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認知症当事者を雇用する社長の話(1)サポートではなく理解が必要

「認知症の人は仕事なんてできるはずがない」……そう思い込んでいる人は少なくありません。が、それは本当でしょうか? 39歳で若年性アルツハイマー型認知症の診断を受けた丹野智文さんは、6年後のいまも現役の会社員。しかも、今年2月からは新しい就労形態で仕事をしているとか。丹野さんが所属するネッツトヨタ仙台株式会社(宮城県)におじゃまして、丹野さんと三浦勇治社長にお話をうかがいました。

仕事の手順が丁寧に書き込まれた丹野さんのノート
仕事の手順が丁寧に書き込まれた丹野さんのノート

「記憶が悪くても、体は動くんだろ? 何か仕事はあるよ」

丹野さんが在職しているのは、ネッツトヨタ仙台。トヨタ系列の自動車販売会社です。丹野さんは22歳で入社し、25歳で同社の外車販売部門の担当に。異動以来、同部門のトップセールスマンとして活躍してきました。

ところが30代後半、丹野さんに異変が起きます。電話を切ったとたん話の内容を忘れる、お得意様を初対面の人だと思う……。さまざまな検査の結果、若年性アルツハイマー型認知症の初期と診断されたのです。

「お客様の顔を忘れてしまう自分に、もう営業の仕事はできないとわかっていました。でも、子どもは小学生と中学生。何としてでも働き続けたくて、洗車の仕事でもゴミ捨てでもいいから働かせてほしいと、社長にお願いしに行ったんです」と丹野さんは振り返ります。

私たち取材陣が通された会議室が、6年前に丹野さんご夫妻が、当時の社長と面会した場所だったそうです。

「ここに来ると、あのときの感激がよみがえります」

6年前、丹野さんが「働かせてください」と切り出す前に、前社長はこう言ったのです。

「丹野くんは、体は動くんだろ? だったら本社の総務に来るといいよ。総務だったらきみにできる仕事はきっとあるからね」

丹野さんは感動のあまり、帰りの車の中で号泣したと言います。

「社長就任時、実際に丹野さんに会ってみると『普通の社員』でした」と話す三浦社長
「社長就任時、実際に丹野さんに会ってみると『普通の社員』でした」と話す三浦社長

仕事は「普通」にできる。症状に合わせた工夫ができれば

現社長の三浦さんは、3年前に同社の社長に就任。前社長から丹野さんの話は聞いていたそうです。

「最初はもちろん、『どんな人なんだろう』と思いました。でも実際に会ったら『普通の社員』でした(笑)。違うのは、とても熱心にメモを取ること。彼のメモは非常に丁寧なので、彼が休んだときや、引継ぎのときなどに大変助かりました」

丹野さんは障害者雇用となり、担当業務は同僚たちの出退勤の管理や退職金の計算などに。丹野さんが頼りにしたのは2冊のノートでした。

1冊目には、仕事の手順が細かく書かれています。これを見れば、パソコンのどのフォルダに何が入っているかがすぐにわかり、パソコンを使い慣れていない人でも簡単に操作できるようになっているのです。

もう1冊には、丹野さん自身の仕事の予定や計画が書かれ、それをクリアしたかチェックできるようになっています。この2冊のノートがあるから、丹野さんは「普通に」仕事をこなせたのです。丹野さんは言います。

「会社で仕事をしているというと、『どんなサポートを受けているんですか?』『だれか張り付いてくれているの?』などと聞かれます。でも、そんなサポートはいらないんです。必要なのは、理解してくれることです。記憶が悪いので、メモを取る。メモを取るからほかの人より1.5倍の時間がかかる。それを理解して認めてくれさえすれば、手助けはいらないんです」

記憶力が落ちていても、別の能力を周囲が引き出せばよいと話す三浦社長
記憶力が落ちていても、別の能力を周囲が引き出せばよいと話す三浦社長

じょじょに変化する症状に合わせて、仕事も変わる

しかしアルツハイマー型認知症は、ゆっくりとではあるものの、進行する病気です。

「自分ではあまり気づいていなかったんですが、仕事が遅くなっているようで、三浦社長から配置換えを提案されました。それが採用担当でした」

就職希望者に向けた会社説明会の企画、準備、当日の司会進行、先輩社員と学生のディスカッションなどなど。それは、認知症当事者として数多くの講演会やイベントに参加する丹野さんにぴったりの仕事では?と編集部が言うと「そうなんです」と三浦社長は笑います。

「認知症や障害の有無にかかわらず、人は誰でも得意と苦手があります。丹野くんは記憶力が落ちているかもしれないけれど、彼の能力は別のところにある。そこを周囲が引き出せば、会社への彼の貢献度は非常に大きいのです」(三浦社長)

会社説明会で司会をする丹野さんを見て、認知症だと気づく人は皆無。そこで三浦社長は会の最後に「本日の司会の丹野くんは、わが社で一番の有名人なんですよ」と、彼の病気も含めて紹介するそうです。学生にとって「若年性アルツハイマー」という言葉も耳慣れないうえ、当事者に会ったこともない人がほとんど。

「認知症の人は何もできないというイメージがあります。その思い込みをとく、ひとつのきかけにもなるのでは」と丹野さんは考えています。

しかし今年の初め、丹野さんはネッツトヨタ仙台を退職しようと決意していました。それはなぜ?
(次回:働く意思のある社員を守る 認知症当事者を雇用する社長の話(2)はこちら)

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