を申し立てる際には、以下の費用が必要です。
また、申立ての手続き等を弁護士などの専門家に依頼する場合、別途依頼費用がかかります。
任意後見人・任意後見監督人に支払う報酬
任意後見人に支払う報酬は、任意後見契約の定めに従います。特に、弁護士などの専門家に依頼する場合、依頼先によっては報酬が高額となることもあるので注意が必要です。
これに対して、任意後見監督人に支払う報酬額は、任意後見監督人から請求があった場合に、家庭裁判所の判断によって定められます。標準的には、月額1万円から2万円程度となるケースが多いです。
任意後見制度の利用を終了するには
任意後見を終了するには、家庭裁判所の許可を得て任意後見契約を解除する必要があります(任意後見契約に関する法律9条2項)。
家庭裁判所は、正当な理由がある場合に限り、任意後見契約の解除を許可します。
- (正当な理由がある場合の例)
・判断能力が残っている本人の、自由な意思による同意がある場合
・任意後見人が大病を患い、職務の遂行が困難となった場合
など
また、任意後見人に不正な行為、著しい不行跡、その他その任務に適しない事由があるときは、任意後見監督人・本人・本人の親族・検察官が、家庭裁判所に対して任意後見人の解任を請求できます(同法8条)。
任意後見制度に関するよくある質問
最後に、任意後見制度に関するよくある疑問点への回答をまとめました。
Q:ペットの世話は頼めるか?
ペットの世話は、任意後見人の職務の対象外です。
任意後見人の役割は、本人の財産の管理や、介護や生活面の手配をすることに限られます。これに対して、実際に介護をすることや、ペットの世話を含めた生活の面倒を見ることは、任意後見ではなく「準委任」の守備範囲となります。
したがって、任意後見人にペットの世話もしてもらいたい場合は、任意後見契約とは別に準委任契約を締結しなければなりません。
Q:任意後見人に資産を使い込まれるリスクはないか?
任意後見人が本人の財産を使い込んでしまう例は、残念ながら存在します。そのため、任意後見人には信頼できる人を選任することが大切です。
ただし、任意後見監督人の監督により、任意後見人による不正行為のリスクはある程度抑えられています。また、任意後見人の不正行為が発覚した場合は、家庭裁判所に解任を請求できます(任意後見契約に関する法律8条)。
Q:親が認知症の場合、任意後見制度は使えるのか?
すでに本人が認知症に罹っている場合、これから任意後見契約を締結できるかどうかは、意思能力の有無によって異なります。
本人に意思能力(=行為の結果を判断できる能力)がない場合、任意後見契約を締結しても無効となってしまいます(民法3条の2)。この場合、任意後見制度ではなく、法定後見制度(成年後見・保佐・補助)の利用を検討しましょう。
これに対して、認知症が未だ軽度であり、本人に意思能力が残っている場合は、任意後見契約を締結することが可能です。
法定後見と任意後見のどちらを利用すべきかについては、弁護士などの専門家にご相談ください。
Q:介護施設に入った親の任意後見人になることはできるか?
介護施設に入っているかどうかは、任意後見契約を締結できるかどうかに影響しません。前述のとおり、任意後見契約の締結に当たって問題となるのは、本人の意思能力の有無です。
介護施設に入っていても、意思能力があれば任意後見契約を締結できます。一方、すでに意思能力がない状態であれば、任意後見ではなく法定後見の利用を検討すべきです。
医師や弁護士など、専門家の意見を聞きながら、状況に応じてご判断ください。